第38話 姉ちゃん達

「さあて、格闘漫画が終了して第二五六章に入った所で、これからラブロマンスが展開される予定なのだけどな」


 猟銃を拾いながら、究雨は戯言を口にする。


「つーわけで――おい、姉ちゃん達よ。もう出てきていいぞ」

「……」


 その言葉に恐る恐るといった様子で出てきた美玖は、眼を剥いて倒れている金髪を足でつつく。


「……見事にまで伸びているな」

「おうよ。俺、強いからな」

「強いってレベルじゃないぞ……どうして銃を向けている相手に、そんな立ち回りが出来るのさ」

「そこは、そう……漫画で見た!」

「アホか」


 その通り。

 アホだけど、そのアホを実行出来る、アホを超えた何かである。


「おい、久羽。アホアホ言うんじゃねえよ」

(何故判った? 僕は伝わるようにしていないぞ)

「勘だよ、勘。この姉ちゃんがアホっつったから。どうせお前も言ってるんだろうな、ってな」

(……お前は本当に勘がいいな)


 究雨の勘は、神がかっていると言っても過言ではないほど物事をよく命中させる。さっきのような理由がある方が珍しい。分かりやすい例を挙げると、カジノでルーレットをすると、究雨は赤か黒かを当てられるだけじゃなく、その数字すら当てられる。

 だから時折、驚く。

 理詰めじゃないのに――当てるから。


(……ところでさ、究雨)

「何だ?」

(さっきああ言ったってことは……判っていたのか?)

「あ? 何をだ? 簡潔に述べろ」


(この場に――ってことを)


「はあ? 彼女って誰だよ?」


 この様子だと、やっぱり勘で言ったのか。それとも無自覚か? まあ、どちらにせよ、恐ろしい話だ。


(もう一度言う。さっきお前は言ったよな?)

「だから何をだっつってんだろ」

(姉ちゃん――『達』って)

「達? ああ。言った気がすんな。何となく」

(やっぱりか。じゃあ論理的に言うが――)

「ちょっと待った」


 そこで美玖が言葉を挟んできた。


「どうしたよ姉ちゃん?」

「さっきからクウはクウと話している……ああ! 何か口で言うと混乱しているけどさ。とにかく、独り言を言っているようにしか見えんから、内部のクウの言葉も口に出してくれ」

「断じて断る」


 即答しやがった。


「ってかめんどいから久羽に替わるわ。ほれ。早くしろ」

(おいおいおい。勝手だな)


 先程も述べたが、僕の意思でしか究雨から久羽への転換はできない。ということで、究雨は僕を引き出せないのだ。究雨の言うままにするのは癪だから抵抗することは可能だが、美玖のことを考えると、ここで交替するのがいいだろう。

 ……ったく。


「説明は全部僕に押しつけやがって。この感覚野郎が」


 はっはー、すまねえな相棒。ちょっち眠くなった、と軽い口調でそう伝えてくる究雨。いつもそうだが、暴れるだけ暴れて寝るってのはどこの子供だ。しかもこっちは、今日は絶対に安眠できないってのに。


「……って、早速足にきてるし」


 耐えきれず座り込む。


「いってえ……あの馬鹿、思いっきり身体使いやがって」

「あの……今は……クウ?」


 恐る恐ると言った様子で、美玖が訪ねて来る。僕は微笑みながら答える。


「ああ。今の僕は久しい羽の方の久羽だよ」

「そうか」


 はー、と安堵した様子を見せる美玖。


「全く、信じられない話だよ」

「だよな。人間じゃないよな、あの動き。僕もそう思ってるよ。自分のことだけど」

「いや、そっちもそうだけどさ。二重人格のことだよ」

「ああ、それか。本当だから仕方がないよ。いつの間にかそうなっていて、どう対処していいか分からないし、放っておいてくれるとありがたいな」


 ……実は、それは嘘だった。

 どうしてそうなったかの理由は存在する。

 だが……あまり喋りたくない上に、思いだしたくもない。


「……さて、じゃあ雑談はそれくらいで、本題に入ろうか」


 手を一つ叩き、頭の中を切り替えて話を元に戻す。


「究雨と僕の頭の中を介した会話は、究雨は彼女がこの場にいることを知っていたのか、ということを問答したんだ」

「え……?」

「結果、知っていたんじゃなくて勘で言っただけだそうだ。論理でモノを考えないくせに凄いよな」

「ちょ、ちょっと待ってよ、久羽。彼女って、まさか……」


 美玖はそう問いかけてきたが、すぐに首を振って、


「……いやいや。どうしてそんなことが……」

「それをこいつ――究雨にも説明するところだ。ついでに聞いてくれ」


 と言っても、中から反応がないところを鑑みるに、究雨は眠りについてしまったのだろう。こうなったら一週間は喋りかけてこない。ある意味ありがたいことだが、如何せん、代償が大きすぎる。

 その代償を支払ったために重くなった足を揉みほぐしながら、彼女に向かって説明を始める。


「まず、疑問に思ったのは、子供達の姿が見えなかったこと」


 見えない速度で動いていたと考えるのは無理がある。人間の限界に近いのは究雨だと思うが、それでも完全に消えるような動きは出来ない。究雨の動きは、あくまで老人の死角に回り込むだけで、美玖の辺りからの視点では、ぐるぐると回っていただけに見えるだろう。そういう訳で、人間がいるのに見えないなんてことはあり得ないのだ。


「だから逃げたと考えるのが妥当だろうね。そして次に考えたのが、どうして逃げたのか、ということ」

「どうしてって……そりゃあ銃から逃げるためだろ?」

「恐らくだけど、子供達は銃がどういうものであるか知らないと思うよ。だから一人、殺されたんだと思う」

「……確かにそうだな」

「で、そう考えると、おかしなことが分かるでしょ」

「おかしい? どこが?」

「死んだ人数が少なすぎるんだよ」


 ひどい話だけどな、と前置いて、


「一人死んだとしても、彼らは危険だと判断し、そして逃げるという決断を瞬時に下せると思うか?」

「あの子たちなら、本能でそう感じて逃げるんじゃないの?」

「逃げるか? ひどい言い方だけどさ、目の前に食物があるのに」

「逃げると思うよ。むしろ身の危険を感じたら、逆に食料を差し出して逃げるもんじゃない?」

「そうも言えるが……でもさ、そもそもの前提として、身の危険を感じたとは思えないんだよね」

「どうしてさ?」


 首を傾げる彼女に、僕は一つの疑問を投げ掛ける。


「なあ、美玖。子供達ってさ、どうやって死んだと認識しているんだろうか?」

「えっと……」


 人差し指で宙に八の字を描いて、美玖は答える。


「多分……動かなくなったら、かな」

「動かないのが条件だったら、睡眠はどうするのさ」

「あ……」

「それに、仮に全く微動だにしないということが条件だったとしても、それを判断する間に何人も殺されると思う。でも一人しか死んでいない。それが、死んだ人数が少なすぎるということだ」

「ってことは、血の有無で死んだと判断しているとか……」


 そう訊ねかけるように言葉を落とした直後、彼女はすぐに首を振って、


「いや、子供達が死ぬ原因は恐らく外的なものではなくて内的なものだろうから、出血じゃないか……」

「そう考えると、やっぱり、子供達が死んだと認識するのは何かってことになるんだけれど……僕はこう考えた」


 右眼。

 左眼。

 そこに両人差し指を当てて、答える。


「白眼を剥いたら、じゃないかな?」


「白眼を……」

「人って死んだら、白眼を剥くだろ? それで寝る時に白眼を剥く人の方が珍しいと思うから、それで判別しているんじゃないか?」

「成程……と言いたい所だけど」


 僕の目元を指差して、美玖は言う。


「死んだら白眼を剥くってのは、確証がないし、根拠もないぞ」

「え? そうなのか?」

「まあでも、確かに子供達は本当にそれで判断しているかもしれないな……でも、ようやくお前が言いたいことが理解出来たぞ」


 顎に手を当てて、美玖は続ける。


「要するに子供達が、死んだ、と認識する前に、誰かが命の危機だときちんと認識して、先導して逃がしたんだな」

「ああ」


 さすが察するのが早い。


「そこまで判れば、『彼女がここにいる』と言った理由も言う必要はないね」

「まあね。確かに生きている可能性が高いだろうさ」


 そう肩を竦めると、美玖は周りを一瞥して、


「さて、そういう訳だから……もう出てきてよ」


 美玖の叫び声が、ゴミ処理場の地下に行き渡る。

 ゴミに吸収されたのか、反響はしない。

 だが――返事は戻ってくる。



「こういう時って、どういう風に出てくればいいのでしょうね?」

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