第34話 殺人犯
「なんだ……これは……」
そう零した美玖の言葉は、僕の言葉でもあった。
あの子供達がいる場所へと通ずる長い隠し通路を下った先で、僕達はゴミの壁に半身になりながら、中の様子を伺っていた。
銃声が聞こえた。
それは空耳ではなかった。
すぐ分かった。
何故なら、目の先には、日本では決して所持を許されていない――『拳銃』を持った者が存在していたからだ。
三人の男。
帽子を目深に被り、口元と顎に髭を蓄えた男。
サングラスを掛けた、金髪の若い男。
齢六〇は超えているだろう、口径の大きい猟銃を掛けている猫背の老人。
皆、獣を狩るような眼をしている。
いや、それは比喩ではなかった。
狩り。
彼らは、狩りをしていた。
ただし、それは兎や鳥などの野生の動物ではなく――
野生の――人間だった。
狙われていたのは、子供達。
捨てられた子供達。
彼らの姿は見えないが、狙われていることが判った。
何故、判ったか。
それは――彼らの中の一人。
半分頭蓋骨が露出していた男の子。
僕に向かって、笑顔を向けていた、男の子。
その彼の頭左半分――頭蓋骨が露出した部分に、ポッカリと少し大きめな穴が幾つか。そこから赤い液体を垂らして、彼はゴミの床に横たわっていた。
死んでいた。
間違いなく、死んでいた。
人が一人、そこで死んでいた。
しかし。
犯人であろう三人の男達は、眼もくれはしなかった。
気が付いているのだろうか?
彼らが銃を向けているのは、人間。
彼らが撃ち殺したのは、人間。
つまりは、殺人。
それがあの人達には判っているんだろうか?
判っていて――笑っているんだろうか?
「……訊くだけ無駄か」
奥歯が音を立てる。それが無為にイエスに聞こえて、僕は思わず飛び出しそうになった。
「待て、久羽。冷静になれ」
首の根を掴まれ、柔らかいゴミの床に倒される。衝撃で空気が漏れる前に、素早く僕の口を美玖の手が覆う。
「落ち着け。銃相手にスコップだけじゃ敵いっこない。ここは悔しいが、警察を呼んで――」
「でも呼んだら、彼らが保護され、世間の好奇にさらされる。雪乃が繋いだ未来を、紡ぐ事になる」
「死ぬよりマシだ」
「死ぬよりも辛い事になる」
「お前、さっきと言っていることが矛盾しているぞ」
「どこがだよ」
「雪乃は生きていればいいって言っていたのに、子供達には死ねってか」
「っ……そ、それとこれとはダメージが……」
「同じでしょうが。どっちも精神的に傷つく」
正論だ。
彼女が言っていることは、至極正しい。
間違っているのは、僕なのだろう。
でも、判らない。
何が間違っているか、判らない。
「あんたは、あの子達は死んでもいい――ううん。むしろ死んだ方が幸せだろうと思っている」
「いや、違う」
「違わない。だから、さっきの発言」
……さい・・。
「ここは警察に言うのがベストなのよ」
「違う。他に何か……何か方法が……」
「ないから言っているんじゃない。そんな方法があるなら、ここで言ってみなさいよ」
……うるさい。
「まだ判らないよ。だから、それを模索しているんじゃないか」
「そうこうしているうちに、また一人、また一人と命が失われる。考えている暇はないのよ」
「でも……」
「あと五秒」
美玖の掌が開く。
「それで思いつかなかったら、諦めなさい」
そんな無茶な……。
「五」
考えろ。
相手は三人。
「四」
落ち着け。
三人しかいないだろう。
「三」
ならば、三人の注意を引き付けて――
「二」
――いや、そうしてもどうしようもない。
ならば、どうすれば……
「一」
どうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどうしようどう――
「ゼロ――」
「あーもう、うっさいな。お前も、そして――『久羽』も」
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