第33話 地獄よりもさらに地獄
「こんな形で、ここに来るとは思っていなかったよ」
美玖が顔を歪めて呟くその言葉に、同意の念を抱く。
駅前にいたのは、僕と美玖だけ。韋宇はいなかった。
美玖にその理由を訊くと、
『ごめん。姉ちゃんが急に熱を出しちゃってさ。放っておけないから、本当に悪い。今日いけないわ』
ということだそうだ。
家族がいるなら仕方がない。
「それにしても、もうちょっと男手は欲しかったな。作業的に」
ジーパンにシンプルなシャツ、目だし帽という格好の美玖はかぶりを振る。彼女はスコップを持ってきてはいなかったのだが、代わりに、小さめのリュックサックと、大きめな箱があった。
「あのさ、その箱って何のためのもの?」
「決まっているじゃないか。遺骨を入れるためだよ」
「ああ、そうか」
「掘って、あって、そしたらまた戻すつもりだったんじゃないだろうな?」
全くその通り。だからこうしてスコップしか持ってきていないのだが。その現物は勿論、裸で持って来たりなどしておらず、ギターケースに入れて持ってきている。朝、眠くて頭が働かなくて、物置の手前側にたまたまあったから、などの理由で、適当に詰めてきたのだ。しかし、電車の中でスコップを持っている人なんて間違いなく変人で、もしかしたら不審者として駅長室に連衡されていたかもしれない。そう考えると、この判断は正しかったのかもしれない。ちなみに、僕はギターなど弾いたことはないので、このギターケースが何故倉庫にあったのかは一切不明だ。
さて、そんな似合わないケースを背負ってゴミ処理場に向かっているわけだが、その道中で美玖に確認を取る。
「なあ美玖、僕の推測、今更だけどどういうことだか判っているよね?」
「本当に今更だな」
両手に抱えた箱を持ち直して、美玖は答える。
「お前の推理は――『雪乃が生きている』って言うんだろ?」
「正解」
そう言いながら美玖の手から箱を取って、確認を続ける。
「僕が疑問に感じたのは、やっぱり、『人を喰う』ということだった」
人を喰う。
普通の人は、そんなことをしないだろう。いや、生理的に出来ないだろう。
しかし。
僕は知っている。
人を喰う者。
人を喰うモノ。
人喰い。
それは――あの子達。
捨てられた子供達。
だが、二つの疑問。
どうして。
どうして彼らが、雪乃の両親を殺したのか。
どうやって。
どうやって、彼らが篝家に辿り着けたのか。
その二つの疑問を解決するためには、条件がある。
それも二つ。
一つ。
篝家の場所を知っていること。もっと具体的に言うと、篝家と深い関わりのあること。
二つ。
捨てられた子供達の存在を知っていること。
この二つから、確実に導き出される人物は――ただ一人。
篝雪乃。
篝の姓を持ち、ゴミ処理場で子供達と暮らした人物。
彼女こそが、この条件に当て嵌まる唯一の人物。
そして、僕が考える犯人。
生きていれば、の話だが。
そう。
彼女は、死んだのだ。
オネエチャンに殺されて。
だが、どうだろう。
彼女は、本当に死んだのか?
疑念。
どうして、彼らは雪乃が死んだ、と判ったのだろう。
心臓が止まったから?
そんな概念、あるのだろうか。
動かなくなったから、死んだ。
そう思ったのではないか。
そもそも。
彼らの『死んだ』は、僕達の使っている『死んだ』と同じことなのだろうか?
動かなくなること、イコール、死んだ。
いや、もっと簡単かもしれない。
そう、例えば。
『何かを埋めること』
それを、『死んだ』と教えていたのなら。
そして、それに拝むように教えていたのなら。
あの子供達の行動にも納得がいく。
ならば、雪乃は、地面の下にいない。
死んでいない。
だが。
ここで一つ問題が生じる。
あの、捨てられた子供達の一人が言っていたこと。
雪乃は、『オネエチャン』に殴られた。
『シンダ』と口にした直後に、そうジェスチャーで示していた。
それならば、殺されたのは雪乃だということになる。
雪乃は、オネエチャンに殺され――
「……おーい。どうした?」
美玖が僕の眼前で手を振っていることに、そこでようやく気がついた。
「あれ? どうしたって何が?」
「さっきからずっと黙ったまんまの止まったまんまだからさ」
「え? 僕、考えていたこと、口に出していなかったの?」
「……普通は聞くことが逆だけどな。勿論、出してないに決まっているだろうが」
半ば呆れ顔の美玖は、両手が塞がっている僕の額に人差し指を突き付ける。
「人間の思考を完璧に読むことが出来るなんて、空想の話でしかないんだぞ。分かっているよな?」
流石にそれは分かっている。
「いやいや、ただ単に、口にしていたんじゃないかと思ってさ。頭の中で考えるだけで会話をすることもあるからさ」
「はあ? どこの宇宙人の交信だ?」
「まあ、中学生の妄想とでも考えてくれていいよ。そんな痛い奴なんだ、ってくらいの認識で」
「ふーん……」
腑に落ちないという様子の美玖。当然の反応だろう。
「……ま、いっか。んで、何を考えていたんだ?」
「ああ、事件のことについてだよ」
頭の中で考えていたことを、今度はきちんと言葉として発して、美玖に伝える。
彼女は、それらを全て聞くと、
「……多分、正しいな」
首を縦に動かした。
「久羽から、今日、ここに来るべきだということ……つまり、雪乃が犯人である可能性があるということに気がついてから、あたしも同じ推理を行って、同じ推測、同じ結論に至った。だけどさ」
そこで一息ついて、彼女は僕に訊く。
「それならば、ある問題が立ち塞がるだろ?」
「ああ」
僕は答える。
「雪乃が『オネエチャン』に殺された、ってことか」
「そう。それだよ」
「ってことは、雪乃はやっぱり死んでいるのか」
「……そっちの方がいいんだよな」
「え……?」
耳がおかしくなったのか、美玖の口から、雪乃は死んでいればいいのに、という旨の言葉が流れてきた気がする。
「どういうことだよ?」
「問題、それはさ……」
美玖は小さく顔を逸らし、言う。
「人殺し」
「……何だよ、それ」
「分からないのか?」
顔を翳らせ、美玖は告げる。
「雪乃の死体がなかったら、あたし達の推理どおり、雪乃が自分の両親を殺害したのだろう。そして――」
「そして?」
「埋まっているのが、もし……雪乃の死体じゃなかったら?」
「……え?」
埋まっているのが、雪乃じゃない?
そんなことが――
「オネエチャンが、オネエチャンにこうされた」
知らない異国の言葉のような、呪文のような言い方。
「果たして、このオネエチャンのどちらが……雪乃なんだろうか?」
そういうことか。
オネエチャンがオネエチャンにこうされた。
殺された。
文脈や言い方、ジェスチャーや状況から、雪乃が、誰か女性に殺されたものだと思っていた。
でも。
もし、被害者ではなく、加害者だったら。
つまりは、埋まっている人物が、雪乃じゃなかったら。
雪乃は、人殺しということになる。
「でもさ」
そこで僕は、反論を口にする。
「だからといって、死んでいた方がいいとは思えない。犯罪者でも、生きていてほしいと、僕は思う」
少なくとも。
死んでいたら、二度とは会えないのだから。
「……ま、価値観は人それぞれだからな。あたしは、友人が殺人者であってほしくないんだよ」
もっとも、とそこで寂しそうに少し俯いて、
「あたし……死に慣れすぎたのかな……」
「どういうこと?」
「……ん、ああ。探偵ってのをやっていると、人の死を客観的に見なきゃいけないからさ」
嘘だ。
罰が悪そうに笑っているけど、それは嘘だ。
だって。
友人が殺人者であってほしくないと言っている人が、その友人の死を客観的に見られるわけがない。
ならば。
美玖は過去に何か、死に直面することが――
「……さて、そんなことは置いておいて」
明らかにその先は訊かないでほしいというように、美玖は少し大きめな声を出して、伸びをする。
「ぼちぼち、ゴミ処理場に向かおうか。こんな所で立ち止まって語っていてもしょうがないしな」
「まあ、そうだな」
それに、大分時間を浪費していたことだし。
さて、この先は天国か地獄か。
……いや、判りきっているか。
どちらにしろ。
地獄。
地獄でしかない。
深さが違うだけ。
どちらがより深いのか。
それは判らない。
それは分からない。
だって。
僕が深いと思っていた方は、美玖にとっては浅い方で、
美玖が深いと思っていた方は、僕にとって浅い方。
そして。
それよりも深いものが――
あったのだから、この世は恐ろしい。
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