第29話 事情聴取

 部屋に入ると、ぬいぐるみが大量に置かれた部屋の真ん中の机を挟んで、その部屋に合う容姿をした者が座っていた。


「そこに座ってください」

「あ、はい」

「ふふ。そんなに緊張しなくていいんですよ」


 並茎警部は柔らかく笑う。僕は少しの安堵を覚えながら着席する。まあ、彼女の両隣に警察官が立っているためかなりの威圧感があり、少々の不安は拭い去れなかったが。


「えっと、まず、あなたのお名前を教えてください」

「はい。伊南久羽といいます。イタリアの伊に東西南北の南、永久の久に羽と書きます」

「伊南久羽さん、と……伊南……? どこかで聞いたことがあるような……」

「気のせいでしょう。もしくは同姓でしょう。そんなに珍しい苗字ではありませんから」

「珍しいとは思いますけれどね。過去の事件を閲覧した際にも、一、二度しか見かけませんでしたし」


 まあいいでしょう、と並茎警部は話を続ける。


「まず、単刀直入に言います。別に疑っているわけではありませんが、まあ、ただの型はめな言葉なので、気にしないで下さい。あなたが、彼らを殺したのですか?」

「いえ、違います」

「ですよね。じゃあ次に聞きます。あなたはどうしてあの部屋、現場に入ったのですか?」

「えっと、まず、あの使用人の方、画懐さんの悲鳴が聞こえまして、それで僕達三人はそれぞれ分担して彼女を捜して、それで僕が最初に彼女を見つけました。そこで彼女がひどい怯えようだったので、何があったのかを確かめようと先に進みました。すると、あの部屋から血が流れ出ていました。だから何が起こったのかを正確に確認するために、その部屋に入りました」


 脳裏にあの時の映像が浮かばない。どうやら自分の中で拒否しているようだ。そんな僕を見て並茎警部は成程と唇を動かして、さらさらと手元で文字を書き連ねる。


「では次の質問です。――どうして部屋に入れたのですか?」

「はい? 質問の意味が判らないのですが」

「先程のメイドの方の証言では、廊下に血が流れていたので、中を覗こうとしたのですが、鍵が締まっていたので持っていた鍵で開けたそうです。そして彼女は部屋の中を見た瞬間に扉を閉じて、再び鍵を締めたそうですよ」

「え?」

「あなたが鍵を持っていない限り、あの扉は開くことはなかったのですよ」

「ちょっと待ってください。確かに鍵は今、僕が持っています。彼女から奪い取る、という言い方は悪いですが、鍵を締めていると思い、彼女の手元から持って行きました。でもそれは使っていません。開けっ放しでしたから」


 僕は背中に隠し持っていた鍵束を彼女に渡す。並茎警部は「そうですか」と聞き流すようではなくそう言い、顎に手を当てた。


「でもそうなると、あなたと彼女の間に、誰かがあの部屋の鍵を開けたことになりますが……」

「そうじゃないんですか?」

「内側からは確かに鍵の開け閉めは出来ます。しかしそれだと、彼女は犯人の姿を見ているはずです。あの部屋には隠れるスペースがなかったのですから」

「どういうことですか?」

「これを見てください」


 そう言って彼女は、簡易的に書いた図を提示した。


「部屋の中は質素で、どういう意向か窓はありませんでした。小さな換気口がありますが、通れるのはせいぜい子供ぐらいでしょう。ベッドの下は衣装入れとなっていますが、それも子供程度の大きさで、しかも隠れるスペースがありません。ちなみに、ドレスなどはそのまま壁に掛けられていたそうです。ベッドの中央部に穴が空いていましたが、大人の頭程度の大きさで、とても人が通れるような大きさではありませんでした。一つだけ隠れられそうなスペースに、部屋に入って、左にはある物置が挙げられます。ここに色々、例えばロープや銛が入っていたそうです。故に、隠れるとしたら物置しかないでしょう。しかし、それも無理なのです」

「どうしてですか?」

「この物置、実は入り口が電動式なのですよ。スイッチは部屋内にあるのですが、物置内にはスイッチがないのです。この構造はおかしいとは思いますが、現にそうなっています。もし、誰かがそこに隠れるようなことがあれば、外に出られないのですよ。仮に共犯者がいたとしても、その共犯者が隠れる所がありません。ま、どちらにしろ血の跡から、あの事件が起きた後には物置の扉は動かされていないことが判っています。ちなみに、あのチェーンソーは、使用人の方の話では服などと同様に壁に掛けられていたそうです。どういうセンスなのかは知りませんが、変な趣味ですよね。故に、物置を動かさなくても手に入れられたそうですが」

「え? でも、彼らが殺されたのがもっと前で、血が乾いていて跡が残らなかったという線は……ないですね」


 それは僕自身が証明している。血は廊下まで続いており、水溜りまで出来ていたのだ。その血は乾いていなかった。


「その通りです。篝千里さんの死体を簡易ですが検証したところ、彼女は殺されて間もないことが判りました。というわけで、あの部屋の鍵を開けることが出来た人は、あなたしかいないのです」

「で、でも僕は本当のことを……」


 ふう、と額に手を当てて息を吐く並茎警部。


「まあ、そうでしょうね。あなたがそんな嘘をつく理由が見当たりませんから。犯人ではない限り」

「僕は犯人じゃありません」

「勿論、判っていますよ」並茎警部は首を縦に動かす。「死体をあんなにバラバラにするには、時間が掛かりますから。あなたが訪問してから警察を呼ぶまでの時間でも、あんな芸当は出来ないでしょう。それに、あんなにもバラバラにするという行為を行えば返り血が必ず飛ぶはずです。が、あなたは足元にしか血液が付着していません。まあ、それは彼女にも言えますけれどね」

「彼女って、あの使用人の方ですか?」

「はい。でも、彼女は着替えればいい話ですから、あなたとは違いますけれどね。彼女には直接言っていませんけれど、死体をバラバラに出来る時間を考えれば、彼女が一番犯人に近い位置であると言えます。しかし……恐らく犯人ではないでしょうね。鍵を締めるメリットがありません。それを証言することもね。開けっ放しで外部の犯行に見せかければ良いのですから。だから謎なのですよ。誰が犯人なのか判らないのです」


 溜息をつく並茎警部。


「内部犯では容疑者がおらず、外部犯には鍵を締めることはおろか、退出は可能でも侵入することすら不可能なんですよ」

「え? それってどういうことですか?」

「一度中に入れば簡単に外に出られますが、外部の者が中に入るには正面から入らないといけないのです。親族の方と使用人の方は裏口から指紋認証で入れるそうですが、外から無理矢理入ろうとすると、けたたましい警報音と共に警備会社が駆けつけるそうです。我々はあの金髪の青年が応答してもらって、ここに入って来られたのですよ」

「……裏口は、指紋認証なんですよね?」

「はい」

「じゃあ、あの右腕が落ちていた理由は――」

「残念ながら、それはないようです」


 並茎警部は首を横に振る。


「あの腕から流れていた血もまだ乾いていませんでした。つまり、切断されたのは、女性が死亡したのとほぼ同様の時間になります。ですが、指紋認証の記録はここに来てから真っ先に調べさせましたが、そこからは篝夫妻は今日、一度も使用していないことが判明しています。今日使用したのは、娘さんだけです」

「娘?」

「篝氷香さんです。お知り合いですか?」

「いえ……もう一人の娘さんの方となら知り合いで……」

「雪乃さんですね。捜索願が使用人長の方から届けられています。申し訳ありません。まだ見つかっていないのですよ」


 並茎警部が頭を下げてくる。


「あ、いえ、そんな責任を感じないでいいですよ。その内ひょっこりと現れますって」


 その可能性は……ゼロだけど。


「それより、氷香さんはどちらに?」

「外出されたようで、こちらから連絡がつかないんですよ」

「では、彼女が犯人――」

「そう考えるには、証拠がないんですよ」


 謎もいくつかありますしね、と並茎警部は眉を顰める。


「女性の左腕と男性の右腕以外がどこに消えたのかという謎。それと中から物置を開ける方法、もしくは部屋の他の場所に隠れる方法。これらが判らないと、何にも解決しないのですよ」


 あ、言っていない情報もありましたね申し訳ありません、と並茎警部は頭を下げる。僕は、いえ大丈夫です、と返事をして、


「使用人の方が嘘をついていて、氷香さんを逃がした、という可能性はありませんか?」

「可能性は低いと思います。それならば、氷香さんがここにいない理由が判りません。ここにいた方が疑いは掛からないのに」

「何かを処理、例えば、死体の無くなった部分の処理をしに行ったとか……」

「処理をする理由が見当たりません。あなたには話していませんでしたが、男性の右腕の一部に歯型がありまして、その点からにわかには信じられませんが、彼の腕は喰い千切られたのだと考えられております。もし氷香さんが犯人であれば彼女が食したと考えられますが、食事用に持って行ったにしては量が多すぎます。それに、彼の腕の半分から先は、現場にあったチェーンソーで切られた跡があり、その切り口はとても綺麗でした。他の部位、つまり千里さんの腕があった場所も側面も、そのチェーンソーが使われたとみて間違いないです」

「それは……おかしいですね。人の腕を食べるという本能的な荒々しい行動と、死体をチェーンソーという機械を使って切る……そもそも、前者がおかしいですが、前者の場合は後者の行動がおかしくなりますね。それに、自分の歯型を残すのも、後者の思考としてはおかしいです。歯型を残さないように処理することも出来ただろうに……」

「その通りです……おっと」


 ドアをノックする音が聞こえた。「どうぞ」と並茎警部が返事をすると、「お話の途中、失礼します」と警察官の一人が入ってきて、並茎警部に何事かを小声で報告した。


「……何ですって?」


 並茎警部は眼を見開いた。


「それは本当なのですか?」

「はい。以上が検死からの報告です」

「そう……ありがとう」

「では、失礼します」


 警察官が敬礼をして立ち去る。そして、そのドアが閉まるのと同時に、並茎警部は大きな溜息を吐いた。


「また一つ、新しい謎が増えました」

「どうしたんですか?」

「今、検死の方からの報告を伝えてもらったのですが……」

「検死結果が出たのですか?」

「いえ、まだその段階ではないのです」


 ただ、と並茎警部は付け加える。


「千里さんの死体の中の服を除いた所――なかったのです」

「何がですか? 内臓なら……」


「骨です」


「……骨?」

「胸部から腰にかけてまでの骨が、ごっそりと無くなっているそうです」

「何でそんなものを?」

「本当です。全く、何なのですか、この事件は……あ」


 ふと気がついたかのように声を上げると、並茎警部は罰が悪そうにこちらを見てきた。


「……私、何であなたにこんなにぺらぺらと喋ってしまったのでしょうか」

「あ、あはははは……」

「相手に話させやすい性質の持ち主なのですね、あなたは」

「よく言われます」


 嘘だけど。


「では、これ以上捜査の情報を一般人に漏らすわけいかないので、そろそろあなたの事情聴取を終わらせようと思います」

「え? これだけでいいのですか?」

「はい。正直な話、あの使用人の方の事情聴取から、あなた達は容疑者として見ていないのです。雪乃さんのご友人であるだけで、彼女の両親を殺害する動機が見当たりませんから」

「いや、でも、犯人じゃないですけど……金目当てとか、そういうことだったら……」

「お金目当てなら、警察が来る前に逃げるでしょうし、逃げられなくても身体検査で通帳なりなんなり見つかるはずでしょう。そんな報告はまだ来ていませんからね」

「はい? 身体検査なんて受けていませんが?」

「え……」


 絶句する並茎警部。もっとも、鍵を持っていた時点でそんなことは判りそうなものだが。


「……あの馬鹿が」


 並茎警部は肩を震わせながら、隣にいた女性警察官に静かな声で指示を出す。


「すいませんが、控え室の方にいって、飛鳥に身体検査を今すぐ行うように言ってきてください」

「了解しました」

「はあ……」


 やれやれと溜息をついて、彼女は頭を下げた。


「申し訳ありませんが、そういうことなので、ここで身体検査をさせてもらっていいですか?」

「あ、はい。別に構いませんが」

「じゃあ、全部脱いでください」

「判りまし――はい?」

「私、後ろ向いていますから」

「いや、そもそも全部脱ぐ必要があるのですか? 服の上から触ってみたりするのでは……」

「私が前に担当した事件で、パンツの中に凶器を隠していたケースがありました。なので、念のために全部脱いでもらうことにしたのです」

「じゃあ、他の部屋で脱ぐことは……」

「ここまで話してしまったのです。どこかに証拠を捨ててしまう可能性があります。警察官をつけても、その可能性があるので、この場で脱いでください」

「……」


 その場で脱いでも同じことでは、と思ったが、そんな怪しいものは持っていないので、黙っておくことにした。

 結果的に言うと、僕は全裸になったのだが、残りの一人の警察官の方が機転をきかせてタオルを用意してくれたので、少しましになった。一〇分近く裸だったが、やはり何も怪しいものは発見されず、「本当に申し訳ありませんでした」と謝罪を受け、次に韋宇を呼ぶように言われて、事情聴取は終わった。

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