第21話 彼女の手記 3

    ◇



 思いもしませんでした。

 周りのものを食べる。

 確かにそうでした。

 私もゴミを食べました。

 とても辛かったです。

 味はありました。

 苦い。

 匂いはありました。

 臭い。

 感触はありました。

 固い。

 でも食べました。

 私の身体は、みるみる内に変化しました。

 驚きました。

 もう、あっちの世界には戻れないと、確信しました。

 しかし、ある時。

 それは確定に変わりました。

 思いもしなかったこと。

 そのせいで。

 いや、そのおかげで、決断出来ました。

 昨日、でしょうか。

 もう既に時間感覚は狂っているので判りません。

 いつ朝が来て。

 いつ夜が来ているのか。

 その日に、一人倒れました。

『ユウマ』。

 頭蓋骨が胴体の左側面についていた、恐らく八歳くらいの少年。

 彼はそのまま、動かなくなりました。

 私に判りました。

 彼は死んだのです。

 無理もありません。ゴミを食べるという生活をしていたのですから、細菌感染など勿論あるでしょう。私も、もしかしたら感染しているのかもしれません。そんな様子は、何故か見られないのですが。

 でも、彼は死にました。

 私は、彼の死体が腐ったりしないように埋葬しようと、穴を掘ろうと皆に呼び掛けようとしました。

 その時でした。

 私は眼を疑いました。

 彼の死体は、あっという間に私の視界から消えました。

 私は辺りを見渡しました。

 そうしたら、私の遥か後方の、ゴミの山の陰に、みんながいました。信じられない話ですが、細い手足なのに彼らの運動能力は高く、一瞬で移動するなんていう、SFチックなことを出来るのです。今回もそれを使用したのでしょう。

 私にはそのようなことは当然出来ないため、歩いて彼らの元へと近付いていきました。

 すると、私の近くにいた少女、『カリン』というのですが、その子が笑顔で、何やら私に渡してきました。

 私は絶句しました。

 左足でした。

 人間の、左足でした。

 信じられなかったので、彼女を凝視しました。

 そこで気がつきました。

 彼女の口元には、真っ赤な跡がありました。

 血でした。

 緩やかに半壊しているその口元から、何かがポロリと落ちました。

 肉でした。

 今まで食してきたゴミの中に、食肉なんてありませんでした。

 では、これは何でしょう?

 肉です。

 何の肉でしょう?

 左足の肉です。

 どうして判ったのですか?

 私の持っている足の一部に、喰い破られた跡があったからです。

 ということは……。

 確認のため、皆が円状になっている中心へと向かい、そして見ました。

 やっぱり、そうでした。

 間違いありませんでした。



 この肉は……ユウマの肉でした。



 ユウマの分の肉、という意味ではありません。

 ユウマ、そのものでした。

 顔がぐちゃぐちゃ。むしゃむしゃという音が響き、ペチャペチャという水の音が、啜る音と共に聞こえていました。

 齢八歳程度の少年。

 彼の小さな体躯は、一一人に貪られ、見るも無残な姿に鳴りました。

 カリンがこちらを、不思議そうな眼で見てきました。

 どうしたの?

 どうして食べないの?

 おいしいよ。

 彼女の眼が、そう言っていました。

 何故でしょう。

 私は不思議と、自分が間違っているような気がしてきました。

 そういえば、今ここにいるのは私を含めてちょうど一二人。イエス・キリストの使徒の数と確か同じですね。

 私の今の気分は、ユダでした。

 それは間違っていることかもしれません。

 しかし、ここでこの肉を食さないと、私は彼らを裏切ることになる、と思いました。ユダになると思いました。

 幼い頃から、私はユダを嫌っていました。

 理由は単純です。裏切ったからです。

 そのユダに、死んでもなりたくないと思っていました。

 だから私は、食べました。

 泣きながら、食べました。

 彼の左足を、食べました。

 その味は、判りませんでした。

 涙の味が、したからです。

 しょっぱかったです。

 でも。

 これで私は、ユダにはならないですみました。

 だけど。

 これで私は、元の世界には絶対に戻れなくなりました。

 彼らの中では自然の摂理でも、私のいた世界では認められません。

 それでも。

 と、否定ばかりしていますが、それは私の中で迷いがあるからです。

 ですが、こればかりは迷いはありません。

 私は決めました。

 彼らを、私達の世界に連れて行きます。

 人間の肉なんて、もう食べさせません。

 もっとおいしい物を、食べさせます。

 ゴミなんかより。

 人間の肉なんかより。

 そうしたら、彼らも普通に戻るかもしれません。

 いや、戻します。

 幸い、私は医療関係の家です。彼らの奇妙な姿は、整形すれば治せると思います。

 問題は食事です。

 彼らには、酷かもしれません。

 いや、酷です。

 この世界で暮らしていた方が、幸せなのかもしれません。

 でも、それは駄目です。

 そんなのは駄目です。

 彼らの行く末は、ユウマと同じものです。

 そんなものが幸せだと、私は思いません。

 私はもう元の世界には戻れません。

 人肉を、意思を持って食べたのですから。

 しかし彼らは、知らなかったです。

 無知だったのです。

 だから、許されるのです。

 だけど、私は許されません。

 それは判っています。

 私が戻るために、彼らを利用しようなんて思っていません。

 ただ、彼らに幸せになってほしいだけです。

 私は、幸せだといえる人生を送ってきていないので、せめて彼らだけは、と思うのです。

 だからまず、彼らには人肉を食すことを禁止させます。

 それは食べるようなこと、つまり誰かが死ぬ前にどうにかしようと思います。

 次に、彼らには私達の言語を教えます。

 彼らを外に連れ出せば、すぐに注目されてしまうでしょう。

 姿は仕方ありません。

 ですが、言語さえ出来れば、人間だと認めてくれる人もいるでしょう。

 この二つ。

 それを短期間で達成させます。

 それが当面の目標です。

 既に、始めました。

 彼らは抵抗しませんでした。抵抗しても、何故か彼らの身体能力に追いつけるようになったので、力づくという手段が出来るようになりましたから、問題はないのですが。

 そして早い子は、既に『ありがとう』が言えるようになりました。

 しかし、いつ彼らが反抗するか判りません。それで私が殺されても、文句は言えません。

 それでも、私は続けます。

 絶対に彼らを幸せにします。

 私の代わりに、彼らを幸せにします。

 明後日辺り……とはいっても、もう時間の経過が判らないのですが、それくらいに、車を用意させる手はずを整えるため、そして説明のため一度家に戻ろうと思います。

 幸い、私の身体的変化は何とか隠せますので、恐らく大丈夫でしょう。

 大丈夫。

 絶対に、大丈夫です。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る