第16話 オネエチャン

「なっ!」


 思わず、驚きの声を上げてしまった。

 目の前の少年が、喋った。

 しかも、僕に向かって。


『オネエチャン』と。


「……僕は男だよ」

「オネエチャン」

「…………」


 ショックだった。

 童顔とはいえ、女性と間違われたことに。いや、それ以上に、目の前の少年が喋ったことよりも、そんなことに衝撃を受けている自分の馬鹿加減にも、ショックを受けていた。


「……僕は、お兄ちゃんだからね」

「オニイチャン?」

「そう。お兄ちゃん」


 今気がついたが、僕は目の前の存在を、いつの間にかきちんと人間として認識していた。一度そう意識すると、そうとしか思えなくなってきたから不思議だ。


「ねえ、君達はここに住んでいるの?」

「スンデイルノ?」

「いや、僕が聞いているんだけど……」


 苦笑する僕に対し、少年は欠けている左肩に嵌めるように、首を傾げる。


「スンデイルノ?」

「ハイ、ゲンキデス!」


 突然、後ろにいた小柄な少女が、手を――ではなく、足を上げる。それをきっかけに、次々と後ろの少年少女達が声を上げる。


「ハイゲンキデス!」

「ゲンキデス!」

「オネエチャン、ゲンキデスカ?」

「お姉ちゃんは元気だぞ」


 手の片方が前方にある少女に向かって、美玖がそう言った。そう答える彼女の表情は笑顔だった。気がつくと韋宇も、少年達の頭を撫でていた。


「……お前達」


 僕は感慨深く、溜息をついた。


「本当に、凄いよな……」


 というよりも、二人とも信じられないくらい順応性が高すぎだろ。……まあ、それは真っ先に話し掛けた僕が言えることではないけれど。

 とそこで少年が袖を引っ張って来る。


「どうしたの? ……って、ごめんごめん」


 少年が袖を引っ張ることにより、僕は本来の目的を思い出した。


「その本、見せてくれる?」

「ミセテクレル」


 傾げた首を直して、少年は持っていた本を僕に手渡した。「ありがとう」と礼をして、その本をじっくりと、まず表紙から眺める。『数学』とかそういうのは何も書かれておらず、少し薄汚れてはいえるが、見た目はただのノートだった。

 続いて中身を読み始める。

 そのノートの最初の数十ページが、切り取られていた。それは偶然破れた、というものではなく、明らかに作為的に破り捨てられていた。咄嗟に辺りを見渡すが、その場に落ちてなどいなかった。

 そこにあった内容を知ることは諦め、ほぼ完全な状態のページを読み始める。

 そのページの上部に書いてあった日付を見た瞬間、思わず大声を上げてしまった。


「ちょっと二人とも!」

「ん? どうした?」

「ここを見てよ」


 そう言って指し示すと、二人は驚いた表情を見せる。


「これって……雪乃が行方不明になった日じゃないか!」


 美玖の言う通り。そこに記されていたのは、雪乃が消えた日。そしてそのページにはぎっしりと、綺麗な字で何事か書き連ねられていた。


「ちょ、ちょっと読んでよ、久羽!」

「分かった」


 美玖にせがまれる必要もなくそうするつもりだ。


 僕はゆっくりと、内容を声に出して読み始めた。

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