第13話 ゴミ処理場
次の日。
駅からかなりの量を歩き、やっと到着した所はゴミの山。異臭も少しながら漂っているような気がするが、そこまで気になるようなものではなかった。ここまで並べてあると、ある意味アートなのかもしれない。しかし僕には芸術性が判らないため、やっぱりただのゴミの山だった。
そんなゴミの山の中――ゴミ処理場に入る直前に、僕達はある問題に差しかかっていた。
「……これ、どうやって入るんだ?」
ゴミの山は見る限り、金網を越えた先だった。右を見ても左を見ても、金網は途切れていないように見えた。上には鉄条網が巻かれており、簡単には侵入出来ないようである。
「それは大丈夫。ほれこっち来い」
韋宇が手を拱く。言われるがままに彼に付いて金網沿いに進むと、廃屋になっている建物にぶつかった。そこでその建物と金網の間の人一人が入るのが精一杯のスペースを進んで行き、完全に表からは見えないような場所まで来たと所で韋宇は足を止め、下の方を指差した。するとそこには、成人の男性一人が十分に通れそうな抜け穴が、ぽっかりと開いていた。
「どうだ。これなら大丈夫だろ」
「……まさか、お前が開けたんじゃないだろうな?」
「違うって」
美玖の疑いの眼差しに、韋宇は慌てて首を振る。
「ここは別の方面で噂になっているんだよ。男と女の営みの場所としてな。目撃例もそこから聞き出した。だから、そいつらの誰かが開けたんじゃねえか?」
「お前じゃないだろうな」
「お、俺にはそんな相手いねえよ」
狼狽しながら反論する韋宇。
「さて、じゃあ、お邪魔しまーす」
美玖はそれを全く気にしない様子で、さっさと金網の内側へと入り込んで行った。僕達も慌ててその後へと続く。
入って数分後。
「うっわ……見事なまでに三六〇度、ゴミだな」
僕は中心の方へと歩みを進めながら、顔を顰めた。
「ってか、予想以上に臭い……」
「さっきまではあまり臭くなかったのにな。面している所だけ芳香剤をぶち撒けたのかな」
鼻を押さえながら、美玖が後ろを付いてくる。美玖の方が遅いのは、彼女はゆっくりと周りを見ながら進んでいたため、そのすぐ後ろを付いて来ていた僕が抜かしたからである。もっとも、
「見よ。周りがゴミのようだ」
「ゴミだよ」
韋宇は疾風の如く僕達を走り抜き、ゴミの山の一番高い所にその身を置いていた。
「って、ちょっと待て。それって僕達もゴミだと言っているのか?」
「口を慎みたまえ。君はラピュ――」
「慎むのはお前だ。ここに何をしに来ていると思っているんだ」
「……ちぇ。何だよ。怒らなくてもいいじゃないか」
そう韋宇が口を尖らせながら先に進む。
その瞬間だった。
「あ」
韋宇が足を滑らせたのだろう、一瞬でその姿が見えなくなった。僕は先程まで韋宇がいた場所を、ただ見つめることしか出来なかった。
「あ」
ボスッという鈍い音と共に、先程と同じ言葉、同じ声が聞こえた。
「おーい。大丈夫か?」
「大丈夫だぞ……って、うぉっ!」
ゆっくりとしたその声が、途端に緊張したものに変化した。
「美玖! 久羽! ちょっとこっち来い!」
「?」
いつもとは違う真面目な声で名前を呼ばれた僕達は顔を見合わせ、首を傾げた。
「いきなり、何だろうか?」
「判んないけど……まぁ、とりあえず、あっちの方へ行ってみよう」
人差し指を向け、僕はその方向に歩き出す。後ろに美玖が付いてきているのを確認しながら、つい数秒前まで韋宇がいた山の頂上へと辿り着く。そこで韋宇が消えた方向、つまり僕達が登ってきた方向とは逆方向を見ると、
「……何だ、これは」
そこには大きな落とし穴とも言えるような空洞があった。暗くて韋宇の姿は全く見えなかったが「こっちだ、こっち!」という声は穴の中から響いており、その中に韋宇がいるのは確実だった。
「……どうしようか?」
「行くか」
「え?」
美玖のその声が耳に届いた瞬間、背中に小さな衝撃を感じ、僕の身体は宙に浮いていた。
「……っ」
僕は声にならない悲鳴を上げながら、穴の中に吸い込まれるように落ちていった。
数秒後。
「っつ……って、あれ?」
臀部に衝撃を受けたが、存外痛くなかったので一瞬だけ放心してしまった。だがすぐに次に起こることが頭の中に浮かんだので、瞬時に回避行動を取る。
「ちっ」
直後に背後から聞こえる美玖の舌打ち。かろうじて彼女の全体重プラス重力で加速した力をその身に受けずに済んだ。
「殺す気か?」
「仕留める気だった」
「殺す気か」
「まあ、それは冗談として……ここは、何だ?」
「……ただの穴じゃないのか?」
とはいっても、僕の眼にはかろうじて美玖が見える程度のほぼ暗闇の状態である。だからそうとしか言えなかった。「そうかもね」と返事をして、美玖は携帯のライトで周りを照らす。
「でも、人工的に作られている気がしないか? この穴」
「うーん、そうっぽいね」
僕も美玖と同じように明かりを照らす。目の前には、人工的に作られたロッククライミングのような、随分としっかりした窪みがいくつかあった。
「まるで、誰かがここを登れるようにとしか――」
「おーい。何やってんだー」
その時、右方向から韋宇の声が聞こえた。その方向を照らすと、何やら人一人通れそうな横穴がそこにあった。
「待ってろー。今行くからー」
そう声を返し、一本道を進んで行くと、やがて前方に光が見えた。
その光の先へと足を踏み込む。
「…………」
僕は――言葉を失った。
そこにあったのは、奇跡とも呼べる光景。天井がほぼ透明なゴミで構成されているのだろう、目の前にある広い空間に淡い光。そして、その光が照らしている地面には、溢れんばかりの花――赤、黄、緑と色取り取りな綺麗な花畑が満ちていた。
だが、僕が言葉を失ったのは、それに心奪われたからではなかった。確かにゴミの山の下に花畑が広がっているのは奇跡的で、心奪われるものだと思う。しかし僕の眼には、それ以上にインパクトのあるものが映されていた。
それは美玖も同じだったようで、震えた声で、僕が見ていたモノを指差す。
「もしかして、これ……人骨か?」
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