第11話 不穏

 翌日。つまり火曜日。


 授業は午後からだったが、あまりにも暇だったので早めに学校に来て部室――部じゃないからそう呼んでいいのか分からないがとりあえずそう呼ぶことにする――に立ち寄ると、既に先客がいた。


「おいっす。久羽」


 韋宇が、漫画を読みながら片手を上げてきた。


「おっす。お前、何でここにいるんだ?」

「あぁ。何となく暇だったから。お前もそうだろ?」

「良く判ったな。お前、探偵になれるぞ……と、そういえば名探偵はいないのか?」

「あぁ。まだ来てな――」

「大変だ!」


 その瞬間、美玖が眼を見開いてそう駆け込んできた。その表情と声から冗談などではなく、本当に大変なことが起きたのだと瞬時に理解する。


「どうした?」

「昨日……」


 美玖は膝に手をつきながら、小さな声で言葉を紡ぐ。


「雪乃の携帯に連絡したんだ。でも、電話も繋がらないし、メールも返ってこなくて……ちょっとおかしいなと思って今日の朝、雪乃の家に寄って来たんだ。そしたら……雪乃、家に帰っていないんだってさ。先週の金曜日から」

「え……?」


 先週の金曜から家に帰っていない?


「嘘だろ……あの後、あいつの家の近くまでちゃんと送ったぞ。それから何処かへ行くなんてことは、とてもじゃないが考えられないぜ……」


 信じられないという表情をする韋宇。


「じゃあ美玖が、家の人に嘘を付かれたんじゃないか?」

「ううん、それはないよ」


 美玖は首を横に振る。


「だって、あの人達が嘘をつく理由がない、というか、あの人達は嘘をつくような人達じゃないんだよ。例え、あの母親に命令されていたとしてもね」

「信用できるのか?」

「信用できる。だって古巣からの使用人達は、まるで自分の娘のように雪乃を本当に可愛がっているんだから。これはあたしが彼女達に直接聞いた話だから、確かなものだよ。そしてそもそも彼女達がそういう態度でいなかったら、雪乃はあんな積極的に人に話すような人になっていないよ」

「そうなのか……」


 ここは信じるしかないだろう。


「他に考えられるとしたら、友達の所でも行っているんじゃ……いや、それなら家に連絡をするはずだよな」

「だから、何らかの事件に巻き込まれた可能性があるんだよ」


 悔しそうに顔を歪ませる美玖。


「これから、みんなで遊ぼうって時だったのに……」

「なら、探しに行こうぜ」


 韋宇が椅子から立ち上がる。


「今から雪乃を探そうぜ。それこそ探偵サークルだろうが」

「うん。あたしもそうしようと――」

「いや、駄目だと思う」


 賛同する美玖の言葉を、僕は遮った。


「何でだよ久羽! お前は雪乃がこのままでもいいのか!」

「よくないよ。僕も、探すことには賛成している」


 僕は静かに言葉を紡ぎ出す。


「だけど、今から授業を休んで探しに行くことには反対だ。これは僕が授業をサボりたくないからとかそんなものではなく、自分のせいでみんなに迷惑をかけてしまったと雪乃に思わせないため」


 昨日の美玖と韋宇の言動から、雪乃は他人を気遣う性格であることは十分すぎる程に伝わった。故に初めて会った時の彼女は、言動こそ嘘はあったが、性格は嘘ではないのだということに確信が持てた。だからこう言い切ることが出来る。


「授業が終わったら、しかもそれも夜遅くまでとかじゃなくて出来る範囲でいいから、それで雪乃を探そう。それなら問題はないと思う」

「……うん。確かにそうだね」


 美玖が顔を上げる。その表情には、わずかに希望が見えていた。


「じゃあ、それでいこう。韋宇もいいな?」

「おう!」


 高々と左拳を上げる韋宇。

 僕はその二人の様子を見て、ほっと一息ついた。

 まあ、ここまで大げさに話をしたが、どうせすぐ見つかるだろう。

 そう考えていた。



 しかし――かなりの日が過ぎても、雪乃の足取りは一向に掴めなかった。

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