第18話 捜査状況
朝、不在だった二人のうち、一人が殺されていて、もう一人が行方不明。
しかも、外からの侵入は難しい場所で。
状況的に見れば、そういう発想に至っても致し方がない。
というか、韋宇の人物像を知らなければそういう発想にしか至らない。
「……いいや」
美玖も首を横に振る。
「ごめん。どいつもこいつもあいつのことを犯人扱いして、イラッとしていたわ」
「気持ちは分かる。天野さんとかひどかったからな」
韋宇がいなくなったことが判った途端、天野さんは「韋宇が犯人に違いない」と喚き始めた。僕と、怒りを表面に出さない様に抑えている美玖の二人で「それはまだ分からない」と説得したのだが、まあ気持ちは分からないでもない。
「あいつは殺人なんかしない。するわけないだろ……」
美玖は祈るような表情をしている。
だから僕は肯定を口にする。
「そうだな。だから僕達は、一刻も早く情報を手に入れる必要がある」
「……だね」
美玖は顔をパンと一つ軽く叩く。
「現場の検証はまだ時間が掛かりそうだから、まずは韋宇がどこに行ったか、外に出たのか、そこの情報を探しに行こうか」
「まずは韋宇のコテージだな」
「ま、待ちなさい」
飛鳥警部補が制止してくる。
「君達はまだ勝手に動き回っては駄目だ」
「何故?」
「言われなくても分かるだろ? 僕達は容疑者なんだからさ」
飛鳥警部補にも噛みつくんじゃないかと思って制止したが、しかし「何故?」の意図が違ったようだ。
「そうじゃない。あたし達を容疑者にするほど、捜査は進んでいるのか、って意味で言ったんだよ、久羽」
「ああ。ある程度はね」
飛鳥警部補は手帳を広げる。相も変わらず情報収集能力に長けている。
「亡くなったのは目戸日土さん。珍しいですが本名らしい。君達とは知り合いだったようだね」
「知り合いというか、昨日会っただけですけれど」
僕の言葉に飛鳥警部補はうんと頷く。
「そうみたいだね。職業はホストだったそうだから、そこにいた他の人も含め、繋がりがなさそうだから、少し聞いてみたかったんだ」
「他の人の職業は分かるのですか?」
美玖の質問に飛鳥警部補は首を縦に振る。
「君達二人は勿論、杉中さん、洲那さん、色乙女さんは大学生。森さんは司書で働いているそうで、天野さんはフリーターとのことだ」
天野さんがフリーターだったのは意外だった。てっきり教職などについているような容貌であったのに。
……というか。
「あ、あの……」
思わず口を挟んでしまった。
あまりにもスムーズに問い掛けたので、見過ごすところだった。
「その……色々聞いちゃっていますけれど、大丈夫ですか?」
「ん? ああ、それは大丈夫だよ」
飛鳥警部補は胸を叩く。
「君達は信用できるし、名探偵の力を借りた方が事件の解決を図れるかもしれないから助力を乞いなさい、と警部のお墨付きさ」
「それなら良いですが……」
美玖に肘で小突かれる。スムーズに進んでいる分には文句は無いか。余計なことを口にした。
「じゃあ話を戻しましょう。遺体の様子を教えてくれないですか?」
「分かった。えっと――」
美玖が問いを続け、飛鳥警部補がぱらぱらと手帳を見る。
「目戸さんの死因は、鈍器のようなモノで後頭部に受けたキズ――脳挫傷だね。両腕は殺害後に切断されたようだ」
流石に生きたまま切断ではなかったか。
「死亡推定時刻はまだ正確には出てないが、少なくとも昨日に殺害された可能性が強いと見ている」
「何故昨日なのですか?」
「死後硬直からだよ。遺体の硬直は進んでいたから、少なくとも殺害後すぐ、ということではなさそうだという推定だ」
ということは、食事を届けたという話を洲那さんから聞いた九時以降から一二時までに殺害されたと考えても良いだろう。
「遺体は他に何か特徴はありませんでしたか?」
「奇妙な点なら一つあった。胴体と両腕に規則的に穴が開いていた、という所だ」
「穴?」
「小さな穴だよ。遠くからでは見えない程度のね」
あの腕にあった穴か。あれは身体側にもあったのか。
僕はそんな感想程度だったが、美玖はそれよりも先の思考に至っていたようだ。
「それを腕と合わせてみましたか?」
「……合わせた?」
飛鳥警部補が眉間に皺を寄せる。
「いや、そんなことはしていないが……」
「恐らくですが、穴の感覚がほぼ一致する場所があると思います」
「どうしてそう思うんだ?」
「……今はまだ、予想でしかないですよ」
美玖は顎に手を当てて首を横に振る。
「それよりも、他の情報はありますか? 例えば凶器とか」
「凶器と思われるモノはまだ見つかっていない。今、各自のコテージを調べている所だ」
「殺害現場は分かりますか?」
「恐らくは目戸さんのコテージだと思われる。屋根の上には血痕が少なく、コテージ内には多量の血だまりがあったと先程報告があったからね」
ということは間違いなく殺害現場は目戸のコテージだろう。もしかしたら凶器もその中にあるのかもしれない。
すると、疑問が浮かび上がってくる。
同じことを飛鳥警部補も感じていたようだ。
「しかしそうなると、どうして屋根の上に死体を運んで煙突から落としたのか、分からなくなってくるな」
「ん、ああ。それも多分理由は分かっていますよ」
美玖が事もなげにそう告げた。
飛鳥警部補の眉間に再び皺が寄る。
「……何だって?」
「いや、だから多分ですって。理由については、全てを聞いた上で改めてお伝えしますよ」
美玖は飄々と交わし「それよりも」と促す。
「この敷地内に不審人物がいたとかいう話は無いですか?」
「無いな」
きっぱりと飛鳥警部補は言い切った。
「杉中さんと洲那さんにお聞きしたのですが、この敷地内には外からの侵入が極めて難しいとのことだそうだ。唯一、カメラがあった玄関前の映像は今確認中だが、今のところは不審な人物などが映っていたという報告は受けていない」
入るのが難しいことは昨夜洲那さんに聞いていたから知っていたし、外の塀を見たことからも分かっていた。また、インターホン対応でドアを開閉していることから、不審人物が中に入れる要素は少ないだろう。
少ないと言っているのは二つの可能性があるからだ。
一つは『誰かが入るすきにこっそりと死角から侵入した』。
これは結局、その『誰か』と玄関のカメラの死角を狙わなくてはいけないので、誰にも気が付かれずに入るのはほぼ不可能だ。
もう一つは『誰かが内部から招き入れた』。
あの扉は外からは開かないが、中からは手動で簡単に開けることが出来る。それは韋宇が証明していた。しかし誰かが招き入れるにしても、カメラの死角を突かなくてはいけないので、そちらの可能性も薄いだろう。
なので僕はこう結論付ける。
犯人はこの敷地の中にいる。
……警官たちを疑う訳ではないので、『犯行時刻にこの敷地内にいた人物』と定義づけを変える。
だが――そうすると一つ疑問が生じる。
僕達は知っている。
あの煙突から死体が落とされた後、 僕達は韋宇以外、全員食堂にいた。
ならば――
誰がどうやって、目戸の死体を煙突から落としたのだろうか?
僕の頭の中では疑問でいっぱいだ。
不審人物がいなければ、煙突に物理的に投げ入れられるのは一人しかいない。
あの時、食堂にいなかった、たった一人しか。
「――さて、と」
美玖が一つ伸びをする。
「大体事情は分かりました。じゃあお願いがあります、刑事さん」
「何だい?」
「水車を調べてください」
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