第16話 状況確認
◆
誰も悲鳴を上げなかった。
誰もが言葉を失った、という表現が正しいだろう。
――いや、一人は違ったか。
「洲那さん!」
窓際にいた洲那さんに、美玖が声を張り上げる。
「は、はい! 何でしょうか?」
「屋根に昇る梯子ってどこ!」
その言葉で瞬時に察した。
「あの、そっちです!」
洲那さんが指差したのは自分とは反対側――僕達のコテージの方に繋がる出口だった。
美玖が駆け出そうと前傾になる。
だが、それより早く――
「――究雨、いけるか?」
「あいよ」
僕は自分の身体を究雨に明け渡した。入れ替わった後はしばらくは出て来ないのが通例だったが、身体自体を動かしていなかったし、夜に会話出来たので入れ替わることは可能だと思ったが、やはり出来た。
彼の役割については頭の中で告げておいた。
運動能力が高い彼に。
屋上に向かって、おかしい所がないかを探せ。
あっという間に美玖を追い越し、究雨は外に飛び出す。そして外周をあっという間に移動し、目的に梯子まで辿り着く。
「よっ、と」
極めて軽い声と共に梯子を昇っていく。普通に昇るのではなく、梯子を使って跳ねていく、といった表現が正しい。一歩間違えたら落ちそうで非常に冷や冷やするが、究雨は何事もなくあっという間に屋根まで辿り着く。
そこには誰もいなかった。
目立ってあるのは煙突だけ。しかも背が低いから誰かが隠れるスペースもない。
周囲を見回すが、何者かが逃げているような様子もなかった。
「ん?」
究雨が何やら見つけた様で、煙突に駆け寄る。
「ほう。こんなものがあるのか」
視線に移っていたのは、腕だった。
煙突に捕まる様に――というよりも、ただ単に曲がった指がちょうど良い感じで引っ掛かっているだけに見える。
恐らくは日土の腕だろう。片方しか落ちてこなかったからあるとは思っていたが、このような形で残っているとは思っていなかった。
(……一応動かすなよ)
「おうおう分かっているぜ」
そう言いながらじーっと観察する。
(よく死体なんかじっと見られるな……っていうか視点は同じなんだからほどほどにな)
「死体を手で引きずりおろしたお前に言われたくねーよ。何だよあの感触。少し硬くて気持ち悪かったぞ」
(死後硬直ってやつかな)
「知らねえよ。――よっと」
究雨は屋根の上を素早く一周する。
「おかしいとこはあったか?」
(お前が感じた違和感の数は?)
「俺から言うのかよ。まあいいや」
頭を掻きながら究雨は答える。
「二つだ」
(じゃあ同じだ)
「そうか。ってかもう動くこと無さそうだな」
唐突にそう言ってけ伸びをする究雨。
「何か今日は超眠い。んじゃ、あとよろしく」
(おい、ちょっと――)
待てという前に、既に身体は僕の方に戻っていた。
「……相も変わらず勝手だし、色々痛んでいるなあ」
愚痴を呟いても内部から反応は無い。究雨はいつものように沈黙状態に入ったようだ。こうなると数日は反応がない。
「……とはいっても、今回はいつもより痛みが少ないな」
まだ余裕で歩ける範囲で、下手をすると駆けることも出来そうだ。屋根の上から安全に降りられるようにという配慮なのかもしれない。……いや、あいつに限ってそんな配慮をするわけがない。
「さて、と」
僕はゆっくりと煙突の所まで歩いてしゃがみ込む。
ちょうど人一人が入れそうな煙突だ。
違和感の一つ目がこれだ。
「どうして腕が残っているんだろうか?」
誰かが上から煙突に投げ捨てたのであれば、全てが落下しているはずだ。
ならば、ここに残っていることには何らかの意味があるはずだ。
そしてもう一つ。
「この腕の穴は何だ?」
「なに独り言を言っているんだ?」
「……」
振り向くと、いつの間にか美玖が屋根の上にいた。
「来てたんだ」
「当たり前じゃん。あたしが最初に行こうとしたんだぞ」
で、と美玖は覗き込むように煙突に視線を移す。
「……腕か。ん?」
美玖が身体を乗り出す。
「何だこの穴は?」
「やっぱりそこに気が付くよな」
流石は名探偵だ。僕がおかしいと思った所なんか真っ先に目を付ける。
屋根に残された腕。
その元は肩があったであろうその境界線の近くに、幾つもの小さな穴が開いていたのだ。
「そんなの誰だっておかしいと思うだろ? 下に落ちているやつも多分同じ痕があるだろうね」
「これに何の意味があるんだろうか?」
「さあ、まだ分からないね。腕が切断されている理由も不明だし」
確かにそうだ。
明らかに殺人であることの証明にくらいしかならない。
「あ、そういえば最初に訊くべきだったけど」
屋根の上を歩き回りながら美玖が問うてくる。
「多分その様子だと不審な人物なんて見当たらなかったんだな?」
「ああ。森の中にもいなさそうだった」
「何かが動く様子は?」
「何か?」
「そうだ」
「動物でもいたかと言われれば僕には判らない。究雨なら判るかもしれないけど……あいつ今、数日は反応ない状態になっちゃったから聞けないぞ」
「そいつは残念だな。――さて」
一通り歩き回った後、美玖は昇って来たのとは違う方の梯子の方へと向かう。
「もうここで調べることは無いね。戻るよ、久羽」
「そうだね。……あ、戻る前に」
「もうやってる」
彼女は携帯電話をこちらに見せつけてくる。
電話先は韋宇だった。
「だけど反応は無いんだよ。電源入っていないか電波が届かない、ってやつ」
「まだその状態なのか……じゃあ逆方向の梯子から降りてコテージに向かった方が……」
「そっちは洲那さんと左韻に行ってもらってる。結果を訊きに行こう」
ありとあらゆることを予想して先に行っている。
流石だと感心しながら屋根を降りて本館のみんなの所へと戻る。
と、本館の中ではなく、西側の入り口の近くに洲那さんと左韻を除く、笑美、天野さん、森さんがいた。外にいるのは死体と一緒の部屋にいるのは嫌だからだろう。
「ど、どうでしたか……?」
青い顔をしつつも、笑美が訊ねてくる。ということは彼女も僕達の行動を理解しているのだろう。他の二人は理解出来ていない様で、天野さんは「どういうこと?」と口にし、森さんは眉間に皺を寄せた。
「あたしと久羽は屋根の上に急いで登ったんだけど、不審人物はどこにも見当たらなかった」
「そうですか」
「そっちは警察に通報してくれた?」
「うぬ。あと数分で来るとのことだ 。……あ、失礼?」
と、そこで笑美が携帯電話を耳に当てる。
「うむ……了解した。じゃあ戻ってきてくれ」
通話を終え、彼女はこちらに対し深刻な表情で告げる。
「今、イオちゃんから連絡があった。轟殿のコテージに行ったのだが――」
笑美は首を横に振った。
「轟殿の姿は、どこにもなかったそうだ」
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