第4話 集う婚約者候補達

 本館。

 どことなく新しいような建物で、ドラマや創作物などのいかにもお金持ちが別荘にするような建物のイメージを、そのまま張り付けたような建物であった。その中でも大きく屋根から突き出した煙突が目に入った。サンタクロースに入ってくださいと言っているようなその煙突は立派であり、その存在感をさらにアピールしていた。そして本館と言うだけあってその大きさはかなりのもので、もし殺人事件が起こった場合に集まる場所になるだろうな、なんて想像を掻き立てる。こんな風に考えるようになったのも、このサークルに入ったからだな――などとどうでもいいことを思っている内に、洲那さんが玄関の扉を開ける。

 中に入ると、そこは異様な雰囲気だった。

 物が、ではない。

 人が、である。

 ペンションの様に、玄関から広間が見えるようになっており、そこに人が集まっているのだが、何とも見た目だけでも個性的な者が腰掛けている。

 小難しい顔をして細眼で読書をしている、どっしりと構えた青年。

 ジャラジャラとアクセサリを付けている、短髪を逆立てた少年。

 タンクトップを着た、筋肉質でガッシリとした体躯の青年。

 イヤホンを付けた、小柄で中世的な顔立ちをした――恐らく少年。

 どれもこれもがタイプの違う人である。

 そして。

 二階に続くであろう階段の上から、和の心を極めましたというような、大和撫子という言葉が似合う顔立ちの女性が、ティーシャツにジーパンというラフな格好で顔を出した。


「おお、イオちゃん。轟殿とその御友人を連れてきてくれたか」

「ええ。これで全員、揃いましたわ」

「うむ。しっかし、何かお手伝いのような役割をさせて済まぬ。一ヶ月前に友人になったような、そんな私なんかのために……」

「いえいえ。私が好きでやっていることですから。笑美ちゃんは気にしなくていいのですよ」

「うぬ。そういうことなら、気にはせぬ」


 さっぱりとした口調で話す人だな。

 そんな彼女は、ゆっくりと階段を降りながら、両手を広げる。


「さて皆様方、お集まりいただいて誠にありがとうございます。私が杉中笑美という者です」


 一礼。


「本日は一応、婚約者候補の皆さんの品定め、という建前ではございますが、バカンスに来たと思ってお寛ぎ下さい」

「あのー、一つ質問があるんすけど……」


 中世的な少年が、ひらひらと手を上げる。


「何でしょうか、色乙女しきおとめ殿」

「下の名前で、佐韻さいんでいいっすよ。みんなもそう呼んでくださいっす」


 そう言う指示なら仕方ない。僕もそう呼ぼう。

 そして彼はそう周りに呼びかけてから、


「んで質問なんすけど、どうして俺が選ばれたんすか? ただ渋谷でぶらぶらしていただけなんすけど」

「俺も俺も」


 ジャラジャラした男も手を上げる。それに続いて本を読んでいた青年が顔を上げ「僕もです」と声を上げ、筋肉質の青年も静かに右手を小さく上げる。そこに韋宇も「あ、俺も」と慌てたように同じ行為をする。


「あん時は洲那さんが『笑美ちゃんの判断です』って言ってたけどさ、杉中さんはどう判断して俺達を選んだの?」

「私も笑美という下の名前で良いのですが……まあ、それは置いておきましょうか。御質問への返答はですね……」


 笑美は人差し指を立てて、一言。



「は?」

「全てが勝手な話なのですが、まずは背景として私の父は所謂、大企業の社長であり、後継ぎを残したいと考えていることから説明します。何の企業かは……ま、教えなくても良いでしょう。少なくとも生まれてから一度は絶対にCMや広告などで見聞なされたことがある企業ですね。そして私も齢一八を迎えるということもあって、婚約者の選定を始めたのです」


 しかし、と少し区切って彼女は続ける。


「そこで私はついこのあいだ、お父様に反抗したのです。『私にもきちんとお慕いしている男性がいるのです』と、啖呵を切ってしまって……」

「……それのどこが、僕達の選定と関係あるのですか?」


 本を読んでいた青年が、本を閉じて訊ねる。


「うむ。もっともな質問です、天野岩あまの いわ殿。いやさて、その話は続きがあるのです」


 彼女はこほんと一つ付き、


「私は言った直後に思い出したのです。『そうだ……そんな人、今までにいたことないじゃないか』と。つまり、私は嘘を吐いてしまったのです」


 堂々とした様で、そんなことを口にする笑美。彼女は胸を張り続けたまま、こう続ける。


「しかし、偉い人はこう申したそうです。『君がその嘘を償う方法は一つ。その嘘を本当にしてしまえばいい』と。だから私は、それを行う覚悟を決めました」

「……」


 要するに。

 好きな人がいなかったから、好きな人を無理矢理に作ろうということ。とんでもない発想だ。誰だ、その偉い人は。


「そのような理由で、渋谷で見かけた、私が良いなと思考した男性五人を選定しました――つまりは、一目惚れということです」

「はいはーい。それじゃあ疑問が沸くんだけど」


 手を挙げたのは、韋宇。


「俺の名刺には、五人目の婚約者って書いてあったんだけどさ、それって、最初っから人数決めていたわけ?」

「ええ、轟韋宇殿。最初から五人と定めておりました。その理由は実に間が抜けたものですが、私、特定の誰かに好意を持つということがありませんでしたので、人数制限を掛けないと、さすがに選定することができない気がしたのです」

「ふうん。根っからのお嬢様だねえ」


 ジャラジャラとした男が、口の端を歪めて、彼女の前に立つ。


「しかもこんなに美人ときた。こりゃあ優良物件処の話じゃねえな」

「うむ。それはありがとうございます、目戸日土めど ひと殿」

「たっはー。うぶな反応たまんねえ。ってか、その中途半端な時代劇口調もそそられるぜ」

「それは申し訳ありません。一応教養として敬語は使えるのですが、咄嗟の反応ではつい出てしまうようです。お気に触ったのであれば、謝罪いたします。申し訳ありませんでした」

「いやいやいや。美人がやることには全部許せるぜい」


 物凄い名前の青年は物凄い勢いで喋った後、機嫌が明らかに良い様子でソファに座った。ふと思ったが、韋宇がこんな性格であれば、きっと女性にもてていただろう。あれでいて韋宇は調子に乗る人は選んでおり、知らない人に積極的に話す人ではないから、一部ではクールな人であると見られているらしい。だから韋宇は日土とは違うタイプの人間なのである。


「……ああいう軽い奴、苦手だな」


 そう呟いている通り、韋宇はそういう人種をあまり得意としていないのだ。しかし苦手としているのに、僕達の前ではそのような人間と同じ態度を取っている。それで苦手意識を無くそうとしているのかもしれないが、そのことを訊ねても、韋宇は笑ってまた冗談を重ねて話を逸らしてしまうので、推測の域を出ないのである。

 と、ここで大体、婚約者候補の四人の特徴は出ているとは思う。

 そして、残る一人は――


「……」


 野太い腕を組んだまま、ずっと口を閉じている。そういえば、この人が口を開いた所は見ていないな。頑なに真一文字に結んでいる。そんな風に観察していると、横から、先程まで笑美の隣にいたはずの日土が口を挟んできた。


「あの人? 森隼人もり はやとって名前らしいけど、あんた達が来る前から一言も喋ってないぜ。あ、因みに何で名前が判るかっつーと、名前を聞いたらあの人、名刺をスッと差し出してな。そこに書いてあったわけよ」

「あ、そうなんだ。えっと……目戸さん」

「日土でいいって。で、あんたは……」

「僕ですか。僕は伊南久羽と言います。そこにいる彼――轟韋宇の付き添いです」

「付き添いねえ……」


 そこで日土はすっと目を細めて、


「で、隣の綺麗な姉ちゃんもってか?」

「ん? あたしか。いや、あたしは婚約者候補候補だよ。残念ながら定員で締め切られちゃったけど」

「へ……? ってことは、あんた……お、男お?」

「おうともさ。あたしは新宿で働いている、源氏名美玖でーす。よろしく」

「よ、よろしく……」


 しれっと嘘つきやがった。日土も流石に引いていて、引きつった表情で、徐々にここから離れていった。


「よくそんな嘘を堂々と付けるよな」

「まあな。堂々としなくちゃ嘘だと思われるだろうが」

「あ、そうか。って、そういうことは……そうか。今まで気が付かなくてごめん。えっと、美玖……君?」

「いやいや。それは嘘だって。だけどあいつに本当のことだと思わせないとさ、面倒なことになりそうじゃん。多分」

「あ、自己防衛手段だったのか。理由がおかしいけど……」


 にしても、美玖を女だと信じたあいつは馬鹿なのか。見た目や声、スタイルなどのどこを見ても、女性としか考えられないのに。

 と、そんな会話をしていると、


「では皆様。拙速ではありますが、皆様に今夜宿泊していただくコテージの案内を纏めて行いたいと思います」


 笑美は小さな紙切れを掲げた。

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