第3話 訪問
◆
土曜日。
僕達は予定通り、韋宇が持っていた地図を頼りに目的地へと向かっていた。初夏に差し掛かっているのを証明するように、その日差しは容赦なく僕達の体力を奪っていった。
「あちい……なあ、まだかよ」
「お前が言うなよ、韋宇。ってか、地図はお前が持っているんじゃないのか?」
「それなら美玖が先頭に立っている訳ないだろう」
疲れ果てた指先で、前方を指し示す。ハーフパンツを穿いて惜しげもなく形のいい足を晒す彼女は意気揚々とした様子で歩みを進めており、「だらしないな」と叱責してくる。
「一分程度も我慢できないのか。もう見えてるじゃないか」
「へ……あ、本当だ。いやっほう」
韋宇が元気になったのは、視線の先に明らかに正門と呼べる建造物が見えたからであるのは間違いない。韋宇が持っていた簡易的な地図の方の下部には正門と書いてあり、地図の通りであればそこから一本道であるので、道なりに進めば目指すべき本館へと辿り着けるはずである。
先を進んでいた美玖を追い抜かした韋宇は、門についている呼び鈴を押す。
『はい』
「あ、轟です。あと友人二人も来ました」
『どうぞ』
正門が自動で開門した。
「へえ、かなりしっかりしたセキュリティだな。ネズミ返しのような外壁には囲まれているのもそうだし」
感心の声を上げる韋宇に美玖は「しかも」と付け加える。
「あそこに防犯カメラがあるぞ。それに扉の側面を見れば判ると思うけど、一度締められたら簡単には出られない構造になっているわね」
「あ、マジだ……」
「それに外にはドアノブも手を掛ける所すらない。何処に鍵穴が分からないし、引き戸でもなさそうだ。だから絶対に閉め――」
「おお、そうか」
ばたん、と。
目の前で扉が閉まった。
「……やるなって言ったじゃないか!」
美玖が怒号を浴びせる。
扉の外には、僕と美玖。
内側には韋宇。
韋宇だけ……。
「おい! 何を考えて――」
「待て、美玖。これは韋宇なりの責任の取り方かもしれないぞ」
「……どういうことだ?」
「えっと……そう、あれだ。バトルもののクライマックスで、『お前達だけは生きろ』ってな感じで……」
「あの自己犠牲を……ここで!」
「韋宇……お前ってやつは……」
「あ、内側からは開くんだ」
あっさりと韋宇が顔を出した。
台無しだ。
「……どうやら違ったみたいだな」
「ああ。どうやらただ単に閉めただけっぽいな。ってか、良く考えたら、そんなことするなら、あたし達を元々ここにまで連れてこないよね」
二人同時に溜め息を吐く。韋宇は「な、なんだよ」とキョロキョロこちらを見てくる。本気で分かっていなさそうだ。それがとても腹立たしかったので、
「なあ、韋宇。もう帰っていいよね?」
「え……ええええ?」
「だな。さっき閉じられたので、あたし達は入っちゃいけないって気持ちになっちまったしな。帰るか」
「ちょ……ちょっと待ってよ」
「そうです。帰られては困ります」
と、ハスキー声でそう引きとめられた。
いつの間にか韋宇の後ろに、メイド服を着た、髪の長い女性がそこにいた。その女性は、美玖よりも一回り大きい女性なのだが、それでも細身だからだろうか、どこか儚げで、すぐにでも折れそうな雰囲気を持っている。
「あ、あの時のメイドさんじゃないか」
「あの時は突然、申し訳ありませんでした」
深々と礼儀正しくお辞儀する、メイドさん。
「本日はお越しいただき、誠にありがとうございます。轟韋宇様、葦金美玖様、伊南久羽様。私、
「よろしくー。って、洲那さん以外にメイドさんはいないの?」
「は? いないのと申しましても……」
韋宇の質問に、困惑した様子で瞬きを多くする州那さん。
「ん? 質問が分かんなかった? あなた以外にお手伝いさんはいないのって訊いたんだよ」
「あ、その質問なら、いいえ、と答えます。そもそもお手伝いさんは、ここには一人もいませんから」
「へ……?」
「はい」
にっこり微笑む彼女に、疑問の視線が三つ注ぐ。
「じゃ、じゃあ、洲那さんは一体………」
「私は笑美ちゃんの友人です。この服装はただの趣味です」
「そ、そうなのか……」
「そうなのです」
僕達の驚きを意にも介せず、洲那さんは先を掌で示す。
「他の皆さんは本館に既にお揃いです。さて、行きましょう」
「あれ? 僕達が最後なのですか?」
「その通りです。えっと……伊南さんでよろしかったでしょうか?」
「ええ」
「貴方達の他にも招待したお客様は四人いるのですが、皆さんはだいぶ早い時間にお着きになられました。きっと他の皆さんはお連れの方を連れてきていないのでお早かったのでしょうね」
「ってことは、話に関係ない余所者は、僕と美玖だけってこと?」
「そうなりますね」
「へー」
そんな風に適当に相槌を打った後、すぐさま美玖に耳打ちする。
「……なあ、僕達、居づらくないか?」
「結構な。ま、あんまりにも居づらかったら、そんときゃ帰ればいいさ」
「それは困ります」
洲那さんがこちらを向いて眉を少し下げる。
「皆さんには少なくとも明日の朝まで、ゆっくりしていただなくては……」
「どうしてさ」
「あの……こんな遠くまでわざわざ足を運んでいただいたのですから、それくらいのおもてなしはしなくては、皆さんに悪くて……あの、突然に婚約者候補だとか訳の判らないとは思いますが、そのことはあまり気にせずに、ゆったりと避暑に来た、という程度でいいので、どうか笑美ちゃんのために……」
「わ、分かりましたよ。帰りませんから」
「そう……良かったです」
成程。洲那さんは杉中さんのために、僕達を引きとめようとしたのか。せっかく呼んだのにすぐに帰れば杉中さんが傷付くであろうと考えて。そういうことなら帰る訳にはいかない。恐らく美玖もそう考えているだろう。美玖は傍若無人な態度を取っているが、この中で多分、一番の常識者である。名探偵だけど。
「さあ、着きましたよ」
そんなやり取りをしている内に、いつの間にか目的地に到着したらしい。
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