第2話 プロポーズは突然に

「……告られちゃった」


 六月も終わりに近づいた頃に、イケメンと間違いなく呼ばれるであろう金髪の少年、轟韋宇がそう言ってサークル塔の、『KATID』と書かれた一室に入ってきた。

『KATID』とは何かと訊かれれば、探偵サークルの名称であるとしか答えられない。しかし探偵と名乗るだけあり、既に一度、大きな事件に巻き込まれている。その時は自分も、探偵サークルに所属しているだけあって(とはいえ、半ばやけくそ気味に入ったのだが)推理が的中したなんてこともあった。もっとも、実はそれは一部のみ正解であり、後にきちんとした真相が暴かれたのだけど。

 そのきちんとした真相を暴いたのが、僕の隣でテレビゲームを行っている、二本の飛び出した赤毛とスタイルの良さが目立つ美少女、葦金美玖である。彼女は以前にも事件を解決したことがあるらしく、正に名実ともに『名探偵』であると言えるのだ。そんな彼女よりも先に事件の真相が判った、と一瞬でも思ってしまった過去が恥ずかしい。


 ――とまあ、過去は置いておいて、話を戻そう。


 韋宇が告られたとな。


「おめでとう。良かったじゃないか。ってか、お前ならそんなに珍しいことじゃないだろ」

「いやいや、久羽。意外ともてないぞ、こいつ」


 美玖が眼前で手を振る。


「本当に意外だな。そういえば高校時代には女子生徒が大半だったのに彼女出来なかったんだっけ?」

「らしいな。顔だけホイホイなのにな」


 そう談笑する僕達だが、当の本人は呆然としたままである。


「……おいおい、どうしたよ韋宇」


 美玖がテレビゲームをする手を止める。


「彼女が出来そうなんだろ? そしたらもっと喜ぶべきだろう」

「…………」


 美玖は本気で首を傾げているが、僕は韋宇の心中は複雑だろうなと察していた。まあ、簡単に言うと、韋宇は美玖が好きなのだ。意中の人以外からの告白など、困惑するに決まっているだろう。

 ――そう思っていたのだが。


「いや、違うんだ……告白は告白なんだけど……」

「なに? 罪の告白をされたとか?」

「いや、プロポーズされた」

「そうか……って、はあ?」


 思わず美玖が頷いてしまうのも判るほど、さらりと自然に、韋宇はとんでもないことを口にしていた。


「いや、俺も信じられないんだけどさ……マジで」

「ってことは……お前、彼女いたのか。知らなかったなあ」

「ち、違うぞ。俺に彼女がいたことなんかねえよ」

「またまた。照れちゃって」


 美玖はまるで聞いちゃいない。


「ふんふん。するてえと、そこまでに至る経緯があったってことか。教えて教えて」

「だからさ。そんなもんはないんだって」


 必死に弁解しているが、それでも美玖は照れ隠しだと捉えているようだ。なので、ここ辺りで助け舟を出す意味を含んだ質問をしてやる。


「で、彼女がいなかったのにいきなり求婚されるようなことは、どこで、どんな状況で誰に言われたんだ?」

「昨日、渋谷のど真ん中で見知らぬ美しい女性から言われた」

「……庇い切れないぞ、流石に」

「ほ、本当なんだって」


 弁明しながら、韋宇はゴソゴソと鞄から何やら紙切れを見せる。


「いきなり渋谷で声を掛けられてさ。『うむ。貴殿であれば私も満足。突然で済まないが、私と婚姻を結んではくれまいか』ってさ。そんでこれを貰った」

「キャッチセールスと結婚詐欺が混同している感じだな……」


 などと感想を抱きつつ、紙を受け取る。


「えっと……杉中笑美すぎなか えみ……これはその彼女の名前か」

「ああ。そうらしい」

「――で、その横のこれは何だ?」


 僕が差し示している所に書いてあるのは――


「『婚約者候補、五人目の方へ』。見ての通り、俺は五番目らしいぞ」

「五番目って……」


 僕が困惑していると、同じような様子で美玖も眉を顰める。


「おいおいおい。あたしも状況が掴めなくなったぞ。お前の彼女じゃなかったのか?」

「だから。俺にとって杉中笑美っつう人は、知り合いでも何でもなかったんだって。やっと分かったか」


 韋宇は胸を撫で下ろしているが、重要なのはそんなことではない。


「じゃあさ、婚約者候補に、どうしてお前が選ばれたんだよ?」

「知らねえよ。付き人のメイドさんに訊いたら、『笑美ちゃんの判断です』って答えたぜ」

「……待てよ。付き人のメイドだって?」

「ああ。その人も美人だったぞ。その杉中笑美ちゃんよりは一回り大きかったけどな」

「ほほお」


 何かに気が付いたように目を光らせる美玖。


「つまり、そんなメイドがいるし、婚約者ってことはさ、多分、彼女は名家のお嬢様ってとこだろうね」

「まあそうだろうね」

「で、そこの『五人目』ってとこから、他にも婚約者がいることが推測できる。『候補』ってことは、基準は判らないけどこれから選ぶって訳だな」

「んー、そうなるだろうね」

「ってことで、いつ、その人ん家に行くんだ?」

「おー、それは良く分かったね」


 感心した声を上げながら、韋宇はもう一つ紙を取り出す。


「お前の言った通り、今週末にここに一泊二日――つまりは泊まり掛けで行かなくちゃいけなくてさ。あ、交通費は出るらしいぞ」


 そこに書かれていた場所は住所を見るに少し都会から離れた場所にあるようで、どうやら私有地のようだ。私有地だと判断したのは、そこに記載されていた簡易的な地図を見た所、真ん中に本館、そこから道を渡って各コテージへ、というような構成にも関わらず、名前が付いていないなど、商売をしている様子がないからである。まあ、この地図は簡易的ではあるから、書いていないだけかもしれないが。しかし、そこが問題なのではない。


「で、韋宇。お前はそこに行くつもりなのか?」

「行くよ。断るためにさ」


 と、そこで韋宇は僕の耳に口を寄せる。


「……俺が好きなのは美玖だからな。美人とはいえ、その心は揺らがないよ」

「お前……意外と一途なのな」


 韋宇の容姿だったら、女などとっかえひっかえだろうに。もしかすると、それが要因で高校時代も彼女がいなかったのかもしれない。


「ふーん、もったいないなあ。あたしだったら玉の輿に乗るのに」


 当の想われ人の美玖は、彼の想いを全く知らないという発言をして口の端を歪める。


「そしてお金を貰って即とんずら」

「何という悪女」

「俺にはそこまで出来ねえ。流石美玖さん」

「あたしに痺れやがれ……と、冗談は置いておいてだ」


 コホン、と一つ咳払いをして、美玖は韋宇の額に指を突き付ける。


「お前はどうしてあたし達にそれを言う必要があるんだ?」


 言われて気が付いたが、確かに、僕達に言う必要はない。韋宇の中で既に結論は出ているのだから。

 では、どうして韋宇は僕達にそのことを話したのだろうか。ただの自慢ではないだろうが。


「まあ、大体、分かるけれどな。でも、お前の口からきちんと聞かせろ」

「う……わ、分かっているなら言わせるなよ」


 少したじろく韋宇だが、やがて観念したように大きな溜息をついて、そして――


「断るの一人じゃ怖いから、一緒に付いてきてください!」


 土下座した。

 こいつは見た目の割には小心者だから予想はついたが。


「嫌だ。一人で行け」

「そ、そんな殺生な……」

「ってかさ、そもそもあたし達が一緒に行けるわけないじゃないか。誘われたのはお前一人なんだからさ」

「あ、それなら大丈夫。ここに来いって言われた時、お友達もご一緒にどうぞって言われたから。一応、事前連絡はしておくように言われたけど」

「ふーん。事前連絡ねえ」

「そう。ここに書いてある番号に……」


 と、そこまで言った所で、韋宇は何かに気が付いたように顔を輝かせて携帯電話を取り出す。


「――もしもし、杉中さんですか? わたくし轟韋宇というものですが、今週末のお呼ばれに二人程友人を連れて行きたいのですが……はい。はい……え、名前ですか? えっと、女性の方が葦金美玖で、男性の方が伊南久羽です……はい。ありがとうございます。では、失礼いたします……」


 ピッと切るボタンを押して、韋宇はふうと一つ息を吐く。


「……やっちゃったぜよ」

「お前がやったんだろうが!」


 美玖の飛び蹴りが見事に決まった。


「何を勝手に行く方に決め付けてんだよ!」

「へ、へへへ……これでお前らも来なくちゃいけなくなったな……」

「まさかそれが狙いで……ってか、狙うもくそもあるか!」

「ふふふ。事前連絡って言葉を思い出させたのが敗因だったな」

「くそー、まじかー」

「……ってかさ」


 僕はそこで口を挟む。


「そもそも、電話で断れば良かったんじゃないのか?」

「……」


 黙る少年。

 続ける僕。


「電話で断るなら、直接会わないから別段怖くないんじゃない? 行きません。断ります。この一言で終わりじゃない」


「……あ」

「まあ、もう無理だけどな。行くって言っちゃってるし」

「……え?」


 ようやく気が付いたのか。アホだな、相変わらず。


「どうして言ってくれなかったんだよ、久羽!」

「お前も気が付いていなかったのかよ。どうした名探偵」

「うるさい。名探偵だってミスはある。某じっちゃんの孫の少年だってよく犯人殺すだろ」

「それ言っちゃ駄目だろ……」


 閑話休題。


「とにかく、今週末はそれに行かなくちゃいけないんだな」

「ああ。こいつのせいでな」

「いいじゃん。どうせ暇だろ? なら行こうよ」

「まあ、暇なのは確かだけどさ……」


 僕も同じ。今週末は特に用事がない。もっとも、用事がある方が少ないのだけれど。


「じゃあ決定。行こう行こう」

「……まあ、小旅行と考えればいっか」


 そう美玖が頬を緩めた瞬間に、僕も行くことは決まったようなものだった。まあ、元々行ってもいいと思っていたし構わない。


 ――そう思ったのが、間違いだった。


 後悔先に立たず。

 この言葉を、僕は痛感する。

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