丈夫な構図が上手に円を欠いた

第1話 プロローグ

「お前は――この世界がつまらなくないのか?」


 その人物は僕――伊南久羽にそう訊ねる。


「家族を失い、友人を失い――また、新しい友人まで失っているお前は、この世界がひどくつまらないものになっているのではないのか?」

「……確かに、そうかもしれないな」


 ボイスチェンジャーを使っているのだろう、彼か彼女かも判らぬその人物に背を向けながら、僕は頷く。


「こう、何もかもがうまくいかないと、つまらなくなるよね。流石に」

「そうだろう。だったら代わるか?」

「何をだ?」

「人生を」

「出来るわけないだろう」


 僕は一笑に付す。


「それにさ、僕は、僕の人生の今を、結構満足して生きているんだ」

「……そうかい」


 その声は、気のせいかもしれないが、残念だという気持ちを含んでいる気がした。


「でもさ、つまらないのに満足しているとか、矛盾していないか?」

「矛盾しているね。確かに」


 それは認めるが――


「でも、事実なんだよね。世界はつまらないけど、僕は満足して生きている」

「ふーん。分かんないや……どうしてさ?」

「うーん……どうしてって言われても……」


 確かに、僕の環境はひどい。

 幼い頃に両親を失い、大切な人を失った。

 そこからずっと一人だった。

 中学も。

 高校も。


 でも――大学では違った。

 友人が、三人も出来た。


 ――しかし。

 一人が、すぐに行方不明となった。


 さらにもう一人――

 ……そして。


 こうやって謎の人物に後ろから、刃物のような鋭利なものを突き付けられているときた。


 満足できる要素など、何一つない。


 でも、僕は満足して生きていると感じている。

 僕が満足していると感じている理由。



 それは――

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