エピローグ
遠く。
遠く。
どこかの田舎町でのお話。
私は、複数の子供達を連れて、草花生い茂る緑の道に沿って歩みを進めていた。
子供達。
捨てられた子供達。
しかし。
そこにいたのは、以前の彼らではない。
異様ではない。
普通の子供達。
手足がある。
皮膚はただれていない。
何故かというと、姉の残した金品の半分以上を使用し、形成手術を行ったからである。
その結果が、この通り。
彼らは、普遍の姿を手に入れた。
その代わり、不可解な運動能力も人並みになった。
「おやおや。みんな、こんにちは」
私達の前方のいる主婦が声を掛けてくる。
それに、子供達は声を合わせて返す。
「こんにちは。オネエチャン」
「まあまあ、お姉ちゃんですって。お世辞が上手ねえ」
おほほほと上機嫌な笑い声をあげて、主婦は通り過ぎて行った。
その後ろ姿を見ながら、私は苦笑する。
「別にいいのですけれど、ああいう方は、おばさんと言うのですよ」
「どうしてですか? オネエチャン」
「お姉ちゃん、というのは、私やあの方なら大丈夫ですが、人によっては困るからですよ」
「どうして?」
「それはですね」
首を傾げる子供達の可愛さに口元が緩みながら、諭すように答える。
「男の人に対しても、貴方達はそう言っているからですよ」
「オトコの人?」
子供達は変わらず、不思議そうな顔をしている。
その様子を見れば分かるだろうが、子供達が言う『オネエチャン』と、私達が使う『お姉ちゃん』は、意味が違う。
彼らの言う『オネエチャン』は――『人間』を指す。
老体でも。
熟女でも。
そして――男でも。
こうなった理由は簡単に予測できる。
氷香は、自分を指して『オネエチャン』と、言葉を教えたのだ。そのため、彼らは人間のことを、『オネエチャン』と呼ぶようになった。
(全く……あの姉は、どこまで人に苦労を掛けるのですかね)
心の中で、大きく溜め息を吐く。
姉の氷香は、昔から、母の言う通りに生きてきた。母の言葉を疑わず、母の用意した道を歩いてきた。
だが、その道から外れたらこうだ。
結果、私がこう尻拭いをする羽目となっている。勝手に私の名を語ったり、使用人達に暇を出すように頼んだり、子供を押し付けたり……やりたい放題だ。
でも――まあ。
今まで、母親の期待を一身に背負うなんて面倒くさい役割を押し付けてきたのだから、これくらいは許そうと思う。もっとも、彼女はそれを面倒くさいと思っていないだろう。だから、私がわざと小学校受験に失敗したなんて考えもしないだろうけれど。
だけど。
許せないことが、ただ一つだけある。
それは、あの二人の動向を見られなくなったこと。
伊南久羽君。
彼と会ったのは偶然ではないが、私の意志でもない。
大学で友人になった、彼女――葦金美玖ちゃん。
彼女が、どうしても彼を部に誘いたいと言ってきたのだ。しかも、自分が誘ったことは隠して。
その理由などは詮索しなかったが、興味があった。
容姿だけなら韋宇君の方が上で、一目惚れということはあまり考えられなかった。美玖ちゃんの好みの問題かもしれないが、でも、もっと深い何かがありそうだった。
それを、興味本位で知りたかった。
横から見ていたかった。
傍に――
「――オネエチャン、どうしたの?」
「ん?」
子供達の眉が下がっている。
悲しんでいる。
「どうしたの、みんな?」
「ポロポロ」
「……ポロポロ?」
「ポロポロ!」
と、子供達は口を揃えてそう言い、指を揃えて私の顔を指す。
不思議に思いながらも、右手で頬に触れてみる。
そこで――ようやく判った。
私は……泣いていた。
「……あは。本当だ。ポロポロだね」
無理矢理笑おうとした。
でも、止まらなかった。
そして、理解した。
(私は……あの場所に……いたかった)
思えば。
私の篝という名字の所為で友人はお金狙いの子ばかり。それが嫌で、普通の学校に行ったのに……
結局は、意味がなかった。
だけど。
あの人達は、本心から私を友人だと思ってくれていた。
だから――心地よかった。
その場所に、いたかった。
だから、泣いているのだ。
(……成程。私もまだまだ心が幼いですね。姉のことを偉そうに言えません)
そう考えると、自然と笑えた。
顔はそうだが、心で笑えた。
私って馬鹿だな、と。
そう思うと、すぐに気持ちが切り替えられた。
「……さあて、みんな。今日はおうちまで走りますよ」
「うん。嫌だーっ!」
「こらこら。嫌な時は『うん』とは言わないのですよ……ってこんなことを教えていいのでしょうか……」
「うん!」
「いい返事ですね。では、走るのは決定にしましょう」
「嫌だ―っ!」
「聞きません。よーい、スタート!」
「うわーい」
子供達は一斉に走り出す。
無邪気に。
笑顔を張り付けて。
この子供達を見捨てるわけにはいかない。
だから。
ある程度までは、私が育てる。
具体的には、今、氷香が残した最後のお金を使ってこの村に建設する予定の孤児院が出来上がるまで。
そして――彼らが私から離れられるまで。
それまでは、私はここにいる。
でも。
いつかはそこに行く。
あの人達の場所に戻る。
だから今は――今、やるべきことをする。
「とりあえず……走りますか」
筋力が人並みになったとはいえ、彼らは結構速い。今から走っても追い付くのは骨が折れるだろう。
だが、必ず追いついてみせる。
絶対に。
にいっと笑って、私は土を踏みしめた。
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