第12話 雨の日と心の距離

 朝。目を覚ますとサァーーーという音が聞こえた。雨戸を開けてみると思った通り雨が降っていた。この世界に来てからずっと晴天の日が続いていたけれど、やっぱり雨も降るんだな。


「雨が降らないと、動植物は生きていけませんからね。お天気は全て気候をつかさどる神様がコントロールされているんですよ」

「あ、エリーゼ。おはよう」

「おはようございます!レイさん」

「へえ、色んな神様がいるんだね。」

「はい。レイさんは今日もカヤノヒメ様のところに行くんですか?」

「そうだね。あ、でも傘が無いや」

「雨具は押入れにあると思うので、後で探してみますね。とりあえず朝ご飯の用意がもう出来てるので食べてからにしましょう」

「うん。いつも早起きしてご飯つくってくれてありがとうね」

「いえいえ、好きでやっていることですから。でも、お礼を言ってもらえると嬉しいです!にへへ!」

「それにしても昨日の世界の端っこは凄かったね。まさか川の水の行先があんな風になってるとは思わなかったよ」

「私もびっくりです!とっても素敵な場所でしたね!」


 そんな話をしながら食卓に向かい、みんなと朝食を食べた。その後、俺はエリーゼと共にエリーゼの部屋の押入れを物色した。


「俺は上の方を探すよ」

「じゃあ私は下の方を」

「何かごちゃごちゃしてて、色んなもんが入ってるな」

「この家の下準備をしてくれた天使さんがサービスで色々置いていってくれたみたいです」

「ほんとに色々あるね。のこぎりやハンマーとかの工具に、絵の具のセットにバルーンアート用の細長い風船。そしてこれは、ボウリングの玉か?玉だけあってもどうしろと。あれ?あっちにあるのは、げっ!?」

「どうかしました?」

「い、いやっ!なんでもないよ」

「そうですか。あ!ありましたよ、レインコート!」

「ほんとだ。良かった!助かったよ、エリーゼ」

「にへへ、では私は学校へ行って来ますね!レイさんもお仕事頑張ってください!」

「うん。いってらっしゃい」

「あっ!そうだ。今日はレイさんにお弁当をつくっておきましたよ。多めにつくっておいたので、先輩さんと一緒に食べてください。キッチンに置いてあるので、持っていってくださいね!」

「ほんと!?ありがとう!嬉しいよ」

「では、いってきま~す!」


 エリーゼは学校へと飛び立っていった。ふぅ、危うくいけない想像をしてしまうところだった。この家の下準備をした天使は一体どういうつもりなんだ?押入れに大人のおもちゃをしまっておくとか。そりゃ、将来的に使う可能性も全くゼロってわけじゃないけどさ、多分。おそらく。万が一。とにかく!こんなものを純粋で汚れてないエリーゼに見せるわけにはいかないな。俺の部屋にしまっておこう。

 自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、トイレから出てきたユキと鉢合わせした。


「あれ、ユキまだ学校へ行ってなかったの?」

「うん。今日はのんびりでいいの。・・・レイ。その手に持ってるのは何?」

「え!?あ、ああこれはその」

「緑色の太い棒みたいなのは?」

「これは、えーと・・・あれだよ!観賞用のオブジェだよ!生前の世界ではこういうのが現代アートとして人気があったんだ!」

「・・・へえ。変なの」

「じゃあ俺は出かける準備しちゃうから!」

「うん。いってらっしゃい。レイ」

「いってきます」


 ああ、我ながら苦しいごまかしだった・・・。さあ、準備しちゃおっと。



 家を出て駅に向かう。雨はそれほど強くは降ってないな。昨日乗ったじゅうたんがあれば、神様の家までひとっ飛びなんだけどな。もう返しちゃったし、仕方ないか。

 大五郎鉄道に乗り、神様の家へと向かう。おじさんは今日もタンクトップだ。寒くないのかな。

 しとしとと降る雨の水は大きな湖の中に落ちていき、湖の水と混ざり合う。神様の家へと向かう道はだいぶぬかるんでいて、歩きにくかった。雨の中ぽつんとたつ神様の家に俺はなぜだか少し寂しい気持ちを覚えた。2人の姿は見えない。家の中かな。菜園の植物のいくつかには濡れないように小さな傘が添えられている。可愛らしくて、ちょっとおかしい。

 この間と同じく、俺は梯子を上り窓から家の中に顔を出した。そうだ、弁当はここに置かせてもらおう。俺は弁当の入ったリュックをそっとベッドの脇に置いた。そして下の階に向かって挨拶をした。


「おはようございます。レイです」

「おお、レイか。イグサは今、外に出ておるぞ。水田から続く小川を辿って行った先にいると思うので、見てきてくれ」

「はい。分かりました」


 小さな水田には、まだ青い稲穂が雨に打たれてお辞儀を繰り返していた。そこにちょろちょろと注ぐ小川を辿り、上流へと向かう。時折、小川の中にサワガニや小さい両生類のような生物を見つけた。しばらく辿ると開けた場所に出た。そこには等間隔に切られた30本程の木が交互に立て掛けられていて、その木からキノコが顔を出している。へえ、キノコの栽培もやってるのか。そして、その一画にしゃがみ込んでいるイグサちゃんの姿を見つけた。イグサちゃんは可愛いピンクの水玉のポンチョを着ていた。


「おはよう、イグサちゃん」

「おはよう、えっと」

「レイです」

「そうだった。レイ」


 うう、名前も満足に覚えてもらってない・・・。イグサちゃんは片手に何かじたばた動いているものを持っている。


「あれ。これってこの間のと同じやつ?」

「そう。よく逃げるの」

「それって、生き物・・・だよね」

「動物と植物の中間みたいなもの。ノゲイラといっしょ。これはクロコップ」


 ・・・クロコップ。またしても格闘家か?

 イグサちゃんはクロコップをビンに閉じ込めると、俺に竹かごを渡し、キノコの収穫を指示した。


「ちゃんと大きいのだけ取って」

「了解です」


 これはシイタケ、こっちはエノキ。これは、見たこと無いな。あっちのも、赤くて淵が尖っているキノコに、青く発光しているやたら丸いキノコ。食用じゃなくて研究用か?

 俺は一通りの収穫を終える。イグサちゃんはキノコを見て回りながらずっとノートを取り続けていた。う~ん、やっぱり会話無し、か。

 ん?原木の裏にも何かがある。あ、これもキノコだ。真っ黒で小さなキノコ。


「イグサちゃん」

「何?」

「ここにもキノコがあるよ」


 イグサちゃんは原木の裏をのぞき込む。そして、そのキノコを摘んで取ると少し観察した後、俺に渡した。


「これはオニノコシダケ。凄く珍しいキノコ。そのまま生で食べるととっても美味しい」

「へえ、美味しいんだ。じゃあ食べてみようかな」


 俺はひょいと口に放り込みオニノコシダケを噛みしめた。おお、凄く美味しい。中からジューシーなエキスがどんどん出てくる。


「あ!」

「え、何?あ、イグサちゃんも食べたかった?ごめん、全部食べちゃ」

「そうじゃない。それ、毒キノコ」

「ええ!?だって美味しいって!」

「味は美味しい。でも毒がある。鬼も食べずに残すから、オニノコシダケ。説明する前に食べちゃうから」

「ど、どんな毒?」

「それは」


 その時イグサちゃんの後ろから、のそっと赤鬼が登場した。


「うわぁ!赤鬼さん!どどど、どうしてここに!?」

「おう、暇つぶしにお前を痛めつけようと思ってな」

「そ、そんな!ひどい!!」

「今日は地獄の仲間も連れてきたんだぜ。なあ、お前ら!!」

「「おおう!!!」」


 木々の陰から次々と屈強な鬼たちが現れる。俺はもうパニックになってしまった。そして一目散に山の奥へと逃げ出した。


「ぎゃあぁぁぁーーー!!!助けてくれーーー!!」


 山の中に俺の叫び声がこだまする。俺は必死で走ったが木の根っこに躓いて転んでしまった。鬼たちのどすんどすんという足音が迫ってくる。もうだめだ!と思ったその時。


「レイさん!」


 と女の子の声が聞こえた。この声は、エリーゼ?


「エリーゼ!いるのか!?」

「はい!ここですよ!みんなも一緒です!」


 木の陰からエリーゼたちみんながひょいと顔を出した。鬼たちの足音はもう、聞こえなくなっていた。


「良かった!鬼が沢山俺に向かって来てって・・・あれ?みんな学校は?って!!またみんな裸になってる!!」

「何言ってるんですか?レイさんも裸じゃないですか」

「えっ!?」


 ほ、本当だ!いつの間にか俺も裸になっていた。もちろん自分で服を脱いだつもりはない。俺が混乱していると、エリーゼたちが俺を取り囲んだ。


レ「み、みんな・・・?」

エ「せっかく裸になったんですし」

ミ「みんなで気持ちよくなって」

テ「もっと仲良くなりましょう」

レ「でも・・・そういうのはまだ」

ユ「遠慮しないで」

ク「優しくしてあげるからさ」


 エリーゼたちが次々と俺に抱きついてくる。ああ俺は今、女の子に埋もれている。すべすべの柔らかい肌に埋もれて俺は、すぐに理性を失った。興奮しすぎて意識が朦朧としている。あ、もうだめだ・・・。



 ん・・・。

 気が付くと俺は、菜園のすぐそばにある木のベンチの上に寝ていた。雨はもうやんでいて、雲間から太陽の光が眩しく射していた。それより、何か頭の下がやけに柔らかい。


「俺は一体・・・」

「キノコの毒でパニックになってた」

「あ・・・イグサちゃん。あれ?これは・・・」


 俺の頭はイグサちゃんの太ももの上にあった。つまり膝枕。イグサちゃんの柔らかくて白い脚に俺は、思わずどきどきしてくる。


「キノコ。全部説明する前に食べちゃうから」

「ごめん・・・」

「でも、渡した私も悪かったから。ごめんね」

「あの、俺をここまでどうやって運んでくれたの?」

「ノゲイラが見つけて、ここに運んでくれた」

「そっか。いいやつなんだな、あいつ」

「ねえ。元気になったんなら、もうどいてほしいんだけど」

「あ、ああ!ごめん。重かったよね」


 俺はベンチから飛び起きた。うう、せっかくイグサちゃんに少し近づけたと思ったのに、また遠のいちゃったか?その時、俺の腹がぐぅ~っと鳴った。


「ふふっ、お腹減ったの?」


 あ、ちょっと笑ってくれた。可愛い。


「うん、そうみたい」

「もうお昼過ぎてるからね」

「あ、ちょっと待ってて!」

「ん?」


 俺は神様の家に弁当を急いで取りに行き、イグサちゃんのところに戻ってきた。


「あの、お弁当持ってきたんだけど。良かったら、その、一緒にどうかな~って・・・だめかな?」

「私の分も、あるの?」

「うん、沢山あるよ」

「・・・じゃあ、せっかくだから」

「良かった!今、出すね」

「私、お茶入れてくるね」

「うん!」


 ちょっとは打ち解けてきてくれてるのかな。俺はベンチの前の芝生にレジャーシートを敷いて、弁当を広げた。エリーゼのつくってくれた弁当、とってもうまそうだ。ふと、神様の家の方を見るとイグサちゃんが窓からティーセットを置いたティースタンドを出していた。あ、俺が手伝った方がいいかな。するとイグサちゃんはティースタンドを窓の脇の蔦に結んで梯子を下りると、蔦をするすると引っ張ってティースタンドを下ろした。へえ、蔦がエレベーター代わりになってるんだ。よく考えてあるなぁ。

 イグサちゃんはレジャーシートに座ると、慣れた手つきでお茶を入れる。途端に辺りに華やかな香りが漂ってきた。


「いい匂いのお茶だね」

「ハーブティー。私がブレンドしたやつ。はい、どうぞ」

「ありがとう、いただきます。・・・うん!美味しいよ。癖が無くてすっきりしてる」

「良かった。お弁当、もらってもいい?」

「ああ、どうぞどうぞ」

「いただきます。・・・もぐもぐ。美味しい。これ、あなたがつくったの?」

「いや、一緒に住んでる天使の女の子がつくったんだよ」

「へえ。・・・その子って、あなたの彼女?」

「ち、違うよ!まあ、仲は良いけど、なんていうか、妹みたいな感じかな。今のところ」

「そうなんだ。じゃあ、私とカヤちゃんみたいだね」

「それは、イグサちゃんとカヤノヒメ様も姉妹みたいだってこと?」

「うん。カヤちゃんは私の優しいお姉ちゃんになってくれたから」

「そうなんだ」

「だから、私のカヤちゃん、取らないでね」

「え!?取らないよ。あ、もしかして俺につんつんしてたのって、カヤノヒメ様を取られると思ってたから?」

「・・・うん」

「なんだ~。それなら大丈夫だよ、安心して。俺にはもう大切な存在が沢山いるからさ」

「そっか、ならいいや。・・・その。これからよろしくね。レイ」

「うん。よろしく、イグサちゃん!」



 それから午後の作業も順調に終わり、帰りの時間。今日は誤解も解けて、少しだけ仲良くなれた気がする。この調子でイグサちゃんとは良い友達になれたらいいな。

 駅に向かう途中、俺を呼ぶ声がして後ろを振り返ると、イグサちゃんが追いかけてきていた。


「イグサちゃん、どうしたの?」

「はぁ、はぁ、これ!」

「それ、ハーブティーの茶葉?」

「お昼のと同じやつ。お家の天使さんと一緒に飲んで」

「ありがとう!ちゃんと可愛くラッピングまでしてくれたんだね」

「じゃあね、さよなら」

「うん、またね」


 いいお土産を貰っちゃったな。よし、家に帰ろう!

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