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 まるで眠れなかった。明け方に濃い夢を見た。夢の中で現実だと思い込みながら、以前の職場のショップで働いていた。


 外に出るにも雨ばかりの季節になった。役場に用事があったので細い道を辿り、途中Anuenueの前を通る。慧くんが、店の前に駐車してあるバンの横で年輩の男性と話していた。

 あれから和希と一度会った。ハセガワケイは彼女の話をしたと言ったけれど、ここ数年は決まった彼女がいないこと。ディスカスという魚を溺愛しているために彼女がつらくなり逃げて行く。または怒って離れて行く。らしい。

 だったら。慧くんはディスカスのことを彼女だと言ったのかもしれない。何も持っていない、持たずにいることしか出来ない私と違って、愛すべき何かを持っている。私にとっての娘と、慧くんにとってのディスカスは違う。私は娘を愛し、責任を持って大人に導く義務があるが、瑠夏は個人であり他人だ。決して私の所有物などではない。瑠夏には瑠夏の人生があり、それが少しでも幸せであるように願い、尽くす。


 ディスカス。検索して様々な色のディスカスがブリーディングされていることを知った。慧くんのディスカスはどんな魚なんだろう。Anuenueを訪れて確認したかったが、素面でコミュニケーションを取ることは苦痛だ。話したいと思う慧くんとであれば尚更ぎこちなくなる。和希や仲の良い友人や妹たちとでさえ、アルコールを摂っていない時はLINEすら出来ない。だからと言って酒の匂いをさせながら店を訪れることも、酔って誤字脱字だらけのメッセージを送る事も憚られた。


 Anuenueの看板。赤く円形の熱帯魚。

 多分あれが慧くんの熱帯魚、ディスカス。淡水でとてもデリケートな水質で育つ魚。様々なことに気力を持てない私には決して飼育出来ない魚。

 話し込んでいる慧くんは傘を差して歩く私に気付かず、私も声を掛けずに通り過ぎた。

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