'ehā、エハー。ハワイの言葉で4の意味。

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 娘の名前は瑠夏るなと言う。

 ハワイ語の「ALOHA」が五つの意味を持つ言葉のイニシャルを繋げた言葉だということはよく知られていると思う。「LUNA」は四つのハワイ語のイニシャルを繋げた名前だ。


 lina、リナ。柔らかい。

 ua、ウア。雨。

 nalu、 ナルー。波。

 'aina、アイナ。大地。

「lun'a」瑠夏。


 母方の祖母はハワイ生まれだった。


 kai、カイ。海。

 男の子が産まれていたらそう名付けたかもしれない。私は漆黒のベタに「カイ」と名付けた。


 起きた時と夕飯の前。カイに餌をあげるのは瑠夏の仕事になった。

 ベタは人に良く懐く。近付くとカイは小躍りするような動きをして綺麗なひれを揺らした。水槽を覗き込むと一気に近寄ってくる。猫さえこんなに懐いていなかった気がする。それでも昨年父の家で亡くなった猫のフィガロを思い出した。玄関を開けてしゃがみ込むと真っ直ぐに飛んで来て、鼻と鼻をぶつけ合った一歳のときのフィガロ。去年の夏に父の家に帰ったときは、猫の寿命をとっくに超える十八歳だった。フィガロは瑠夏の膝の上で撫でられながら息を引き取った。瑠夏の膝は吐瀉物や水のようになった糞で汚れていたけれど、嫌な顔一つせずにフィガロを看取った。瑠夏の染みだらけの服を脱がせて洗剤で擦り、私たちは泣きながらシャワーを浴びた。フィガロの亡骸は父が火葬場に連れて行った。前に父と住んでいた猫もそうだった。わざわざ家まで帰って来て父の膝の上で亡くなった。猫は亡くなるとき家を離れるというのはどこまでが本当なんだろう。

 フィガロの死を思い出して目が濡れる。何かが諌めた気がしてすぐに涙は乾いた。


 とにかくベタは可愛い。フィガロの生まれ変わりではないかと何度も考えた。カイの水槽を覗き込むと一気に近付き、壁にぶつかるのではないかと心配になるとき。または、漆黒の鰭を全身の筋肉を使って広げてくれるとき。「カイ、綺麗」と私は話しかける。そうだろう、とでも言うようにカイは小首をこちらに傾げる。何だろう、この動きは。何だろう、この形。魚のものとは思えなかった。カイの水槽を見ながら、ディズニーの映画、ファンタジアを観ている気がした。

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