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 暗闇。


 突然現れた視界の一角の暗闇。それは何の光も跳ね返さない黒で、その生き物の目の位置さえ把握出来ない程だった。ひらひらと棚引く背鰭せびれや尾鰭や胸鰭。闘魚、ベタだ。黒いベタは良く見かける。先日訪れた横浜のペットショップにもクラウンテールという種類の黒が一万円弱で売られていた。そして漆黒と言うよりメタリックな青味がかかっていた。

 いま目の前に居るのはダブルテール。そして視力がそこだけ失われるかのような漆黒だった。

「この子は……。おいくらですか」

「千四百八十円です」

「買います」

 ベタにはラビリンスという素敵な名前の器官があり、肺呼吸がある程度出来るらしい。私はその暗闇の化身のようなベタと、飼育するセット一式と、ヒカリメダカの稚魚用に餌とガラスの水槽を買った。


「お店の名前って何て読むんですか?」

「アヌエヌエです。虹という意味のハワイ語です」

 よく聞かれるんですよ、とオーナーらしき彼は言った。アヌエヌエ。あの時、毎日のようにマウイの海に架かっていた。

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