9
いちばん大変だったのは娘の荷物をダンボールに詰める事だった。娘も頑張って協力してくれて十箱程のダンボールが積み上がった。引越しの前夜は、最後に残ったキッチン、バスルーム、洗濯関係の日々必要な物たちを、ワレモノは念入りに薄紙で包みながら詰めていった。
引越しの当日は、娘の同級生のママで同僚でもある友人が手伝いに来てくれた。歩いて二十分程の移動だったが、ヒカリメダカの大きな鉢と大きいモンステラのプランターを運ぶのは無理だった。小さい植物のプランターと娘が自分で運ぶと言って纏めた大切な物を詰めたバッグを手分けして持ち、先に引越し屋のトラックが向かっている新居まで歩いた。
メダカの鉢とモンステラは、数日後に湘くんの車で運んでもらった。偉そうなことを考えていても結局、他の人に支えられて引越しを終えた。
退去の立会いを終え、五月。精神科に通い始めてひと月が過ぎた。五月初めの診察の日、更に二ヶ月間の自宅療養の診断書が出された。病院の近くの郵便局から診断書を会社に送った。その日、家に帰ると郵便物の中に湘くん宛の封筒が転送されて届いていた。転居届は私と娘の分しか出していないのに。私が出勤していたとしたら家に着く時間、十八時半過ぎにLINEした。どうして転送されたのか湘くんにも分からないようだった。
「時間がある時に取りに行く」とメッセージが表示された。
その日も「あとで行く」というメッセージが届いた。「待ってる」と返信してから洗い物をしていた私は、次の「ついた」というメッセージに気付かずにドアがノックされるのを聞いた。洗剤だらけの手を洗い流しているとガチャガチャとノブを捻る音がした。慌てて鍵を開けると少し面食らった感じの笑顔の湘くんが「風呂かと思って焦ったよ」と言った。来るのを了承してから風呂に入る程、湘くんの中の私は非常識なのだろうか。
湘くんに役場からの封筒を渡した。それから立会いの時にもらった書類と、今日も届いていた湘くん宛の東電のハガキを見せた。サンダルを脱ごうとしない湘くんの黒いTシャツは、まだ新しくて左裾に小さなロゴのタグが付いていた。どこのTシャツだろう……似合ってる……。
引越しの日に位置を決めて置いてもらったダイニングテーブルを、もう少しキッチン寄りに動かしたかった。結婚当初に買ってもらって湘くんが組み立てたそのテーブルはカウンターにもなり、下には扉や引き出しが並んでいた。食器や食品類を全部取り出しても一人では動かせない。
湘くんはかっこいい黒の上下でダイニングに上がった。一緒にテーブルを持ち上げるが私の方はほとんど上がらない。半分動いたところで、「どいて」と湘くんの両手が私の腰に触れた。暖かい手だった。
湘くんのおかげでテーブルは動いた。他にも何か頼みたかった。というか一緒に居たかった。湘くんはサンダルを履いてしまった。
今までにしてもらったこと。本当に感謝しています。と感謝の涙を見せたかった。私は「本当にありがとう」と言うのが精一杯だった。一体何にありがとう? 何もきちんと伝えられない。
「メダカ」
……?
「…………………よ。うちの卵産んでるから」
卵産んでるかもよ、と言ったのだろうか。
「お世話頑張ってるよ」
「うん。だから」
だから……とは……?
「………ね」
「うん! ありがとう!」
私はまたありがとうしか言えず、湘くんは帰って行った。またね、か、じゃあね、かも分からなかった。私は「またね」と聞いた。間違いなくそれは希望的観測だった。今になっても私は、希望的、であり、観測的、なのだ。
ドアを開けて追いかけたかった。
湘くんの車のエンジンの音が聞こえて遠くなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます