63

「友達の怪我は大丈夫なの?」

「『顔が歪んでるんだけど!』って言ってた……。まだ動くと痛いって」

「そっかぁ。でも別れん気持ちが分からんわ」

 会ったことのない朱里の事を、和希も心配してくれた。

「一年以上振りに運転したよ。店のバンは大きいし怖かったけど、ケイくんがジュリのベタの水槽用にヒーターを持たせてくれて、あ、ベタは熱帯魚だからヒーターがないと寒さで死んじゃうのね。それで、でかい車の方が運転しやすい、って。このまま一生運転できないより、まだルナが大きくなるまではあたしが運転できて、いつか車を買えたらいいと思えたんだ。元々車は持ってなかったけど、生活保護を受けてるとレンタカーでも運転したらいけないの。運転するなんて本当に怖かったし、一時期は乗せてもらうのも怖いくらいだったから、ちょうどいいなんて思ってた。毎日出勤できるようになって、土曜日は瑠夏を連れてきてもいいって言ってくれて。慧くんが社員として雇うって言ってくれて、生活保護を切ることができたの。……ジュリのダンナ、四十八じゃ無理だったんだって。ジュリたち親子が二人きりで生活してるのも心配だけど。いくらお父さんとお母さんが同じ団地にいるって言っても両親とも持病を持ってみえるしね。でも、ダンナが出てくるのもちょっと心配だな」

「運転、頑張ったんだね」

「うん。もう二度と運転しないかと思ってたよ。ETC通るときなんか徐行した。……ジュリが健康だったら、とっくに別れてるかと思ってたんだけど、そうじゃないみたい。国選弁護士っていうのかなー、簡易の……。それ、ジュリが手配してダンナにつけたんだよ。ミノルが入ってた時はあたしなんか何もしなくて、逮捕されたら自動的に弁護士がつくと思ってた。ジュリが、『めちゃくちゃ怒れるくらい好き』って。ぽろっと言ってたの」

「好きなんだねー」

「なんかヒデくんと性格似てるよ、ジュリのダンナ」

「ヒデアキは絶対女を叩かないよ!」

 それが普通、なのかな。私のDV男遭遇率は五十パーセントくらいだ。まさか選んでいる訳ではないと思うけれど……。父親にも良く殴られた。「どうして自分の父親に似た男を選ぶんだろうね」母が言っていた。瑠夏の父親のことを。

「例の食堂いこう!」

「あ。カズキ千五百円ってランチに使える?」

「うちの店がもうからんって言ってもねー、それくらいは持ってきてるよ。…そっか。アヌエヌエにヒデアキとケイくんがいるじゃん? ケイに奢らせよう!」

「何でよ」

 四人でFRUTTOに行った。店内の雰囲気にそぐわず、英くんが「うますぎる!」とか「やみつきになる!」とか叫ぶのには閉口したけれど、店の奥から常連らしき奥様たちの話し声が響き渡っていたので大丈夫だろう。ディナーではワインを飲んだけれど、今日はコーヒーをオーダーしてみた。クレマが美しいエスプレッソが運ばれてきた。とても美味しかった。

「食堂のランチのコーヒーも美味しいんだよ」

 毎週のように行っている食堂も大好きだ。

「あそこは、行こうと思うといつも閉まってる。二十二時ラストって早いよな」

「結構家族連れが多いんだよ。小さい子を連れてくる家族。おばあちゃんの料理みたいなメニューが多いから、懐かしいんんだよね」

「葉山はうまい店が多いなぁ」

「辻堂の家系ラーメンとヒデくんの知り合いの寿司屋。めちゃくちゃ美味しいじゃん。また行きたいな」

「アイ、太るぞ」

「もっと太った方がいいって。ケイくんが言うもん」

「昼間からノロケるなって!」

「うるさい!」

 と和希が英くんの頭を叩いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る