第5話:占拠―Caution―
「……ん」
夢を見た。ふと、本当に、突然に。ニーアがまだ海賊が根城とする島で採掘などを行っていた頃。そこで知り合った自分より小さくて、でも自分より芯が強いその少女の事を。
実際、彼女は強かった。トップなんて彼女がいたからどうにかなった話で、彼女がいなければ自分は責任と大人達の暴力で死んでいただろう。それほど彼女はニーアにとっての心の支えであった。
「マリー」
その少女の名前を独りごちに呟く。彼女とはギアスーツ部隊に強制編入されてから一回も会っていない。何年会っていないかなんて判らない。でも、あの時から自分も彼女も多分、ほんの少しだけ大きくなった。彼女が生きていればであるが。
ニーアは明日にはアルネイシアの市民権を与えられて、海賊とは無縁の生活を送る事となる。しばらくは経済的支援も得られるという好条件。でも、ニーアはそれを受け入れたくないと思っていた。思っているだけであった。何を言っても結果は変わらない。この条件は確定事項なのだから。
「もう、会えなくなるのかもしれないな……」
溜め息交じりにベッドから降りる。彼女の生死も判らない。でも、明日にはその知りたいという感情をも捨てないとならなくなる。
諦めに近い感情を憶えながら、ふと窓を見る。街を見下ろせるこの窓から見える景色を見るのはまだ数回だけであったが、その景色の雰囲気がいつもと違う事にニーアは気づいていた。
活気に溢れている街とは思っていたが、今日はまた一段と明るく感じた。ある一点。そう、街を四つに区切る唯一の十字路、そこに人が集まっている。何かイベントでもあるのだろうか。自分には関係のない事だけど、それでも気にはなる。
ニーアは少しの好奇心を胸に秘めながら部屋を出る。部屋を出て扉を閉めて、廊下を左に行くとこの家の中心部ともいえるリビングが存在する。そこに行けば、もしかしたら何か教えてくれるかもしれない。
だがニーアはそこで人を選んでしまう。ここ数日、この家に滞在してから会話したのは陽気でガタイのいい黒人、少し背の低い黄色人の男性、背が高くて美人な女性、そしてその娘と教えられたカエデという小さな少女。たった数日とはいえ、心置きなく会話ができたのはそのカエデだけであった。
カエデがいればいいのに、とニーアは心の隅でそう考えながらリビングへ入った。
「……おはよう」
「あ、え、あ……おはよう、ございます」
その相手にニーアは思わず言葉を詰まらせてしまう。自分が目覚めて最初に出会った男性であったからだ。彼らと一緒にご飯を食べた時に、あの大きな女性にヒューマと呼ばれていた人だ。
ニーアはこの人が苦手である。何せ判りづらい。喜んでいるのか怒っているのか、それとも哀れに思っているのか。その表情からは判断できないのだ。ニーアは彼が怖かった。人間味がない、というのだろうか。少なくともニーアの短い人生の中ではヒューマの様な人間を見た事がなかった。
「朝食は先に済ませてもらった。カエデとツバキは外にいる」
「あ、はい。その、いただき、ます?」
ヒューマはそう言って、ソファに座りながらも手のひらサイズの端末を弄り始める。こういうあまり他人に干渉しない、無関心な性格は一緒の空間にいると気まずくなる。眠りから覚めて最初に見た彼は何か優しさを感じたのに、今はそれが微塵も感じられない。機械のようだ。そう思う。
「美味い……」
海賊時代では飯にありつけられるのだけが心安らかになる事であったが、ここで食べさせてくれるご飯はそれ以上に美味しく感じられる。ストレスがあまりないからか。自分はこの状況を快く思っているからなのか。そう思うと何か自己嫌悪に陥りそうになる。
そんな暗い思考を捨てるために、意を決してニーアはヒューマに声をかける。
「街、賑わってますね」
「あぁ。世界機構の議員がやってきているらしい。おかげで朝から騒がしくてな。ツバキやカエデは騒がしいのが好きなんで見に行く算段を立てているらしいが、俺はどうにも苦手でな」
「はぁ」
「お前の一人暮らしもこのイベントがあったおかげで一日送りだ」
ヒューマがそう言う事もあってニーアは黙り込んでしまう。ヒューマには条件の提示の時点で受け入れ拒否の話はしているが、彼は取り合ってくれなかった。彼自身はニーアのために行動しているつもりなのだろうが、それはニーア自身を傷つかせている。
でも、この場でその話をもう一度する事ができないニーアもニーアである。未だに彼は海賊の内部事情も話していない。怖いのだ。そう教育されてきたのだから、その抑圧的な思考によって、海賊に敵対しているであろう彼らには胸を張って言う勇気を持つ事などできやしなかった。
「俺達はしばらくはここにいる。何かあれば頼ってくれるといい」
「あ、あの、でも――――」
ニーアがヒューマにどうにか自分の話をしようとした瞬間、その音は鳴った。街を割くかのような銃撃音。ドタバタと足と足が地面を踏みしめる音。焦りから生じるその音が近づいていく。
強烈な音と共に開かれた扉の先にいたのは外にいたとされるツバキである。その表情は非情に焦りを見せており息を荒げていた。その様子に何かを感じたのか、ヒューマは先程の無表情に近い表情からニーアでも判るぐらいな真剣な表情を見せた。
「どうした?」
「暴動よ! ギアスーツを用いた」
そのツバキの言葉にニーアはガタッと立ち上がった。焦りは見せていないように感じる。だがその表情から、この状況の緊迫感を憂いているように見えた。
ニーアはそんな二人の状況がよく理解できていなく、あわあわしていると、泣きながらツバキの後を追ってやってきたカエデがニーアに近づいてきたので、彼女をあやす様に抱きしめる。
「市長からの連絡が来るはずだ。俺はそれまで臨戦態勢で待機する」
「お願い。テルリにはホウセンカに行ってもらって皆を呼んでもらうわ。グレイとキノナリを応援として呼べば」
「どうにかは、なるか」
ツバキの言葉に繋げてヒューマは冷静に呟く。市長からの応援依頼が来るまでは下手に動けないが、戦闘をする場合はしばらくは一人で戦わないとならない。アルネイシアのギアスーツ部隊を数に入れないのは、不確定であるからだ。
テルリは市街に出ているはずなので、しばらくしたら連絡が来るだろう。状況が緊迫する中、カエデの啜り泣きが寂しく響いていた。
◇◇◇◇
『――――海上防衛隊は当てにならん! アルネイシアのギアスーツ部隊はシェルターへの誘導で手一杯だ。頼む、君達の力を貸してはくれんか』
「えぇ。えぇ。えぇ、えぇ。解りました。応援部隊として戦闘に介入させてもらいます。市長も、早急に市民のシェルターへの誘導を」
ツバキが無線電話で市長と連絡を取っていた。あれから数十分、ギアスーツの内装でありパワードスーツである黒色のコアスーツを身に纏ったヒューマがいた。いつでも武装を装備して戦闘に参戦できるようにだ。その姿を見て、ニーアは、あぁやっぱりこの人だったんだ、と複雑な表情で見ていた。
ヒューマのその姿は日常の彼よりも更に凛としていた。まるでこの姿こそが彼の本来の姿のように感じるほどに。その姿の彼があの蹂躙を行っていたと思うと、ニーアは思わず身震いしてしまう。
「敵の機体カラーは薄紫色のカルゴのようね。このカラーリングはニーア君の所属していた海賊の物」
「何が目的だ? いや、世界機構のお偉いさんか。掌握すればいいように扱えるからな」
「そうね。搬送で済めばいいけど……最悪は島を掌握されてしまうかもしれないわ」
最悪の想像であった。だが確かに、世界機構の偉い人を誘拐してもなお抵抗がなければ、この街を自分達の物にしようと画策するのは誰にだって解る。勿論、それが一時的なものだったとしても街への被害は出てしまう。
それを海賊がするのだ。こんな事、ニーアは知らなかったし、どうしてこうなったのかという恐怖感で顔が青ざめていく。
「地下シェルターへの移行にはどれぐらいかかる?」
「海賊は市民を人質にはしていないそうよ。市民に配られているICタグで場所が特定できているようで、そのような動きはないらしいわ」
「となると早くて三十分か……地下シェルターの移動が完了したら出撃する」
ヒューマはそう言ってリビングから出ていこうとするが、ふと怯えているニーアに視線が合って目を細めた。厳しい表情だ。だが心なしか優しさも混じっているような気がした。
「海賊に関しては俺がやる。……お前は関わるな」
ヒューマの警告にニーアは何を馬鹿な、と思う。行くわけがない。戦場になんか。
でもそれが言い出せなかった。それを言うだけの強い気持ちを、今のニーアには持っていなかった。
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