第6話:市街地戦―Exterminate―

 市長の報告はそれから数十分後に再びやってきた。この島に入島した人々にはICタグが内蔵したカードが渡される。これはGPSが内蔵されており、その人物がどこにいるかが判るようになっている。勿論、その情報を利用できるのは警察と市役員のみである。

 これさえあれば、このような非常事態でも住民を十年前に作られた核シェルターに誘導できる。問題はその認識がカードである事で、住民が必ずしもそれを持って動く事はないという事だ。


「ヒューマ」


 ツバキは家の地下にあるギアスーツの研究施設で夫の名前を呼んだ。ヒューマはその黒いコアスーツの上から外装である武装と装甲が一体になったギアスーツの上半身の部分を着こんでいた。

 BR-06、ブロード・レイド。ヒューマの専用機であるオリジナル機。その装甲と武装を支える内部フレームはこの時代に広がっているカルゴ、その一つ前の世代機であるアークスのどれとも違う、ツバキが自分の理論を基に作り上げた物だ。装甲は黒塗りで、しかし至る所に赤い個所もある。右腕には装甲に接続された大型のシールドと一体型になったヒートブレイド、ルベーノが存在感を放っていた。


「住民の収容は完了できた。でも全員かどうかはまだらしいの」

「そのようだな」


 ギアスーツを着こんだヒューマは次に、その上半身の背部に露出しているOSを司るコアとアタッチメントに、ハンガーに設置されていた最新モデルのウィング状のスラスターを取りつける。この作業は研究施設の上部にあるロボットアームで行われており、ヒューマはそれに成すがままにされている。

 取り付けられたスラスターの次は、腰部にバインダー状の展開が可能なスラスターが装着される。これはツバキが特別に用意した物で、正式な名前はない。しかしそのスラスターは前回の物とは違い、ロボットアームが設置されていた部分にはワイヤーが射出できる装置が代わりに設置されていた。地上戦、特に市街地戦を想定した構成だ。

 そしてそのハンガーが上昇し、同時にヒューマもそのまま上昇する。


「海賊は街全体に配備されているようね。総勢は三十七機。そのうち、数機は固まって移動中」

「これが恐らく世界機構の人間を連行している連中だろうな。となると敵は三十二機、か……。街への被害を最小限にするために銃器は使用しない。代わりに非殺傷性のグレネードを使う」

「駄目よ。それじゃ死んでしまうわ」

「覚悟の上だ。元々射撃が得意なわけじゃないし、選択肢が少ない方が動きやすい」


 勿論、そんなわけはない。選択肢が多い方が戦闘はしやすい。だがヒューマはそういう見苦しい言い訳を使ってでも市街地での戦いで銃器の使用はしたくなかった。廃墟であればその限りではないが、戦場は先程まで人が生き住んでいた街なのだ。そのため、腰背部に配備されたアサルトライフル、フンド204は急を要した際に使用するお飾りだ。

 ハンガーで吊るされたヒューマは、その下に現れたギアスーツの下半身の装甲とドッキングする。ギアスーツの膝部分までしかコアスーツの足は届かないが、これはギアスーツの足部分を破壊されても運動できるようにされているためだ。ホバーの搭載した脚部パーツには小型で固定式のポールコ社製三連グレネードランチャーが搭載されており、ここから多種の非殺傷性のグレネードが発射できる。そして前回の戦いでは腰部分にあったロボットアームは脚部の裏側にあり、グレネードの装填ができるようになっていた。


「敵は慎重に連行している。無理矢理に突き進めば連行部隊に干渉は可能だろう」

「グレイとキノナリ達が戦闘圏内に入るには、まだ数十分以上かかるらしいわ。それまで、持ち堪えてね」

「了解した。西港地区から侵攻する」


 そうヒューマが言うと、ハンガーが移動し降ろされる。横に置いてあったブロード・レイドのヘルメットを被り、神妙な面持ちであったヒューマの表情は隠れる。

 ヒューマの目の先には長い暗闇が広がっており、その向こう側は海が広がっている。断崖沿いに作られた住居の特徴を活かし、断崖にギアスーツの発射デッキが作られていたのだ。これを使えば、街に滞在している海賊軍にも丘の上の一軒家から敵勢力が現れたとは思われないだろう。

 ヒューマは足裏をデッキのスターターに固定させ、折り畳んでいたウィングスラスターを展開する。ウィングスラスターと脚部のホバー、そしてブロード・レイドの固定バーニアである肩部姿勢制御バーニアがあれば短時間での飛行が可能だ。それに今回は市街地での戦いであるため、万が一のエネルギー切れは考えられない。

 あるとしたら、それはヒューマが死んだ時だろう。だがそんな事はないとツバキは信じる。自分が支え続けてきたこの男が、この程度では死ぬはずがないと、ただ愛を持ってそう信じる。


「行ってくる」

「行ってらっしゃい、ヒューマ」


 その言葉を最後に、ヒューマは意識をヘッドディスプレイに集中する。モニターに広がるのは数々の計測器や眼前に広がる光景。そして、ヒューマの相棒と呼べる存在が存在している証明である右端の赤色のマーカーである。

 ウィングスラスターに火が灯る。ツバキは急いで退避して暴風の影響下から逃れる。ヒューマは腰を屈め、そして意識を戦場へ切り替えるかのように言葉を言い放った。


「ブロード・レイド。ヒューマ・シナプス、出撃する」


 瞬間、スターターデッキが火花を散らせながらスタートした。脚部が固定されているブロード・レイドもまた同じようにそのスターターに合わせて動き始める。スラスターで更に加速し、暗闇を突き進む。

 そして視界が開ける。広がるは一面の蒼海。地平線と快晴なる空。ヒューマはその光景に目を向ける事はなく右方へ旋回し断崖をなぞるように進む。


「索敵モード」


 ヒューマがそう呟くと、ヘッドディスプレイがまばらに赤く染まった後、赤の波は二つの目を形成する。二等辺三角形がつり目のようになったそれに対し、ヒューマは拡張された視野に意識を向けた。ブロード・レイドは量産されたカルゴとは外面も内面も違う。この索敵モードもそれの一つであり、元来はそれ専用の装備が無ければ満足に索敵は出来ないものだが、ブロード・レイドはその装備無しで行う事が出来る。

 ヒューマは、目から自分に送り込まれてくるあらゆる情報を受け取り、脳内で周囲の光景、状況を把握する。ヘルメットを介してではなく、裸眼で周囲の状況を見たかのような錯覚を覚えるほど鮮明になった情報の中、断崖を超えた先にいるギアスーツの反応を見つけた。

 アルネイシアの西港地区には輸入品倉庫が並んでいるが、その上で警戒をしている三機のギアスーツがいた。どれも薄紫色のカラーリングをしており、その形状からしてカルゴタイプだ。三機はどうやら遠方からの来訪者を狙撃するように配備されているようで、背部には索敵用の浮遊型哨戒ポッドの射出ランチャー、手にはスナイパ―ライフル――――ヴァルポと呼ばれる狙撃銃――――が握られている。また脚部には反動を抑えるためか、クローで無理矢理に倉庫の天井を突き刺して固定させている。


「――――」

「解っている。先にあの三機をやる。その後は、やってきた奴らを切るぞ」


 ヒューマはそう言い、索敵モードを切った。そして通常のヘッドディスプレイを通り過ぎ、モノアイを浮かばせた。戦闘モード。索敵モードが全体の状況を把握する事に特化しているのに対して、戦闘モードは眼前の状況をより正確に集中する事に特化している。

 断崖をなぞり超える。モノアイが瞬きをした。瞬間、背部のウィングスラスターと腰部のバインダースラスターの出力を上げ、急加速する。速度が上がっていく中、断崖側に位置する敵のギアスーツ一機はやっとこちらに気が付き、スコープ越しにスナイパ―ライフルの銃口をヒューマに向ける。


「回避は頼む」

「――――」


 ヒューマがそう言った瞬間、スナイパ―ライフルの細長い銃身から銃口へと弾丸が放たれる。風をも突き貫く攻撃は、並の人間であれば躱す事など不可能だろう。少なくとも、躱せるとしたら予測して動くしかない。

 だが、ヒューマには並の人間ではない仲間がいた。


「ッ!?」


 敵はさぞ驚いたであろう。銃弾は頭部を狙った。実際に軌跡は明らかにブロード・レイドのヘルメットへ向かっていた。避けられない。放たれる瞬間に、そのギアスーツは回避運動をとらなかったのだから。

 そう――――その思考こそが、この狙撃手の命を脅かす。銃撃が敵を貫いたと実感を得る、そのたった数秒前に接近する黒のギアスーツが、その身をひらりと回転した。左肩部のバーニアのみを、空中で前方に勢いよく噴射したのだ。地球の重力と空気への抵抗、ましてや片方のバーニアだけだというのにブロード・レイドはいとも容易く回転したのだ。

 弾丸はヘルメットに触れる事なく飛んで行った。狙撃手は目の前で起こった実感との差異を認識し困惑を覚える。そしてその隙に、スラスターの点火を終え、地球の重力に身を任せたヒューマは回転をもう片方のバーニアで軽減しつつも右腕のルベーノを構えた。

 そして、


「ぐぅっふぉぉッッ――――」


 生々しい肉声と、血肉が飛び散った。落下の速度と巨大な剣によって高まる威力は、たとえ金属の装甲を身に纏ったギアスーツだとしても真っ二つに切り裂く事は容易であった。腰部分まで切り裂いて残った回転の遠心力で降り抜かれたルベーノの巨大な刃身のほとんどが赤く染まる。だがヒューマはそんな事など気にせずに、ギアスーツを切り裂きながら地面に激突するまでに両肩のバーニアと脚部のホバーを使い、無事着陸する。

 ヘルメットに映ったモノアイが、次のギアスーツに目標を定めた。同時にヒューマは前傾体勢になり、そして一歩前に飛び出した瞬間にウィングスラスターで敵のギアスーツがいる倉庫へ飛び移る。


「うぉぉおおおおッ!!」


 スナイパ―タイプのカルゴは吠え、先程まで使用していたスナイパ―ライフルではなく腰部に接続していたサブマシンガンこと、44式ルーポに持ち替えた。脚部を固定していたクローを解除し、ヒューマに向かってマシンガンを連射する。だが、サブマシンガン程度の攻撃はルベーノの刃と一体型のシールドで防ぐ事ができる。

 ヒューマは銃撃をシールドで受け止めつつも敵に突撃し、そのまま相手を押し切り敵の体勢が崩れた瞬間をそのまま横に薙ぎ切った。そして下半身と上半身が分断されたギアスーツの上半身の胸ぐらを左腕で掴み、即席の盾のように扱う。


「ヒッ」


 その人間を粗末に扱う戦い方に思わず怯んでしまった最後のスナイパ―タイプは錯乱して、スナイパ―ライフルをヒューマに対してスコープもまともに見ずに放つが、混乱した射撃が当たるわけがなく弾丸はあらぬ方向へ飛んでいく。

 ヒューマは瞬時に間合いを詰め、器用にスナイパ―ライフルだけをルベーノで斬り弾き飛ばした。呆然とする敵機に血で赤く染まったルベーノの刃を突きつけながらも、冷静に感情を感じさせないように問う。


「情報を吐き出せ。作戦内容、数、目的、全てな」

「…………ッ」


 黙秘を続ける敵機に無言でルベーノの刃を近づける。ルベーノから垂れ落ちる血液と肉片が生々しい。ヒューマの匙加減次第で、敵機の命はすぐさまにでも肉片に変えられてしまうだろう。


「お、俺は、な、何も知らない!」

「何も知らないでここにいるわけがないだろう?」

「ほ、本当なんだ! 信じて――――」


 瞬間、ヒューマは自分の意識ではなく右へホバー移動した。そして、何も知らないと語った男の身体に何発もの銃弾が突き刺さる。カルゴは装甲性は高い機体だが、アサルトライフルの銃弾が何発も同じ個所にまともに当たってしまえばいずれ貫通はする。

 ヒューマを撃ち殺そうとしたのだろう。倉庫に登ってきた別のギアスーツがアサルトライフルを構えてこちらを睨んでいた。ヒューマは咄嗟に左手の死体の盾をそれに向けつつ悪態を吐く。少しでも情報を引き出せられる事が出来れば命だけは助けてやってもいいと考えていたが、死んでしまったのならば仕方がない。

 だがヒューマは周囲の視線を感じていた。先程の戦闘で街に潜む海賊がこちらに気づいたのだろう。ここで留まれば狙い撃たれるだろう。


「ルビィ。索敵モードと戦闘モード、並列で起動。索敵頼む」

「――――」


 ブロード・レイドの中で生きるヒューマの仲間に呼びかけると、それはヒューマにしか解らない言葉で了承した。ルビィと称されたそれは、索敵モードと戦闘モードを同時に起動し、ディスプレイにはモノアイとツインアイが同時に浮かび上がる。

 ヒューマは目に見える戦闘モードの視界と、脳内で理解する索敵モードの情報を受け止めながら駆け出した。目的が解らない今、やれる事は連行された世界機構の議員の元へ向かうのが正解だ。しかしその前に、群がる敵を切り捨てるしかない。

 ヒューマは舌打ちをしながら左手に持っていた死体を銃弾を放った敵に投げつけた。そして、二つが重なる瞬間に同時にルベーノで切り裂く。鮮血は、殺され嘆く敵の涙のようであった。

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