第一章:地球混迷期―Blord・Lade―

第1話:傭兵―Human―

 ユーラシア大陸のある荒野。前時代に設置された地雷と、新しく設置された地雷が敷かれたこの大地を、忙しく移動する二人の男がいた。新時代の兵装、または動く砲台とあだ名され、必ずしも戦争の一つを左右するわけではないが今や白兵戦の要、歩兵の標準兵装となったパワードスーツ、機動鎧装ギアスーツを身に纏い、地雷原を背部で展開してあるウィングが付いた主推進システムスラスターを噴かせながら、左右に揺れ動き地雷を避けつつ移動していた。

 そしてそれを追う二人の男もまたそこにいた。一人は装甲車の運転席で爆発が繰り返される地雷原を突き進み、もう一人はその装甲車の上で黒と赤のギアスーツを身に纏い、二機のギアスーツを被っているヘルメットに映るディスプレイで捕捉していた。体勢は風への抵抗を鑑みてかうつ伏せになっており、装甲車に備え付けられている持ち手を支えにし、度重なる爆発で吹き飛ばされないように耐えていた。地雷に耐えられる強度を持つ特殊装甲車で無理矢理に突き進む黒人の運転手は、装甲車に取り付けられた通信機で上にいる黒のギアスーツの男に言葉をかける。


「ヒューマ、狙えるか?」

「無理だ。爆発のおかげで照準が定まらない」


 左腕の装甲の上に装着されている小型の低反動レールガン――――この時代では滅多に出回っていない、ウールソLMと名付けられた電磁加速砲――――で逃げる二機のギアスーツ、詳しくはこの時代の民間にも提供されている第二世代ギアスーツ、カルゴを狙う。

 この二機は非政府組織に所属するテロリストであり、この付近にある陸軍の基地にテロを実行。この二機以外は捕獲、及び射殺したがこの二機だけは逃亡に成功してしまった。陸軍の基地の損傷は激しく、人手の足りない軍組織は、その追撃任務をヒューマと呼ばれた男の所属する組織に依頼したのだ。

 敵は逃亡経路を予め用意していたようで、この地雷原の中を地雷に干渉しないように避けながら、脚部の装甲の上から追加されている浮上システムホバースラスターと背部のウィングスラスターでの低空飛行で移動している。一方、それを追う装甲車は、ギアスーツと比べて旋回性が悪い事もあり、仕方がなく地雷を踏み爆破させながら進んでいるのだ。


「敵さんもやるねぇ。だがこの、博士直々に魔改造した軍非公式の装甲車の走力なら、追い越す事ぐらいならできるぜ?」

「あと何分だ?」

「三分もいらねぇ。そっからは任せたぜ」


 実際、爆破によって悪路となっている荒野を走っている装甲車の速度はそれでも十分に速く、逃げる二機のギアスーツ――――カルゴに確実に迫っていた。

 二機のカルゴは、その右手で握り装備したフルオートタイプのアサルトライフル――――カルゴタイプの標準兵装であり、204式フンドと呼ばれている小銃――――を片手で構えながら、迫りくる装甲車を一瞥する。無防備で攻撃も仕掛けてこない。しかしここで攻撃をしないのは、引き鉄を引けば足が止まり、上にいる黒いギアスーツによってその隙を撃たれてしまう可能性が出てくるからだ。確実なる成功を治めるためにはここでの攻撃は我慢するしかない。

 それゆえに、現状の彼らは逃げるしかない選択肢はない。ほんの一度の判断ミスが作戦の失敗となるのだ。

 しかし、黒のギアスーツ――――ヒューマとてその思考を理解し、相手が隙を見せている現状を易々と見逃すわけにはいかない。


「敵さんと並ぶぞ!」

「了解。後で頼む」


 装甲車が二機のすぐ後ろにまえ迫った瞬間に急加速し、二機のギアスーツに当てにかかるかのように突っ込んだ。そしてその二機のカルゴを分断するように突っ込んだ装甲車に対して、二機は通り過ぎるその装甲車の上へ――――黒のギアスーツに向けてアサルトライフルを構えた。


「――――」

「ッ!?」


 二機は装甲車による突撃など想定済みで、その事自体はさして脅威ではないと踏んでいた。実際、武装を装備していない装甲車がギアスーツに勝てる道理などほとんどなく、二機のその思考は理論的にも結果的にも合っていた。ではまず、排除すべき厄介な邪魔者はその上に鎮座する黒のギアスーツである。装甲車一味にとっての唯一の攻撃可能な手段は、装甲車の上に張り付いていたギアスーツによる銃撃。それさえどうにか排除してしまえば、彼らの逃亡は完全なものとなったはずだった。

 だが、その程度の思考を読めないほど、ヒューマ・シナプスという男は愚かでも考えなしでもない。


「――――ッ」


 数秒間の暗闇。その地雷原に浮かび上がる巨大な人型の影。それは同時に二機のカルゴを覆い尽くしていた。地雷原を照らす太陽の光から二機を遮るその影は、黒い鎧に身を包んだ一人の男だった。

 銃撃。その重低音の耳障りな響きが聞こえた瞬間、その影に塗れた大地でヒューマを見上げていた一機のギアスーツは容易く撃ち貫かれていた。小型とは言えレールガンのその一撃は、たとえある程度の装甲性を有するギアスーツであったとしても問答無用に貫くほどの威力を誇る。だが攻撃力の高いこの武装は低反動とはいえ制御が難しい武装だ。そんなハイリスクハイリターンな武器で、ヒューマはテロリストの一機を一発で、しかも零距離で仕留めたのだ。

 その事に、撃たれなかった一機は驚愕する。当然だ。あの重武装、時代遅れのデッドウェポンである武器で味方を仕留めたのだ。しかも両方の男が気づかない、ほんの一瞬で――――


「チィッ」


 空中での銃撃は重力もあってカルゴをほぼ零距離で捉えた。装甲車によって生み出されたヒューマを見失った一瞬で撃ち貫かれた。しかしその一瞬は、第三者である攻撃をされなかったカルゴにとっては同時に確実なる逃亡を行える一瞬であった。生き残ったカルゴは脚部のホバースラスターを上手く使い、急速でその場で回転をし、黒いギアスーツに背を向ける。そして背部のウィングスラスターの出力を爆発的に最大にし、その場から急いで逃げようとする。


「――――解除」


 その言葉は、逃げようとしたカルゴにも確実に聞こえた。がしゃん。そんな何かが大地に倒れ伏したような音が聞こえた瞬間、生き残ったカルゴはウィングスラスターを使い、その場からの逃亡を行った。

 支える者がこの世からいなくなった瞬間、その命を失ったカルゴとレールガンは大地に伏した。ヒューマはウールソを武装解除したのだ。

 そして、無事に地雷原に着陸したヒューマは逃げ行くカルゴをディスプレイの中で捉え、その黒塗りのバイザーに赤い不自然に揺れるモノアイのような光を浮かべる。

 これまで閉じてきた背部に装着しているテロリストと同じ型番のウィングスラスターを展開し、そしてその逃げるカルゴに向かって一気に駆け出した。数歩の助走。そして軽くジャンプをした瞬間、スラスターが噴射し大地から足が離れ、急激な速度でカルゴを追い始める。


「射撃武装を捨てたッ!?」


 ヘッドディスプレイに映った後方の黒いギアスーツの姿を確認した男は、射撃武装も無いまま迫るその黒いギアスーツに驚愕する。射撃もできないのであれば、逃げるより勝機を狙う方がいいかと男は思考する。どちらにせよ敵のギアスーツのスラスターはよく整備されているようで、自分が使用している物よりも速度があり、逃げ回っても追いつかれるのが目に見えている。

 ならば、と男は追われる者としての思考を巡らせ、その場で再び半回転し、今度は逆に黒いギアスーツに向かって片手でアサルトライフルを構えながら突撃する。

 そして開始される一方的な射撃。敵が銃火器を持つ限りは実現しえない状況だが、敵はレールガンという射撃武装を捨てた。使い辛い武器とはいえアドバンテージとなる手段を捨てたのだ。撃ちつ撃たれつではなく、撃ち殺すだけの状況となった男にとってこれほどの好機はない。現代のギアスーツ戦においてアサルトライフルは、必ずしも敵を撃ち殺せる最良の武装ではないが、この一方的な状況においてはアサルトライフルは十分な脅威となる。

 男はヘルメットの中で不敵に笑い、大地に向かってアサルトライフルの引き金を引いた。乱雑に放たれた銃弾は同じく乱雑にばら撒かれた地雷を打ち抜き、追ってくる黒いギアスーツの前方に幾つもの爆風と爆炎を残した。黒いギアスーツはその爆風と爆炎に曝されて生まれた煙の中に塗れる。これで多少なりとも思うように動けなくなるはずだ。


「そして、これだぁっ!!」


 そしてその敵がいるであろう煙に向かい、脚部に強引に接続していた、三連装ミサイルランチャーから数発の小型ミサイルを発射する。小型のミサイルとは言え、人間サイズのギアスーツには掠れば必殺と言っても過言ではないほどの脅威となる武装である。

 ミサイルを放ち脚部に反動がかかる。ギアスーツの中身であるコアスーツの自律制御機構パワーローダーの機能がその反動を強引に抑制する。合計四発のミサイルが煙の中に入り込み、そして爆炎に干渉し爆発する。

 捉えた。その思考が男の中で満たされる。あの驚異的な動きで味方のカルゴを殺したギアスーツとはいえ、破壊力の高い必殺武装であるミサイルをまともに受けてしまえばただの鉄屑である。

 味方を失った事は非常に惜しいが、しかしこれで作戦は成功する。味方の命に杯を交わそう。その思考に飲まれていた――――


「――――かはッ!?」


 だから、その一撃が身を突き刺した事に気づくのに遅れた。そう認識するのを認めるのに数秒を有した。黒のギアスーツが自分の懐に潜り込み、右腕の装甲の上に装着してある、黒のギアスーツの半身ほどある刃で男の腹部を易々と貫いていた。その剣の形をしたそれは、意識を失いかける男の知識の中には該当しない。黒いギアスーツが有するオリジナルの武器。

 あの爆風を、ミサイルを躱してここまで至ったというのか。その事に衝撃を覚えると同時に、男の意識は永遠に途切れた。大量の出血。致死量を超えたのだ。

 この戦場で残った命は一人だけ。その男をスラスターの加速による勢いだけで貫いた一機のギアスーツ、ヒューマ・シナプスはその大型のシールドと一体型のヒートブレイド――――ヒューマがルベーノと呼称する加熱式実体大剣――――を男から引き抜いた。刃に付着する赤い血液を疎んじるように見ながら、手入れが大変だなぁと内心思いつつも、戦いが終わった事に軽く安堵を覚えて小さく溜め息を吐いた。

 そしてヘルメットの通信機能でどこかへ行ってしまった相方に連絡を入れる。


「終わった。そっちは?」

『おーおー。こっちは地雷原で一休み中だよ。なんだよこのバッドシチュエーション。ラジオも聴けねぇし、女もいねぇ』

「地雷原に女はいない。それより早く来てくれ。こっちも回収する物はしておくから」


 そう言って返事が返って来る前に一方的に通信を切る。回収する物は先程捨てたレールガン、ウールソだ。戦場において武器は消耗品。だからこそ何度も使用できるように回収しなければならない。時代遅れの武器とはいえ、改修するパーツがないわけではないのだ。それに、この機体を設計した人に泣かれる事だけは面倒であるとヒューマは呆れを込めてそう思っていた。

 ヒューマは再び殺し、大地に伏せている男を見た。その顔はヘルメットのせいで解らないし、死に顔を拝む事もする気はない。だが、ただ一つ。ヒューマがこの男に殺意をもって殺したという事実は変わらない。


「まだ、人は人と争うのか……」


 過去の願いの残滓に思いを馳せて、ヒューマは小さく呟いた。一向に進まない争いの質。その相手。過去に戦い英雄とまで呼称された少年だった青年は、今なお続く転換期を超えた人の争いに憂いを込めて呆れた。

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