第64話:生きる―Run―

 戦争は終わった。アカルト元議員の死はヒューマ・シナプスのホウセンカの帰投により伝えられ、代表であるツバキ・シナプスによって戦場にその事を伝播させる。憤慨する者、終わったと嘆く者、逃走を図る者……海賊に所属していた戦士達は各々の反応を示す。

 だけど、二人の戦争は終わっていなかった。たった二人だけ、その場に取り残されたように刃をぶつけ合う。己の中に内在する願いのために、それを叶えるために全力で。

 人はそれを私闘と呼ぶのも知れない。


「デヤァァッ!」


 ニーアの叫び声が木霊する。同時に響き渡る斬撃の音は、相手のヒートブレイドが右手で握っていたヒートソードとぶつかり弾きあった音である。意図的に弾かれているせいで、切断力が勝るはずの改造ヒートソードでもヒートブレイドを破壊するには至っていない。

 ニーアは歯を噛む。やはり圧倒的に不足しているのは経験。性能は確かにサバイヴレイダーの方が良いはずであるが、アルカードもアンバランスの要因であった武器を破壊された事により、左脚のスラスターを除けばバランスは安定し始めている。それにレイン自体の経験が加われば、ニーアの勝機は薄まる一方だ。


「だけどッ!」


 だが、ニーアには経験を補えるだけの願望がある。生きたい。その願いがニーアの生存本能を刺激し直感を働きかせてその差を埋めていく。レインにはない、前に進もうとする精神はニーアに多大なる力を与えている。

 右手で弾き飛ばされたら今度は左手だ。後方へ進み行く肉体を無理矢理バーニアで前進させながらも左手のヒートソードでレインを攻撃する。右手で持つヒートブレイドを振り切ったレインにとって、それは隙を狙われた必殺の攻撃であったが機転を働かせ、レインはその勢いのまま宙で肉体を回転させる。その勢いのまま左脚を切りかかろうとするニーアの下腹部を真正面から蹴り当てる。


「グゥッ!?」


 装甲が薄くなり、外部装甲を支えていたフレームがその攻撃を受け止めるが反動は確かに届く。吐瀉物が込みあがってくる感覚に襲われるが、ニーアはギリっと口を力強く閉じて一瞬だけ跳びかける意識を抑えつけながらも、後方へ吹き飛ばされる。

 だが、ただでは終わらない。ニーアは霞みかけた視界の中でその青いスラスターを捉えて右手のヒートソードでそれを斬りつける。確実なる一撃ではない。しかしその斬撃は、切断力を強化されているヒートソードで切り裂くには十分であった。

 後方へ蹴り飛ばされながらも、肩のバーニアと背部の露出しているコアの上部についているサブバーニアで、無理矢理に肉体を起こしながらも何とか態勢を取り戻す。口の中に一度広がりかけた酸っぱい胃液を飲み込み返す。痛みはある。だけどその程度で怯まない。食いつけ。自分の全身全霊を込めて、相手に勝つために。


「ピエール……やってくれるな」


 ヘルメットで見えないながらも睨みつけられている事を認識しているレインは、失った部下の名前を呟きながらも気迫に満ちたニーアを再び視界の中心に置く。これでアルカードに残されたのは旧友であり、共に彼が縋る実験部隊を共に任されたメリッサのポッドブースターとレインのヒートブレイドのみ。皮肉である。一番最初に死んだ女と、最後まで死ぬ事無く生き残ってしまった男がこの場にいる事は。

 いや、もしかしたらこの最高の戦いの場を盛り上げてくれるために残っているのかもしれない。そう思うと、レインは更に昂るしかなくなってしまう。


「行くぞ、メリッサ! の最後を見届けろッ!」


 彼女と死を語り合い、そして今、彼はそれを求めている。失った者。教導官として部下に技術を継承させ、そして戦場へ送り込み彼らは死んでいく。メリッサもまた徴兵されレインの元から去っていき死んでいった。残された者の雄叫びは教導官になる前の彼を呼び起こす。

 レインの雄叫びが聞こえる中、ニーアもまた思考する。打ち合って理解したのは現状ではレインに勝てないと言う絶望的結論。悲観しているわけではない。現実を見つめて、自分の力だけではどうにもならないと理解しているのだ。生きないとならない。打ち勝って生きて帰らないとならない。その願いがある限り、ニーアは諦めをする事はしない。


「どうする……」


 使用できる武器はヒートソード二振りだけ。ライフルが残っていれば勝てる見込みは確かに増すだろうが、無い現状でそれを考えるわけにはいかない。

 ニーアは自分の直感を含めた知識を総動員して現状の打破を考える。サバイヴレイダーはスミスがニーアに託した生存機だ。ならばこの機体でも現状を打破できる手段があるはずなのだ。


「……いや」


 サバイヴレイダーの情報を考え直す中、ニーアはその性能の特異性を思い出す。そして、ニッと不敵な笑みを浮かべた。

 彼にとってこれが最後の攻撃となる。成功すれば勝利。失敗すれば打つ手は無し。そんな選択だが、逆に言えばこの状況下でレインを超えられる瞬間はニーアが想像しているその光景しかない。


「行くぞ……サバイヴレイダー」


 二振りのソードを構えて、ニーアは駆け出した。同時にレインも一振りのブレイドを両手で構えて駆け出す。幾つもあるバーニアが、一つしかないブースターが爆発するように噴射し、お互いを前進させる。次の一瞬の交差こそ、この私闘の終わりを告げる交差だ。

 ニーアはバイザー越しにレインを睨む。バーニアを全開に噴いても、速度はレインの方が上だ。ポッドブースターは推力は高く設定されている。だが逆に言えば、それこそが弱点であるとニーアは予測する。

 交差の一瞬――――振り被られたレインのヒートブレイドがニーアを頭上から襲いかかる。急速の中のその光景はとても脅威に見えるが、ニーアはあくまで冷静であった。それこそが予測していた動きであったからだ。

 ニーアは左脚の装甲を自身の意志でパージする。防御用として残しておいた装甲であったが、逆にそれは攻撃に転ずるために使用する。装甲をパージし、その内部から隠れていたスラスターが露出する。ニーアは自らの肉体を更に低く屈むように前進させて、現れたスラスターを起動させた。


「なにッ!?――――」


 突如速度が上がるサバイヴレイダー。態勢が海面を泳ぐように海上を進み、レインの振り被ったその脇を通り過ぎる。予想もしていなかった動きにレインは思わず狼狽えてしまう。


「そこだッ!」


 レインを出し抜いたニーアは肉体が彼を通り過ぎた瞬間、前進のバーニアで再びレインを向くように態勢を整える。その回転の勢いの中、ニーアはその遠心力を使い右手に持ったヒートソードをレインの背面に目がけて投げつける。バイザーは砲撃モードに切り替わっていた。

 回転をしながらもその刃は狼狽えたレインは咄嗟に振り向こうとするが、推力が強く旋回性に劣るポッドブースターに突き刺さる。投げつけられたヒートソードは少しだけレインが振り向いた事でレインには届かずに、貫いてどこかへ飛んでいく。破壊されるポッドブースターの名前を呼びながらも、レインはそれをパージする。

 背面が爆発しその爆煙が広がる中、レインはその反動で宙を浮ながらも体幹でニーアの方を振り返った。爆煙によってその視界は見えないが、レインはバイザーのエネルギーサーチでニーアの動きを認識する。

 ニーアは――――出し抜いた勢いとバーニアで再びレインの方向へ向いた瞬間に、右脚の最後の装甲をパージさせた。開かれたスラスター。表に出たそれを爆発的に噴射させ、それを足掛かりにレインに急接近する。


「負けて――――」


 爆煙に突き進む。レインは彼の動きを認識し、片手でヒートブレイドを右から薙ぐように振り被る。煙と一緒にニーアを切り裂こうとするレイン――――だが、その攻撃はニーアの行く道を阻むには足りない一撃であった。

 最後の交差。ニーアは左手に残ったヒートソードでその薙がれたヒートブレイドを薙ぎ払う。市街地戦。あの戦いでこの男が右利きであるのはスミスとの研究で判明していた。だからこそ、ニーアを切り裂こうとするのは右手で握られたヒートブレイド――――それを薙ぎ払い、ヒートソードを捨てて、ニーアは脚部のスラスターで海上を焼き浮き上がる。


「――――たまる、かぁぁぁッ!!」


 剣を薙ぎ払われたレインは急接近するニーアに応対ができない。ニーアもまた武器を失っている。だからこそ、最後に残ったのはここまで共に喰らいつき、生き残ろうとニーアに応えた相棒サバイヴレイダーしかいない。

 レインの頭を捉える。覚悟を決めたニーアは首を反った。そして――――


「いっけぇぇぇえええええッ!!」


 その勢いのまま、その頭をレインの頭に勢いよくぶち当てる。その予想外過ぎる動きにレインは覚悟を決められずにまともにその一撃を受けてしまう。両者に響き渡る痛み。サバイヴレイダーとアルカードはお互いのバイザーを割り、海面に破片が落ちていく。

 朦朧とする意識は両者に籠っていた力を失わせる。レインはヒートブレイドを落とし、ニーアはその反動で背面から海へ堕ちようとする。霞み始める視界。自分がどうなっているかを忘れて堕ち行く状況を享受しようとしているニーアに、サバイヴレイダーは割れたバイザーに最後の光を灯す。

 背面のバーニアが起動する。全身のバーニアが起動し、脱力したニーアの姿勢を元に戻す。朦朧と、世界がチカチカと光り輝く中、ニーアは海が蒼かった事を思い出す。そう、その海を見て育ったのだから――――ここで終わるわけにはいかない。

 蒼海に佇む蒼色のギアスーツは、無意識に空を見る。空は果てしなく青く、そして海はその蒼を映し出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る