第63話:再起動―Defeated―
「なぁ、ニーア。生きるってなんなんだろうな……僕が生きている理由って、何かあるのかな?」
「あぁ――――」
虚ろな海の中で彼はそう叫んだ。虚ろな海の主であり、この世界の生まれた理由。ただ世界に叫ぶ事しかできない者。過去の自分。まだ何も知らない自分。
――――いや、今もまだ何も知らない。まだ世界を全て見てきたわけではない。
彼は声にもならない叫びをあげて訴えかけてくる。目に涙を浮かべて、それを零し、滴となって虚ろな海を彩っていく。彼の力のない拳は、確かにニーアの心に届いていた。
これがニーアの本心。自分という存在に不安を覚える記憶無き者。でも……でも――――
「最初は不安だった。僕の知っている人はいなくて、世界は僕の知っている物ではなくて。でも、色んな人に出会ってここまで生きてこれた」
その出会いがどのような物であったとしても、記憶を失っていたニーア・ネルソンという存在はその出会いを受け止めてきた。マリーとも、ヒューマとも、スミスとも、皆とも。
「僕はここにいる。ニーア・ネルソンはここにいる。この世界に、確かに。だからこそ、僕は戦う道を選んだ」
自分の存在のために戦ってきた。誰かが願ったわけではない。自分が、自分の中にできた願いのために戦ってきた。その本質は変わっていない。それこそニーアが見出した答えだ。
自分の中にある考えを貫き通す。最初はカエデの泣き顔を見たくないから、次にマリー達を助けたいから、その次に子供達の仇を取るために――――そして、最後の願いは誰もが願う当たり前の願いだ。
「生きる……それは、自分という存在のために世界を駆け抜ける事――――」
誰かがニーアの名前を呼ぶ。ヒューマがニーアを心配して声をかける。スミスがギアスーツの改良のために手を振る。マリーがニーアの事を信じて見つめてくる。皆がニーアの帰りを待ってくれている。
それこそが、ニーアの生きる理由。記憶がなくても彼をニーアと呼ぶ人達が、誰かがニーアに生きていてほしいと願うから、ニーア・ネルソンはここで立ち止まるわけにはいかない。
「――――行こう、
過去の自分に手を伸ばす。その蒼い鎧を身に纏って。ここから先は涙を流すだけじゃない。虚海で叫びをあげるだけじゃない。世界に出て、共に生き残るのだ――――あの蒼海を。
世界は蒼に染まる。過去のニーアはその言葉と彼の手を見て、幼気を残す涙塗れのぐじゅぐじゅの顔で、ニーアに微笑みかけて、手を伸ばした――――
◇◇◇◇
「これで……終わりだ!」
動きが止まったニーアを見てトンファーからナイフを展開し、レインはその硬直してしまった青いギアスーツを殺しにかかるように手を振り上げ降ろす。レインの中にある失望と共に、そのナイフはニーアの胴を目がけて落ちていく。
そのバイザーの赤のエラーコードを走る一筋の蒼い線を見つめながら――――
「ッ!?」
レインがその動きを行う中で、サバイヴレイダーのバイザーが赤から黒に染まり、彼の背中に装着していたウィングスラスターがパージされた。システムの異常か、それとも意図的なのか、レインは判断が付かない。だが、ただ一つ。一度振り下ろされたナイフは止まらない。
そして――――それはサバイヴレイダーを切り裂いた。
「――――行こう、サバイブレイダーッ!!」
ニーアの咆哮にサバイヴレイダーの瞳に色が宿る。蒼海を駆け抜ける者の蒼。血の涙は世界を映す蒼い涙に変わる。バイザー一面に広がる蒼い線は、ニーアにこの世界を映し出す。虚ろではない、暗闇でもないこの世界を。
咄嗟に両腕で身を守るように構えてナイフの攻撃を受け止める。しかし受け止めるのはあくまで腕の側面。装甲はナイフによって抉り取られる。だが、抉り取るのは
「なッ!?」
その装甲を破壊した瞬間に、レインはそのニーアのサバイヴレイダーの特異性に気づかされる事となる。その勢いのままニーアの腕を切り裂こうとしたナイフは、その爆発的反動に押し返された。
「だがッ!」
隙を作られたレインは負けじと反動制御装置を働きかせて、再びニーアにナイフを振り下ろす。引き抜かれた二振りの熱を灯したヒートソードと振り下ろされたナイフがそれぞれ交差する。
トンファーと同じく耐熱加工がされているナイフはヒートソードの熱を受けても切り裂かれない。だが、ニーアはスミスが施した切り札を使用する。
「対策は――――しているッ!」
ヒートソードの引き鉄を二回引く。するとヒートソードの刃の外面に光が走る。ソードに刃が宿り、そしてそれはナイフの刃身を少しずつ侵食していく。
ミスティアのエネルギー装甲を真似して作られたエネルギー装甲の武器版である。一時的に切断力を高める効果があるそれは、たとえ耐熱加工がされている武器でも突破する事が可能だ。
レインはナイフが切断される前にその両方を捨てた。そしてその前面へ進む勢いを利用し、ニーアの胴体に蹴りを加える。反応装甲が起動しその脚を弾き飛ばそうとするがそれこそが狙い。装甲の勢いを利用し後方へ一度退く。
「まさか、耐熱加工の武器の対策をしているとは」
「スミスと一緒に考え出した答えだ!」
レインが満足げにそう呟くに対し、スミスが考案した武器を答えとするニーア。この形態もまたスミスが考案した生き残るための形態だ。
スミスはシュミレーションからOSがサバイヴレイダーの情報量を受け止めきれないと判断していた。だからこそ、OSであるコアをもう一つ追加する事によって負担を軽減しようとしたのだ。計算違いなのはそれを以てしても機能が停止した事であるが、ニーアは内部のOSが再起動を始める中、エラーが移動した追加されたコアを切り離す事によって正常な再起動を行えた。
コアはウィングスラスターと繋がっているためにウィングスラスターは同時にパージされたが、解放された内部装甲にもまたバーニアが存在した。これにより機動力を確保する算段だ。
スミスはこの形態を逃げるための形態と語った。反応装甲で耐えつつも、解放されていくバーニアで機動力を上げて生きるために逃げるための形態だと。
「ごめん、スミス……」
でも、ニーアは逃げるつもりなんてなかった。その選択肢は今はもうない。別に自分の命がどうとか、そういう話じゃない。スミスを泣かせるつもりも、命を散らせるつもりなんて毛頭ない。
「でも、あの人を打ち負かさないと、僕はこれからを生きていけない! だから、行くぞ、サバイヴレイダー! お前の全力で共に生きる……そのために、駆け抜けるッ!!」
そのニーアの声に応答するかの如く、サバイブレイダーのバイザーに一筋の光が走る。ニーアの誓い、そして意志を、自分の名前の意味を理解するように。
そんなニーアに、レインは不敵に笑む。ニーアがアカルトの息子である事を知っている彼にとって、ニーアこそが自分を殺すのに相応しいと感じていた。上官の息子の壁となり、それを乗り越える様を見てみたかった。だからこそ、彼はニーアの前では一度も引き抜いた事がない自分を引き抜く。
「私に残ったのは旧友、メリッサのポッドブースターと部下、ピエールの脚部スラスター……そして、私自身の生きた証であるこの剣のみ!」
そう言って彼は背中のポッドスラスターに預けていたヒートブレイドを引き抜く。それこそがレイン・カザフを語る男の象徴。部下が信望し、旧友が信頼した男の愛剣。
お互いの切り札を曝した。ニーアは逃げるのではなく生きるために、未来に挑むために。レインは自分の象徴を武器に全力でニーアに挑むために。未来を行く者と過去を使う者は再び交差する。
もう迷いはない。蒼海を見据えた少年はその生きるための願いを掲げ駆け抜ける――――
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