第58話:応援―Navy―

 白髪を携えた恰幅のいい男は、切り札であるギアアーマーが沈む光景を目にしながらも、取り乱す事などせず冷静に、しかしどこか達観したような表情を見せていた。

 世界機構の後ろ盾が無くなる。こればかりはいずれ来る未来であった。そのための覚悟はできていたはずだ。しかし、世界機構が彼らに協力をするとまでは思っていなかったのだ。人の感情など有さない独自の思考と集団の機械的思考では、この戦いは彼らにとっては不利益な物だと判断すると予測していた。

 世界機構は反逆者を悪とした。自分達のルールに背いた者を消す。その判断を下したのだ。


「戦艦は前進しろッ! ギアスーツは人間と同じだ。砲撃さえ当てればどうにでもなる!」


 海賊の将であり、アカルトの理念に協力をしようと尽力するキャプテンは、ギアアーマーが沈んだ事で気が動転しつつも、戦艦を前進させる指示をマイクにぶつける。戦艦の圧倒的物量と弾幕で、敵機を押し潰そうとしているのだ。

 勿論、巨大な的である戦艦に十年前の戦争で生き抜いた精鋭とそれに連ねる戦士に効果があるとは到底思えないが、こうでもしないと勝てる見込みなんて霞みも見えやしなかった。


「アカルト」

「……君も、行くのか」


 アカルトの側で戦場を見守っていた金髪の妙齢の男、レイン・カザフは親しくも気品を感じさせ、そして長い付き合いであるようにアカルト議員の名を呼んだ。彼が戦場へ出る事など、アカルトはお見通しである。


「あなたの元で戦った十数年間。私は忘れません」

「ふふ……よもやここまで来てくれるとはな。軍で出会った頃を思い出す」


 アカルトとレインの関係は、始まりは軍の上官と部下という関係であった。後に世界機構が生まれ、アカルトが議員として世界機構で活動する中、部下を失った軍時代の部下であるレインを自分の護衛として召喚したのだ。レインにとって、アカルトという男は居場所をくれた人物であった。

 海賊という王道から外れた道を歩み始めたアカルトに付き添い、レインはアカルトの元で戦いを続けた。そして明らかな敗戦が間近なその時までも、レインは戦場へ赴く。


「逝ってしまうのか?」

「さて、果たして私の首を刎ねられる者がいるかどうか……いえ、ならばあり得るかもしれませんな」


 レインはそう言ってくるりと振り返り、アカルトに顔を見せないようにする。別れの時だ。


「……さらば、我が友よ。その道に納得のいく結末を」


 レインはそのアカルトの言葉を最後まで聞きこの場を後にする。アカルトは破滅との戦いへ。レインは己が願望のために戦場へ。親友との別れ。信念を貫くために共に進んだこの道が分かたれた。

 海賊と世界機構の戦いは続く。切り札の消失を引き金に少しずつ劣勢になっていく海賊。この戦争が終わるのも、時間の問題であった。



     ◇◇◇◇



「くぅッ!?」


 頭の芯がぴりりと電撃が走った気がした。キノナリの小さな呻き声は戦場の騒音の中で掻き消えて、仲間にそのキノナリの異常は伝わらない。

 原因は言うまでもなく、四つ同時に並行して情報を収集しているからだ。ただでさえ一つでも負担をかける行為を四倍にして行っているのだから、いくら器用なキノナリでも扱いきれない。頭がパンクを起こしつつある。機械であればショートでも起こっているのではないのだろうか。

 だがキノナリという女は、たとえ自分の肉体に異常が起こってしまっても報告できない女であった。それは、生まれついて教わり身についてしまった悪癖。弱音を吐かず、仲間に迷惑をかけず、ただやるべき事のために自分を蔑にする救いのない自己犠牲。


「斬っても斬ってもキリがないなぁ……先輩?」

「……大丈夫。大丈夫だよ、ユカリ」

「そ、そうっすか……」


 次々に襲いかかってくる海賊に所属する傭兵のギアスーツを、使用しているヒートブレイドで切り裂いていっているユカリも、キノナリの調子の異常に気が付く。しかし、キノナリが平気と語るのだから、後輩であるユカリはそれ以上の言及はできなかった。

 キノナリはそんな自分を立ち直らせるために、四分割している意識の中で動き出した状況を皆に伝える。


「戦艦が動き出した。戦艦の砲撃には気を付けて。砲撃機は戦艦に攻撃を集中。狙撃機は砲撃機の支援を。残りの機体は全員、前に出て」


 皆の返しの言葉も待たずにキノナリは通信を切る。口を動かすだけでも頭に電気が走るようになってきた。幾つかのレドームの性能を落とすが、やはり頭痛の発生は治まらない。

 だけど、ここで蹲るわけにはいかない。キノナリは頭痛を携えながらも真っ直ぐと前を見る。彼にだけはちゃんとした自分を見せつけないといけない。そうしないと、いけない。そういう強迫観念がキノナリを奮い立たせる。

 ――――それが、いかに愚かな行為であっても。



     ◇◇◇◇



 戦況は確かにホウセンカ側の方が優勢であった。敵の切り札を粉砕し、海賊は決め手となる武器を失った。しかし、それはホウセンカも同じであった。ホウセンカの切り札はあくまで守る手段が基本となっていた。そのため、攻撃をする側に回ればその手の薄さが露わになる。

 加えて、あくまで破壊したのは規格外の破壊力を持つギアアーマーのみ。海賊は戦艦を複数有し、こちらはたった二艦。それに戦艦はついに前進を始め、ホウセンカに向かいつつある。ホウセンカもトロイド博士の戦艦も砲撃手段は有しているが、たった二艦の砲撃で敵戦艦全てを破壊できるのであれば苦労はしない。


「ちっ……手詰まりかぁ?」

「正直、否めないわね……」

『圧倒的に数が不足している。せめて、空軍の協力が通っていれば――――』


 ホウセンカを支える二人とトロイド博士が現状の打破に苦悶を覚える。現状を続ければ、最悪の場合はこちらの全滅もあり得るのだ。ヒューマにはアカルト議員への接触を頼んでいるが、それも上手く行く保証もない。

 一番はこの戦場の掌握であった。だがそれが叶わない今、希望はヒューマにある。

 そんな、悶々とした空気が広がるホウセンカのブリッジであったが、テルリの横でその腕にしがみ付いていたチャッコが、広がるモニターの中に一つだけ浮かび上がったパネルを指さして騒ぎ始める。


「テルリ、テルリ! これってなぁに?」

「あぁん? ちょっと待て――――って」


 チャッコの要望に面倒臭そうに反応するテルリであったが、そのパネルに目を疑う。お粗末というのだろうか。それとも稚拙というべきか。形容するならば初心者が初めての相手にメールを送るような、そんなシンプルすぎて、戦闘中では見逃してしまいそうな文章が送られてきていた。チャッコが指摘するまで二人ともが気づかなかったのだ。

 まさか戦闘中にメールが送られてくるとは思っていなかったので、ツバキは面食らったような表情を浮かべつつもそのメールデータを開封し、言葉に出す。


「えーと……こちら海軍です。本日はお日柄もよく――――」

「……なんだよ。広告メールか!?」

「――――海軍は本海戦に参加する所存……って」


 そうツバキが読み終えた瞬間、ホウセンカ後方から大きな砲撃の音が聞こえた。重低音で響き渡る、海を支配する軍勢の音。藍色にコーティングされた、海上防衛隊――――海軍の新型戦艦が複数そこに存在したのだ。

 目の前の戦闘に集中し過ぎていたのか、まさか海軍がここまでやって来ているとは思っていなかったのだが、何より――――


「おい、博士……海上防衛隊って、ギアスーツ配備に反対していたよな?」

「え、えぇ……えぇッ!?」


 その戦艦の前を進む複数のカルゴがいた事に驚きを隠せなかった。それも空軍や陸軍の物を借りたというわけではなく、青色に塗られたカルゴが水上を滑っていたのだ。

 ツバキはその現実に一瞬だけ意識を奪われかけたが、咄嗟に我に返りその青いカルゴに通信を仕掛ける。


「えーと、海上……いえ、海軍のギアスーツですか?」

『ツバキ博士ですね。はい、海軍ギアスーツ試験部隊です。上の輩がやっと折れたんで、急いで参戦した次第ですわ』


 先頭を走るカルゴの中身である陽気な男の声を信じれば、海軍はギアスーツの運用を許可し、そしてこの戦闘に参加する運びになったという。状況が一転する。たった二艦の状況から加えておよそ十艦の海軍の戦艦が増えるのだ。数はまだこちらが負けているが、勝機を掴めるには十分な数だ。

 戦闘は、更に熾烈を極めて行く。突然の海軍の参戦で揺れ動く戦場。その背後にある手の存在など気が付かぬまま、戦闘は終結へと時を進める。

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