第59話:答え―Motive―

 海軍の戦艦が海賊の戦艦に砲撃を与えていく。こうなってしまえば海賊は自分達が生き残るために海軍の新型の戦艦に抵抗するしかなくなり、キャプテンの指令を無視する結果となる。海軍の戦艦へ迎撃を行う海賊の戦艦を横にし、まだまだ現れる海賊のギアスーツ達。ニーアはキノナリよりも前に出つつ、突然現れた海軍のギアスーツ達とユカリと共に海賊を攻撃していく。

 ユカリという指揮官を失ったミスティア部隊も善戦しているので、あまり気にせずに戦える。そう考えていたが――――


「がはッ!?」

「ッ――――なにッ!?」


 ミスティア部隊の砲撃戦特化機がそう呻いてバランスを崩す。海面を叩きつけられ、飛沫を上げながら海中へ沈んでいく。ミスティアの装甲は特別性だ。原理的には攻撃を受け流す事による装甲へのダメージ軽減。同時に衝撃などもある程度は抑える。

 だが、それには唯一の弱点がある。ギアスーツの弱点である、頭だ。次世代量産機と言えどもヘルメットは精密機器。ある程度頑丈に作られていても、当たりが悪ければ他の部位よりも簡単に破壊される。

 ユカリは仲間を、部下を撃った相手を見据えた。青き鎧を身に纏うアンバランスな機体。その左肩に装着されていたキャノン砲で砲撃機を撃墜したのだ。


「チィッ! よくもォッ!!」


 ユカリは怒りの中でヒートブレイドを片手にその青い機体――――レイン・カザフが駆るアルカードに接近戦を挑もうと進み寄る。しかし、レインは咄嗟にその斬撃を右腕で受け止めた。驚愕するユカリであったが、それが特別に耐熱加工が施された事に気づく。

 だが遅い。ヒートブレイドごと左腕を弾かれたユカリのボディはがら空きとなる。咄嗟に右手で背中のヒートブレイドに手を伸ばそうとするが、その行動を取るには時間的余裕はない。アルカードは左肩のキャノン砲をユカリの頭に銃口を向ける。


「クゥッ!?」

「ユカリさんッ!」


 命が消えるかもしれない。その一瞬に、しかしニーアがその重量級の身体を持ってレイン・カザフに体当たりを繰り出した。こう見えて高機動機であるサバイヴレイダーに押されながら、ニーアとレインはこの戦域から離れていく。

 残されたキノナリはニーアの名前を呼ぼうとするが、再び脳髄を電気が走りキノナリの言葉は遮られる。それも今度走ったのは雷だ。先程までが静電気程度であれば、今のは落雷かと錯覚してしまうぐらい重い衝撃。キノナリは視界が虹色に染まる感覚に犯されて、ギアスーツのコントロールを放棄しかける。体幹がぐずぐずに崩れて、キノナリは戦士の身体がそうさせたのかギリギリ倒れこまずに蹲る。

 そしてその瞬間を、漁夫の利を狙った海賊がキノナリに対しヒートソードを振り被る。ユカリがキノナリの名前を叫ぶ。届かない。手を伸ばしても、スラスターを起動させようとしても。圧倒的に時間が足りない。

 絶望の中、キノナリは残ったまともな思考の中で、走馬灯すらまともに認識できないそんな心の中で、口に出そうとしても出せない彼の名前を呼ぶ。自分と共に道を歩もうとしてくれた彼の事を。いつも気にかけてくれる優しい彼に。そんな彼に謝りを乞うように。


 ――――グレイ……ごめ……ん……


 ズパンッ――――音は虚しく戦場に響いた。



    ◇◇◇◇



 ヒューマは海賊の拠点へ侵入する。目標はアカルト・バーレーン元議員。キノナリからの中継が無くなったせいで戦況は仲間を信頼する事で考えないようにしていた。任務を忠実に。アカルトの元へ辿り着き、そして――――


「チィッ!」


 だが、そこまで辿りつくのに苦労する。出撃していない海賊のギアスーツが狭い通路の中でヒューマに集中的に攻撃する。バリアーを張りながらも銃弾を躱し、どうにか接近してヒートブレイドで斬りつけるが加減が解らないらしく仕留める気がなくても息の根を止めてしまう。


「ルベーノじゃないと、尋問もまともにできない」

「――――ハッキングしますか?――――」

「頼む」


 手っ取り早い手段を諦めてルビィに基地内のコンピュータへ通じるコンソールにハッキングをさせるヒューマ。戦況が気になるが、入り込んだ場所は窓はなく、外の状況を窺えない。

 皆の事を心配していると、再び通路にギアスーツが現れる。ルビィを置き去りにできないヒューマは、できるだけ彼女が入り込んだコンソールを破壊させないように、自らを盾にしながらも敵を切り刻んでいく。時間はない。ヒューマの行動がこの戦争を終わらせるのだ。焦る気持ち、逸る気持ちを抑えつけながら、ヒューマは無心に敵を切り裂く。

 そしてしばらくすると、ピピッと軽快な音が聞こえ、ヘッドディスプレイの赤いマーカーが戻ってくる。同時に広がるのはこの拠点の地図だ。残念ながらそのどこにアカルトがいるかは解らないが、これで有耶無耶に探す必要はなくなる。


「向こうの流れが途切れたらこの場から移動する。いくぞ、ルビィ」

「――――」


 ヒューマの声帯を奪わずにルビィは彼にのみ解る声で返答する。ヒューマは二振りのヒートブレイドを構えて前進する。



    ◇◇◇◇



 ニーアはレインの機体をその出力だけで押し出し、誰も戦闘をしていない戦域まで突き進む。レインはしばらくは抵抗などしていなかったが、その戦域にたどり着いた瞬間にスラスターを上手く使ってその場で回転し、ニーアに右手で持ったヒートソードを向ける。

 ニーアは右腕のガトリングガンでその斬撃を受け止めようとするが、盾ほど頑丈に作られていない事もあり、ガトリングガンの銃口を切り落とされる。しかし、身体を攻撃される事からは逃げられたニーアは、脚部の前面装甲に内蔵されているバーニアで一度レインと距離を開けるように下がった。


「……レイン……カザフ」

「そう言う君は、アルネイシアで戦闘をしたあのカルゴか。確か、ニーア君、だったね」


 ニーアは残った右手のガトリングガンを構えながら、レインはアサルトライフルを取り出しつつもお互いの正体の確認を取っていた。ニーアにとっては乗り越えるべき敵である。


「動きと機体が変わっていて驚いたよ。まさか数週間でここまで良くなるとは」

「あなたを越えたくてここまで来ました……今だから返せます、あの問いに」


 レインがニーアを褒める中、ニーアはアルネイシアで受けた屈辱を思い出しながらもハッキリとそう語る。問い。戦う理由。あの時、ニーアはカエデが泣いているのが悲しいと感じたから、それを止めてあげたいと思ったから戦う決意を固めた。それがニーアにとっての始まりの意志であった。

 しかしレインはそれを一時的な感情と断定した。その行為は戦場を行く理由には値しないと。


「……君にとって、戦う理由はなんだい? 君を戦場へ在り続かせる理由は?」


 レインは再び同じ問いをしてくる。ヒューマと出会い、彼がなぜ戦っているのかを知った。スミスと出会い、スミスと共に戦う道を知った。マリーと再会をし、彼女という帰る場所を知った。


「女の子のためです」

「それでは変わっていない――――」

「――――そしてそれは同時に僕のためでもある」


 ニーアは問いの答えは、たぶんそれがニーアの本質であったのだから。あの時と同じ。でもその中身は、前とは違って奥深く。ニーアはレインにこの数週間で知った想いの結晶をぶつける。

 レインはそんなニーアの変化に密かに頬を緩ませ、だが厳格に彼のその真意を問う。


「ほぉ……それはなんだい?」

「生きて帰るために……生き残るために僕は戦う! 僕の事を信じてくれた仲間の元へ! 僕の事を待ってくれている彼女の元へッ!」


 それがニーアの答え。サバイヴレイダーに込めた願い。ヒューマ、スミス、マリー――――それだけじゃない、ホウセンカの皆に、お世話になった皆に誓った願い。

 生きるために駆け抜ける。それこそが、ニーア・ネルソンが下した彼自身の戦う理由。今、この場でレイン・カザフに対峙している存在証明。


「そうか……」


 レインは、そんなニーアの言葉に冷静にそう呟いた。その言葉には感情が篭っていないように見えたが、実際はその逆である。教導官だからか、一度下した相手が成長して再び対峙しているのだ。喜ばないわけがない。それが、あの・・ニーア・ネルソンなら尚更だ。

 だからレインは、生きるために戦う彼に対し酷く冷たい感情を拭わずに己が理由を語る。


「私が戦う理由は……死ぬためにある」


 それはニーアとは真逆の願い。未来を進むニーア。過去に囚われるレイン。

 ニーアはレインのその理由を理解する事が出来ない。生きる事に希望を見出し始めたニーアには解るわけがないのだ。レインという男の希望を歪めた過去を。


「死ぬ……なんで……」

「君には解らない。さて、殺し合い・・・・をしよう」


 決闘ではなく。お互いの命を削り合う殺し合い。勝者はこの世界に命を残し、敗者はこの世界に命を溢す。そんな、当たり前である生存競争。生物が捨てきれない闘争本能。そして、生と死が絡み合う相克。

 レインはバイザーを開ける事無くライフルを持ってスラスターを展開する。今度は舐める必要もない。ニーアは未熟者ではなくなった。そして自分を殺してくれるかもしれないほどに成長した。そう、一抹の希望を胸にレインは殺し合いを始める。

 ニーアもまたそれに応えるしかない。ここから先は殺し合い。生きたいと願うのなら、前に進むしかないのだ。

 誰もいない、たった二人の戦いが始まる。蒼と青。海と空に塗れたその相反する二人は、ただその願いのために引き金を引く――――

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