第57話:憧れ―Sink―

 急加速は肉体に付加を与える。それが人間であれば尚更で、通常のギアスーツの加速量は自ずと人間の限界とコアスーツの反動制御にも限界によって減退する。だからこそ、高機動と謳う機体はそこまで広がる事はなかった。

 だが、ヒューマは違う。ヒューマの肉体の人間の部分はなく、人間と比べて限界に至るにも余裕がある。だからこそアネモネはそんなヒューマの体質を鑑みて、高機動に高機動を上乗せをしたような設計となった。

 海上を猛スピードで駆け抜ける。元々、敵のギアアーマーの射線には交じらないように戦闘をする予定だった前線組がアネモネによって轢き殺される事態こそなかったが、いつの間にか通り過ぎたその巨体に圧巻を覚えていた。


――――前方からエネルギー反応――――

「了解ッ!」


 相棒の忠告通り、戦場を真っ直ぐに進み続ける赤き花を歓迎するのは多量のエネルギーの粒子砲。敵が無理矢理にでも放射したバイオスフォトンの波。まさか本当に実行するとは思っていなかったが、敵は迫りくるヒューマに恐れを成したのか、攻撃を仕掛けてきたのだ。

 だが、それぐらい対策はしていた。元来の予定ではこのギアアーマーで敵の第一射を受け止める予定であったが、ツバキの頑張りによってホウセンカを運用する事が決定し作戦は変更となっていた。ゆえに、このアネモネにもバリアージェネレーターは積み込まれており、それを起動する。


――――バリアー展開。衝撃、備えて――――

「あぁ……突き進むぞッ!!」


 だが、今度のバリアーは一味違っていた、いや、まずそのバリアーの使用目的が違っていたのだ。

 粒子砲と接触する。当然の事だが、バリアーはバイオスフォトンと接触しその粒子砲を受け流していく。受け流されたバイオスフォトンは黄色や桃色の光を放ちながらも霧散していく。そして、その受け流すバリアーは、まるで襲いかかる水流を穿ち進む騎士のように槍を描きながら粒子砲の中を進んでいた。


「なにィッ!?」


 粒子砲を放つ男はその予想外の動きに叫びをあげる。そこに歓喜の感情が内在するのは当然であった。

 確かに現在放っている粒子砲は第一射と比べて威力を落ちているし、長くは続かないだろう。しかし、それでもやはり対戦場兵器。並のギアスーツが触れてしまえば中身は蒸発してしまう。それに、バリアーを展開できたとしても受け止めるのが限界であると考えていた。

 しかし、それはあくまで男の考えであり、その考えの元はあのギアスーツで粒子砲を受け止めた時の物だ。現在、粒子砲を受け進んでいるのはギアアーマー。その海上を駆け抜ける速度は男だって理解している。粒子砲を受けてもなお、背部で噴出しているスラスターとバーニアで無理矢理に粒子砲の中を穿ち進んでいるのだ。

 普通の人間なら衝撃の板挟みで命を散らしかねない状況のはずだが、ヒューマは普通ではない。だからこそこんな、無鉄砲で無謀な行動をとれる。トロイド博士とツバキが託した希望は、絶望の化身を貫く鎧の形をした槍であったのだ。


「――――ッ!!」


 そして、遂に粒子砲を乗り越える。粒子砲のエネルギー残量が限界を迎えたのか、それとも砲身が完全に焼き付いてしまったのか。とにかく、粒子砲の威力は落ち、ただでさえ前に進んでいたアネモネが、ブロード・レイドが敵のギアアーマーに手が届く位置まで迫る。

 ヒューマはその勢いのままギアアーマーに突進する。この場で眼前のギアアーマーを破壊する。それこそが今作戦の最重要な勝利への条件。


「クソッ!!」


 男はギアアーマーの限界を悟り、不甲斐ない乗機に悪態を吐きながらもギアアーマーから脱出する。残り数秒、その判断が遅れていたら男の命はそこで終わりであっただろう。間一髪のところでその突撃を避ける事に成功する。

 ヒューマもまた、このままでは自分諸共爆発をしてしまう可能性があるため、アネモネから脱出する。そしてコントロールを失ったアネモネはそのまま加速を続けて、敵のギアアーマーに接触をしつつも加速し続ける。その加速量が多いのか、敵ギアアーマーもその勢いに押され始め、この戦域から急速に離脱していく。そして地平線の果てに到達した段階に至り、あまりにも大きな爆発を起こし、天にも届くかもしれないほどの水柱を立てながらも海中に沈んでいった。

 爆風の余波はヒューマ達にも襲ったが、ヒューマはそんなものに気にする余裕なんてなかった。


「おらァッ!!」


 男の、ガルトラの猛攻が始まったのだ。ギアアーマーを捨てたとしても、この男との戦いは終わっていない。ガルトラは背中に付けていた巨大な剣を右手で持ちながら、ブロード・レイドに対し振り下ろす。ルベーノでその攻撃を受け流しながらも、ブロード・レイドは左肩に装備していたヒートブレイドに手を出し、左手で引き抜きながらもガルトラに攻撃を仕掛ける。

 その攻撃は、ガルトラの右腕に装着されていたヒートブレイドで受け止められた。刃と刃がぶつかり合う独特な金属音が響き渡る。たとえブロード・レイドの武装を増やしてもガルトラには劣る。七振りと三振り。この圧倒的差を埋めるのは難しい。

 ヒューマはだからこそ多機能シールドの裏にあるライフルで牽制をしつつも、攻撃の瞬間を探っていた。この男はある意味でヒューマの生き写しだ。攻撃を恐れない。通常では威力以外では評価し辛いヒートブレイドを好んで使用する。その点に関しては、本当にヒューマと同じだ。

 しかし、弱点があるとすれば――――その拘りであろう。


「来いッ! その剣を使ってなァッ!!」


 ライフルを使用したヒューマに挑発をしてくる男。あくまで彼は剣での戦いを所望している。彼にとってはあの尊敬に値するRRに匹敵する強敵と剣で戦いたいのだ。

 どちらにせよライフルでの牽制では男は止まらない。装甲が硬いのか、単純に威力が低いのか。傷がつく程度で男の猛攻が止まらない。ヒューマは意を決するように、左手に持っていたヒートブレイドを再び左肩に直し、そしてルベーノのシールドの裏に手を伸ばした。

 そして、勢いよくその持ち手が引っ張られる――――ワイヤーを介してルベーノに殲滅の熱が灯る音が鳴り響く。


「そうだ、それでイイィッ!!」


 男は高笑いを上げながらもヒューマに向かって前進する。両手には鉄盤のような大剣もどき。それを交差させながら、ヒューマの本気に挑む。

 ヒューマが一呼吸する。バイザーにはモノアイとツインアイが同時に移り始めるが、ツインアイがまるでモノアイに集中するように移動をし始めていた。ルビィとのシンクロ率が向上している証だ。ここから先は、ヒューマとルビィブロード・レイドで決着をつける。

 接近する男に対し、ブロード・レイドも右腕のルベーノを前に出した。そして、突き出した己が右腕を支えるように左手で右腕を握った。全てをこの剣に託すかのように、剣の王はたった一振りの愛剣を使い、前進する。

 起こるのは当然、剣の交差。一振りの大剣が、二振りの大剣もどきとぶつかり合う。質量ではガルトラの方が上。しかし、推力ではブロード・レイドの方が上だ。


「グッゥ!?」


 二振りの大剣もどきは推力と、加熱されたルベーノによって貫かれる。男は咄嗟にそれを予測してか鉄盤から手を離し、両足に装着してあるヒートブレイドでブロード・レイドの突撃に備える。

 二撃目。二振りのヒートブレイドに熱を灯しルベーノに抵抗する。先程までの大剣もどきは、言ってしまえば耐熱加工しかされていない武器であった。しかもその基準はあくまでヒートブレイド。ブロード・レイドの使用するルベーノはそれ以上の熱量は有するので、簡単に貫かれたのだ。

 だがしかし、ガルトラのヒートブレイドはいとも簡単に突破される。質量の差だ。ヒートブレイドは細く長い。対しルベーノは太く長い。加熱の熱量にも差があり、ヒートブレイドが負けるのは必然であった。


「ヒヒッ!!」


 だがそれで良かった。合計四振りもの物質を貫いたルベーノは、己が熱に刃を溶かし始めているはずだ。過剰加熱。刃もまた熱で溶ける素材なのだから、多少抵抗ができても限界点が存在する。

 しかし――――


「――――点火」


 ヒューマの一言は、男の想像の外を行っていた。過剰加熱にし自壊しつつあるルベーノのシールドの裏にある取っ手を再び引っ張り出す。広がるワイヤー。ルベーノは更なる熱をその身に灯し、己が限界を超え始める。

 予想外の状況の中、男は驚愕に反比例しその両腕のヒートブレイドで受け止めようとする――――が止まらない。止まるわけがない。その刃を、愛剣をも犠牲にしようとも、敵を必ず殺すと言う意志に塗れたその攻撃が止まるはずがないのだ。

 六振りもの剣を失った牙亡き魔王は、最後の一振りである背部にある大剣もどきに手を伸ばす。そして引き抜きながらもブロード・レイドを仕留めようと最後の振り被りを行った――――


「――――ァッ……」


 音もない声が漏れた。最後の牙を引き抜いた魔王は、しかし遅かったのだ。敗因などこの戦闘にはない。あるとしたらそれは、ヒューマとルビィに慈悲なども抱かせないほどの怒りを覚えさせた事だけだった。子供達を大量に殺した。その事が、たったそれだけの事が、英雄を化け物に変えるには十分であった。

 ブロード・レイドのルベーノが男の腹を貫いていた。過剰に加熱されたせいか、変形しつつある刃身であったが、男の命を奪わせるには十分であった。


「キ……サッマ……は」


 男は最後の意識の中、己を貫き殺した者の正体を知りたかった。ひゅーひゅーと音を鳴らしながらも、黒き英雄の名前を尋ねる。それが、かの英雄機、自分が追い求めてきた憧れの者であると信じて。


「……ブロード・レイド、だ」


 それは、たぶん男にとっては失望に近い言葉であっただろう。せめて英雄に殺してほしかった。その想いが男の中にあったのだ。だが、それでも戦いの中で死ねた充足感は確かにあった。

 息が途絶えた。意識が消えたのだろう。振りかざした大剣もどきを握る力もなくなり海面を叩いて沈んでいく。憧れを追い求めた男は、その失意と満足の中で死んでいった。

 ヒューマは右腕のルベーノをパージする。冷却しても、もう使い物にならない。それならばここで男を貫いたまま捨て去る方がいい。

 ブロード・レイドは敵陣を突き進む。目標は海賊の拠点。アカルト・バーレーンのいる場所だ。

 ギアアーマーとギアアーマーの戦いは終止符を打った。勝利者は、過去に縋らずに前に進もうとしたある一人の男――――黒く身を変えたかの英雄であった。



     ◇◇◇◇



 憧れは海に沈む。

 最後の戦いの中、暗雲を突き進む赤き光を見た事が全ての始まりであった。

 その光はとても神々しくて、彼の目標になった。彼の希望となった。

 現実を知り、歪み、化け物と蔑みながらも、彼は戦場で憧れを追い求めた。

 憧れは海に沈む。

 死の中で、英雄のあの姿を思い出しながら。

 物語を閉じるように。命を溶かすように。

 真実は闇の中へ――――

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