第47話:自身―Reexamine―

 ツバキも加えて今後の方針を決める会議は続く。ヒューマがこの場にいないのが残念でならないが仕方がない。ツバキ達からすればニーアとスミスはヒューマの秘密を知らないわけなので、ヒューマのあの姿のままで会議に参加してもらうのはできない。

 だからこそ眠気を覚えながらもやって来たツバキにはヒューマの今後の方針を任せて話を進める。


「次の作戦は恐らく、大規模な戦いとなるだろう。我が部隊は勿論参加する。海軍、空軍への要請はするが……果たして協力してくれるかは不明だ」

「向こうからすれば、管轄外の紛争だからね。トロイド博士の要請で五分五分かしら」

「だからこそ、こちらは過剰戦力で挑むしかない」


 トロイド博士が溜め息を吐きながらそうハッキリと言った。過剰戦力、即ち敵よりも強力な戦力を有する必要がある。それは、あのギアアーマーよりも強力な兵器を用意するのと同義だ。


「まったく……私自身は造りたくはないんだがね。ギアアーマーにはギアアーマーを。幸い、ここには上質な技術者と天才が二人もいる。ギアアーマーの一つや二つは造れる」

「と言っても……ギアアーマーって確か、ギアスーツの装甲自体をギアアーマーに適するように調整がいりますよね?」

「……そうだ。だから運用が可能なのは一機のみ。それこそ魔改造レベルでな」


 ギアアーマーはギアスーツの上から着る鎧みたいなものだ。鎧の上から鎧を着るなんて馬鹿げているが、あくまでこれは喩えであり、別の呼び方をするなら追加装甲というべきものだ。二メートル級のギアスーツに十メートル級のギアアーマーを追加する……元々は、それほどの過剰な威力が必要である状況だったからこそ作り上げた物であった。生産コストも度外視にし、確実なる敵への破壊のために。

 だがそのためにはギアアーマーを運用するスペースの確保をしないとならない。ギアスーツのサイズに合わせる事も可能ではあるが、現状のギアアーマーはギアスーツでの戦闘も考えてパージを前提で運用するべき代物だ。なにせ、敵にギアアーマーがいるのだ。最悪の場合、ギアアーマーを破壊される可能性もあり、その後の戦闘も予測される。

 だからこそ、現状でギアスーツのサイズの調整が効くパイロットを選ぶ必要があった。だが、その答えはもうほとんど出ているようなものであったが。


「ヒューマか」

「ヒューマよねぇ……」


 満場一致のその一言であった。現在、前回の戦いで大破したブロード・レイドは修復中だが、資材不足もあってか中途半端に止まってしまっている。なので、そこで新造のギアアーマーとサイズの調整を加えれば運用は簡単に行えるだろう。

 だが、そこでニーアは手を挙げた。ツバキは先生のように、はいニーア君、と指名する。


「ギアアーマーって、そんなに簡単に作れるのですか?」


 至極当然の疑問である。先程までギアアーマーありきでの話をしていたが、果たして海賊への攻撃までにその切り札を用意できるのか。それがニーアにとっては不思議だったし、横にいたスミスも同じような想いを抱いてた。

 トロイド博士はそんなニーアの単純な疑問に少しばかりの苦笑を交えて説明する。


「確かに、一からの開発であればそれこそ月単位での作業となる。だが、それはあくまで一からの場合だ。海賊が私の残していた試作品を流用したように、我々も試作品を流用するまでの事だよ。それである程度の時間の短縮に繋がる」


 確かに、それであれば数か月かかる作業も一か月ほどで抑える事も可能だ。土台が完成しているのであれば、多少の改造で運用が可能となる。

 あとはホウセンカへの搬入手続き、改造の予定の設定、資材の確保が急務となる。こればかりはツバキとトロイド博士の仕事だ。


「他のギアスーツに関しては、各々の改造を施す。資材はできるだけ惜しまずに」

「改造プランは専任技術者に任せるわ。皆、いつも以上に全力によろしくね!」


 スミスを含めた技術者がツバキのその声にはい! と答える。これにて会議はとりあえずの終了となった。何せ、補給が来ないとこれ以上の先の算段も立てられない。だからこそ、ここで曖昧な計画を立てるのではなく、今やれる事を行うのだ。

 ニーアはスミスに連れられてギアスーツデッキへ向かう事となった。



     ◇◇◇◇



「さて、座って座って」

「うん」


 スミスがそう言うのはギアスーツデッキに設立されている小部屋であった。透明のガラスで囲われており、外からも何をしているよく解る。だが防音性が非常に高く、この場所は所謂、計画室と名付けられていた。

 スミスはニーアと小さな作業机を挟んで面と向かった。そこへスミスがニーアを誘ったのは言うまでもなく、今後のギアスーツの改造についてだ。


「んじゃ、今後のニーアのカルゴの改造プランを考えないとなぁ」

「最後の戦いになるかもしれないからね……」


 ニーアの言う通り、次の戦いが最後の戦いになる確率が高い。海賊の本拠点を叩くのだ。そうとなれば更なる激しい戦いが予想される。

 現状のカルゴ・ニーアカスタムの性能は海賊のカルゴよりも高いが圧倒的に継戦能力が低い。カルゴの内部フレームを利用しているため、武装の装備にも限界があるし、少なくともカルゴの領域を出る事はないだろう。


「オレからすれば、現状のままで武装を増やしたり、装弾数を増やす方面で考えているんだけど……」

「改造プランの事なんだけどさ」


 スミスが自分の中にあるプランを言葉にしようとする中、ニーアはおずおずと言葉を遮った。そんなニーアに何かを感じ取ったのか、スミスは首をかしげてニーアの反応を待つ。


「ヒューマさんや皆には悪いけど、僕はどうしても戦いたい相手がいるんだ」


 ニーアのその一言に驚きを覚えるスミスであったが、彼の視線が冗談ではない真剣な物で息を飲む。ここまで真剣な表情を浮かべるニーアは初めて見た。どうしても、これだけは譲れないという、そういう確固たる意志の表情だ。


「スミス。今のままではたぶん勝てないんだ。今の機体が悪いわけじゃない。でも、あの人に勝つためには――――」

「ニーア。そう熱くならないでくれ。お前が戦いたい相手がいるという気持ちも解ったし、今じゃ駄目なのも熱意で伝わってる。でも、一番大事な事を忘れているぞ」


 熱くなるニーアをスミスが遮った。今のニーアは熱に浮かされている。こんな状態で会話をされても意見は通じないだろう。だからこそ、スミスは見失っている物を口にする。


「戦いはいい。勝ち負けもどうでもいい。必要なのはただ一つ――――生き残る事だ」

「生き、残る……?」

「そう。生きて帰ってくる。それを忘れちゃダメだ」


 スミスは、立ち上がってニーアの両肩に両手で握る。今のままのニーアがとても怖くなったのだろう。今のまま出撃してしまえば、死んでしまうと思ってしまったのだろう。スミスは震える胸を抑えつけて、ニーアに心のままに訴えかける。


「……機体の改造についてはもう一度見直すよ。でも、ニーアも見つめ直して。自分の事を」

「自分の事……」


 スミスにそんな事を言われると思ってもいなかった。自分の事。ニーアの事。自分の事を見つめ直すなんて何度もしてきた事だけど、でも、でも――――

 その次の言葉が出るわけがなかった。自分の中に眠るあの虚ろな蒼海。あそこで繰り広げられるのは、自分への問いかけでも答えなんてないのだから。受け答えもしない自分。ただただ一人で叫んで反響するだけ。色も音も変わらない。あの虚ろな世界は、ただただニーアの掃き溜めだ。


「ごめん……また今度」


 ニーアは有痛性な声を上げ、スミスを振り切ってそこから立ち去る。残されたスミス。自分の感情に眠っている恐怖は、これまで自分が感じた事もない恐怖だと気づいているだろうか。自分の死ではなく、大切に思うようになった友の死が怖いと解っているのだろうか。

 俯く少女は、掴んでいた大切な人の温度を思い出すように自分の身体をその手で抱きかかえた。冷え切ってしまった情性は、ただただその手に残る愛おしき余熱を尽く冷やした。

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