第29話:救出作戦―Cleave―

「動いたか」


 ヒューマの呟きが味方に伝搬する。こちらの動きに気づいた海賊はギアスーツを戦場に送り込んできた。一機や二機ではない。紫色の鎧が海上を滑るように現れたのだ。


「キノ!」

「計測、数はおよそ五十」

「アルネイシアより多いか……作戦通りに動くぞ」


 キノナリが他の三機よりも高性能である索敵機能で数を割り出した。ヒューマはその数の多さに歯を強く噛む。非政府組織と馬鹿にしてはならない、という事だ。人の集まりなんて、簡単に集まってしまうのだから。

 ヒューマが先行する。今回の作戦上、ヒューマは仲間の支援を信じ、誰よりも先に戦線を突破。モニター越しでも解る、海賊の拠点へ乗り込み、子供達を救出する。

 ブロード・レイドのバイザーがツインアイからモノアイに変わった。戦闘モード。赤く浮かび上がったその目は、怒りに燃えた鷹の目か、それとも無情なる人の目か。


「グレイは作戦通り、ホウセンカにて援護! ニーアは僕より後ろでヒューマと僕を援護して」

「了解」

「解りました!」


 キノナリの指揮で皆が皆、各々の役割を果たすために動き始める。グレイはキノナリの通信を閉じて一度、ホウセンカまで後退する。そしてデッキに戻るわけではなく、そのデッキの上である甲板に飛び着地すると、脚部のギアスーツを固定するワイヤーを射出。甲板に予め設置しておいた、狙撃機専用のジョイントにワイヤーを繋げて狙撃態勢を確立する。

 ここから先は、グレイはその狙撃専用のモニターと、キノナリから送られてくる情報で狙撃をする事となる。ゆえに、グレイは無言で狙撃銃を構えた。


「グレイ。準備完了」

「オーケー」


 キノナリはグレイの状況を把握すると、背部の二つ目のレドームを起動させた。今回、情報統制を用いるレドームを二つにした理由は情報管制能力の向上もあるが、何よりもキノナリの思考を二分化する必要があったからだ。人間が別々の思考を同時に行うのは難しい。ただでさえ難しい事であるのに、キノナリはそれを平然と行える。だが限界がある。だからこそ、片方のレドームをキノナリの戦況把握に使うに対し、もう片方はグレイに送るべき戦況全体のデータを管理しているのだ。

 キノナリは手に持っているボルトアクションライフルを構えながら、前進する。そしてそのすぐ後方に、ニーアはキノナリから送られてくるデータを見つつも、バイザー越しの戦場を見ていた。


「ヒューマさんは、交差したか」


 ニーアの発言通り、ヒューマは遂に海賊と接触、交戦を始めた。海上戦は陸地がない戦い、エネルギー容量も考えて戦わないとならない。加えて、ヒューマは戦線の突破がある。

 だからこそ、ヒューマは必要最低限の攻撃しか行わない。


「ッ!」


 左腕に装着した多機能シールド。名の通りに多機能であり、ヒューマはヒートソードで攻撃を仕掛けてきた相手に冷静にそのシールドの裏に隠されたアサルトライフルでその眉間を撃ち抜いた。ヘルメットは脆く、その海賊は肉体のバランスを崩し海面に沈む。

 今度は沈んだ海賊と連携を取っていたのだろう、左から紺色の盾を構えてヒートソードを向けてきた海賊がヒューマを捉える。右腕のヒートブレイドでは対応できない。旋回すれば躱せるが、だがヒューマはそれをしない。


「ぎぃぎぁッ!?」


 左方の海賊の断末魔の叫びが聞こえた。多機能シールドの側から刃が展開し、そしてそれが急速に回転し始めたのだ。そしてそれが、海賊のシールドごと腕を切り裂いたのだ。

 腕を切り裂き、血が巻き起こる海賊は痛みに慄き、まともにヒューマに攻撃を加えられない。攻撃が当る前に頭をシールドのライフルで撃ち抜いたヒューマはただただ、良い武器を作ってくれたと感心するばかりだ。

 そして次に現れるのは右方からサブマシンガンでヒューマに攻撃する海賊だ。距離もあってヒューマに攻撃は当たっていないが、それも時間の問題だろう。ヒューマはこれに対応しないとならない――――が、


「……ニーアか」


 その海賊を横殴りにするように撃ち抜いたのは、キノナリよりも後方にいるニーアの砲撃であった。小型キャノンの使用はこれで二回目であり、一回目である前日の慣らし運転の際は使いこなしてはいなかったが、どうやら目標物を当てる程度に扱えるようだ。

 ニーアの砲撃センスを信じ、ヒューマは前進する。大型のヒートブレイドを構えながら前進するその様は、何とも戦場を駆け抜ける死神というべきか。


「予定より速い……ニーア、ラインを僕より前に移動」

「は、はい」


 ニーアの砲撃を信じ、予定以上に前進するヒューマに対応し、キノナリはニーアに前に出るように通信する。グレイの狙撃もあるが、グレイの狙撃は専らキノナリの周囲にカーソルがある。ヒューマの動きに合わせてニーアが動くの自然であり、何よりキノナリの防衛にも動ける。


「自衛はするから、ニーアはヒューマの援護と共に自己防衛を。敵はヒューマからこっちになる」

「解りました。自衛をしつつ砲撃を続けます」


 ニーアはそう言ってキノナリの盾にななるように移動し、砲撃モードを続けつつも感覚を研ぎ澄まし、ヒューマから攻撃対象をこちらに変えた海賊を捕捉する。海賊の動きはスムーズでこそあるが、遠距離への攻撃手段を持ったニーアは前よりも捕捉距離も伸びた事もあって、攻撃が容易であった。

 ターゲットに入る敵を認識すると、ほぼ反射的に砲撃する。しかし、当らない。牽制にしかならない。テストの時のように、的はその場に立ち止まってはくれない。横にも縦にも動く。意思があるのだから、テストの時のようには行かない。

 だが、だからこそニーアは敵の動きを意識して砲撃する。ターゲットだけを信用しない。己の直感、肉体が伝える、落とせるという確信を経て、引き金を引く。


「タァッ!!」


 右腕に連結されたガトリングガンの弾幕で海賊をハチの巣にする。威力はアサルトライフルの改造品にしては強力だ。連射性も悪くはない。少なくとも、海賊のギアスーツを撃ち抜ける程度には。

 ニーアは己の武装の威力を再認識し、次なるターゲットに意識を向ける。ヒューマの戦況を把握しながらも自衛を行うのは至難の業だが、ニーアの緊張感からくる警戒心がそれを成させる。

 キノナリもまるで二つの人格があるかのごとく、戦場の情報を会得しながらも近づいてきた海賊と交戦していた。キノナリの動きは軽やかだ。ヒューマが轟轟しい風であれば、キノナリは優雅なる舞というべきか。少ない動きで相手の攻撃を受け流し、ボルトアクションライフルに搭載されている刃で相手の懐の装甲を斬りつけ固定。そしてほぼ零距離で相手の装甲を撃ち抜いた。


「スナイパ―タイプがいない……? 哨戒ポッド……ないか。ハッキングは不可能。ニーアは前進して!」

「キノナリさん!?」

「こっちは大丈夫だよ。グレイがいるから!」


 物量に押されつつあるキノナリであったが、その物量を尽く撃ち抜く者がいた。グレイ。ホウセンカからスコープを覗き、キノナリ達を敵から守る守護者。


「テルリ。十メートル前進しろ」

『オーライ! まったく、無茶な事言ってくるぜ』


 ホウセンカの操舵士であるテルリを名指ししてグレイはホウセンカを動かす。戦場は刻一刻と変動する。確実なる狙撃のためならば拠点であるホウセンカでさえ前に動かす。

 その間にでもグレイは狙撃をする。ホウセンカが動く、そのズレを予測し補正をかけ、空気の抵抗をも予測、マニュアルで敵の動き方をも認識し、そして引き抜く。砲撃に比べて軽快な銃撃音と共に銃弾は風をくり貫き、キノナリに襲いかかる海賊の頭を撃ち抜いた。続けて狙撃。ほんの数秒しか経っていないのに放たれた銃弾は、アサルトライフルを持って射撃をしようとする海賊の胸部を貫く。必殺になり得ないと判断したか、グレイは再び慌てふためくその海賊に銃弾を与える。今度は腹を貫き、ここでその海賊は死んだ。

 戦況は動き続ける。その中、ニーアはヒューマに合わせて前進しながらも砲撃、射撃を行っていく。


「うらぁぁぁぁぁああああああッ!!」


 両腕のガトリングガンで近寄る海賊を攻撃しつつも、右肩のキャノン砲で右方の敵で牽制、動きを止め、ガトリングガンの銃弾の弾幕に曝し上げる。だが左方は止まらない。だからこそ、ニーアは左方のガトリングの射撃を止め、そのガトリングの砲身を近寄る海賊にぶち当てる。攻撃に怯む海賊、その隙を見逃さず、右腕のガトリングを回転させ銃身を肩へ向けつつも、左腰のヒートソードの柄を握り、そして海賊を居合切りの要領で切り裂いた。胸部装甲が切り裂かれる。その勢いのまま後方へ重心が移動し、左腕のガトリングでその胸部を撃ち抜いた。

 その間にも敵は際限なく来る。ここで一喜一憂している暇などない。


「ッ!」


 だからこそ、ニーアはカルゴの背部に連結してるバズーカ砲を起動し、ヒューマには影響がなく、自分にも影響がない中間である空へ二つの砲塔から砲弾が放たれる。一見、何の意味もない空撃。空に敵などいない。海賊からすれば、暴発をも疑う砲撃。

 そのような思考した複数の海賊は、その装甲をも貫く無数もの銃弾の雨に身を曝し死にいった。


「榴散弾かぁッ!!」


 攻撃をどうにか躱した海賊は慄き喚いた。この時代では戦艦だけではなくギアスーツにも運用が可能となった榴散弾。放たれた砲弾から無数もの子弾が弾け飛び、全面に攻撃を与えられる砲弾。これを空中へ放ったのは、海賊を一網打尽にする事と、精神的圧迫を与えるためだ。

 だが弾数は限られている。背中のバズーカ砲の残弾は全て通常の爆発するロケット弾だ。一発だけの切り札であるが、これで大部分の海賊に被害が及ぶ。

 そして同時に――――ヒューマの通信が入る。


「拠点へ侵入する」


 短いながらも確定的なその一言で、ニーアはさらに前進する。海賊に多大な被害を生み出した青い重装甲のギアスーツが、印象付けられた海賊に恐怖をまき散らし前進する。

 本作戦、ニーアにとっての最大の役割。それは海賊が全滅、撤退するまで子供達がいる拠点を守護するためだ。ヒューマが乗り込み、海賊の拠点への巻き返しを阻止する。

 ニーアはぎりりっと、歯を鳴らして戦場を駆け抜ける。戦場の中で駆け抜ける。蒼い海を穢してでも、ニーアは己が大切な者のために。

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