第30話:切り札―Gimmick―

 ニーアが前進し榴散弾を利用した一掃砲撃を行った後でも、あくまで海賊は進撃を続けた。先程の砲撃で傷を負った海賊も、その傷を庇いつつもニーア達に攻撃をしようと迫る。狙いは彼らからすると敵の拠点である戦艦、ホウセンカ。そこへ攻撃を加えて落としさえすれば勝利は確定的であるのだ。

 特攻、というのだろう。自らの傷をも厭わずに、せめて敵へ致命傷を残すために。命など知らぬと言うがごとく、彼らはキノナリが自衛するラインを越えていく。


「やばッ!?」


 思わず慄くキノナリ。キノナリはニーアと違って戦闘だけに適しているわけではないので、全てを全て、敵を受け止める事などできない。キノナリを仲間に任せて前進する海賊。連携というのではなく信頼に任せたその特攻に、ホウセンカのブリッジにいるツバキは艦内全体に通信が行えるマイクを片手に皆に伝える。


「全員、衝撃に備えて! デッキのハッチは一度閉じる!」

「博士! どうする? 砲撃すんのかぁ!?」

「……しない!」


 テルリがホウセンカの操舵スペースで攻撃要請をするが、ツバキは唾を噛み締めて要請を断った。ホウセンカにもいっぱしの主砲、副砲がある。対空用の機関銃もあるが、それらを使っても当たる確率は低い。ギアスーツにとって戦艦の砲撃は脅威だが、海上防衛隊の戦艦を沈めてきた海賊にそれが通用するとは思えなかった。

 加えて、ツバキはグレイの性格を把握していた。


『テルリ。前進しろ』

「ハァッ!? グレイ、お前!」

『前進しろ。二丁狙撃の範囲に入らない』


 グレイの通信にテルリはやけくそ気味に前進した。グレイは卓越な狙撃の腕を持ち合わせるが、狙撃のためには何もかもを利用しようとする性格の持ち主だ。絶対的な自身があるからでもあるが、ホウセンカのクルーからすれば堪ったものではない。

 ツバキはやっぱりこうなったか、と言いたげに大きな溜め息を吐いて、テルリにホウセンカ特有のシステムを起動する旨を伝える。


「テルリ、各部ジェネレーターを起動させて」

「うぇ! やんのかよ、あれ!」

「こうなるのは予測済みよ。海賊の拠点でしばらく立往生を喰らうのがオチだけど、生きるためなら切り札を惜しむ必要はない!」

「仕方ねぇ。なるべく節約するしかねぇか!」


 そう言って、テルリは操舵スペースのあるホウセンカ全体が描かれたモニターにある、コアジェネレーターと書かれたパーツをタッチしていく。するとホウセンカの各部にある、その箇所に対応した部分にある円柱状のそれが花のように開き、その中心のコイル状の芯が回転をし始める。


「展開箇所は前面だけだ。他部分は使わねぇ」

「了解。敵の攻撃に合わせて、一時的に機能を使用する!」


 ツバキ達がホウセンカのシステムを起動しているうちにも、敵はホウセンカに近づいてくる。ここまで来てしまえばグレイの狙撃よりも先に銃撃でホウセンカにダメージが与えられるのは必定。事実、グレイがターゲットをロックする前に敵はアサルトライフルで巨大な戦艦に攻撃を仕掛ける。

 しかし――――


「ッ!?」

「な、なぜ――――」


 慄く海賊。言葉を漏らした海賊はすぐさまグレイの狙撃で命を失った。彼らが慄くのも仕方がない。何せ、その現象は現実味のない現象だったのだから。

 放たれた銃弾が、ホウセンカを躱すようにして受け流される。一発たりとも戦艦に当たらないのだ。

 これはコストを度外視し、なおかつツバキのロマンと遊び心が具現化した仕掛けにある。


「バリアジェネレーター、正常に起動。つか、これどれぐらい持つんだよ!」

「艦内の全エネルギーを使って、常時起動は……もって三十分」

「おま、十年前からの進歩してねぇじゃねぇか!」

「仕方ないでしょ、一度小型化した技術を戦艦サイズにするなんて苦労するのよ。ヒューマは実験データを送ってくれないし、技術の発展もできないに決まってるでしょう!」


 ヒステリーを起こすツバキにテルリは、うな無茶苦茶な、と項垂れる。とはいえ、バリア技術は未完成もいい所の欠陥兵器である。コスト的問題は勿論、エネルギー効率も最悪だ。先程の三十分の起動時間も、ホウセンカの稼働エネルギーを全て使用した場合である。

 ツバキが切り札というのも頷ける。戦艦としての機能全てを失う可能性があるのだから。それゆえに、その性能は破格である。エネルギーであるバイオスフォトンを放出し、ホウセンカの前方にエネルギー状の盾を作り出しているのだ。だが、これは受け止めるための盾ではなく、受け流すための盾だ。銃弾がホウセンカから逸れていくのは、エネルギーの波が銃弾の軌道を変えているからだ。


「これで戦艦を意識せずに狙撃に集中できるか」


 ホウセンカの通信で粗方の状況が理解できたグレイは、そう呟きながらいつも使用している狙撃銃を甲板に置き、両隣のコンテナに入っていた二つの銃を両手にそれぞれ持つ。それぞれスナイパ―ライフルの形状はしているが、先程使用していたスナイパ―ライフルと比べて銃身が短い。だからといってアサルトライフルのように手軽に扱える物ではない。

 それを、同時に構えた。二丁狙撃。狙撃銃の常識上、これまで馬鹿らしい事はない。狙撃銃は反動が強く、銃口がブレやすい。だから両手を使い安定させるのだが、現状の構えでは狙撃もままならないはずだ。

 だが――――グレイという男は、違う。


「イージィ……」


 かつての仲間の名前を呼んだ。会話をした事もない、寡黙でされど自分の助けてくれた今は亡き仲間の名を。イーゼィスの名前の由来となった、自分と一緒に戦った仲間の名前を。

 同時に、イーゼィスのOSに音声入力がされた。狙撃モードが二分割される。一つはキノナリの周辺にスコープが狙いを定めていたが、もう一方はこの周辺だ。現在、イーゼィスは二つの位置に照準を合わせている。だが並の人間ではこれではまともに戦えない。人間は二つの目で一つの光景を見るのがやっとだ。

 しかし、それは目で物を見る場合だ。頭に、その光景を想像できれば、この二つの照準に意味は現れる。

 目を瞑るグレイは、己の中に今もいるあの頃の仲間がいたからできた事を、今一人で行おうとする。想像せよ。集中せよ。OSが伝えるスコープの先の光景を盲目に信じよ。

 両手のスナイパ―ライフルが装甲にあるジョイントに固定される。同時にコアスーツのパワーローダーが機能され、反動制御装置が起動する。これで銃口のズレを軽減させる。

 しかしそれを両手で制御する。その至難な状況下で、グレイは引き金を引く。


撃ち放てFire


 右腕の狙撃銃から銃弾が飛び出す。対象はキノナリの左方にいる海賊。そのスラスターを撃ち抜く。同時に反動が右に襲いかかるが、それを足を使いどうにか抑え込む。

 次に左腕の狙撃銃で、ホウセンカに近づいていた海賊を撃つ。しかし外れる。百発百中は不可能。元より、双の意識で行ってきた事を個で行うとしているのだから、完璧は想定していない。しかし、連射が可能になっている狙撃銃モドキであれば、瞬時に二発目を発射し海賊を捉える事が出来る。

 これで全盛期と比べて衰えているのだから恐ろしい。そう、背後からの狙撃状況で二丁狙撃を行っている事を悟ったキノナリは、冷や汗をかく。相方であるが、あの状態のグレイには敬意を超えて畏怖を覚える。


「ヒューマからの報告が遅い……」


 キノナリは、子供達を発見すれば来るはずの通信が来ない事に焦る。ニーアは現状、海賊の拠点付近でホウセンカに向かう海賊を海賊の拠点を背中にするようにし撃ち抜いている。予定通りに行っており、後はヒューマだけだ。ヒューマの通信が来さえすれば、事は進む。

 しかし、その時、キノナリはバイザーに表示された戦況を示すマップ画面に異様な数値を発見した。海賊拠点を中心にし、西からホウセンカが向かっている中で、その反応は北から現れたのだ。これはバイオスフォトンの数値だ。エネルギー量と言っていい。戦艦並のその数値が北から向かってきたのだ。


「海上防衛隊は応援には来ない手筈のはず。民間漁船も取締で来ないはずだけど……」


 作戦前に海上防衛隊には事を伝えていたが、ギアスーツの運用をまともにしない防衛隊からの応援は断っていた。ただの的になるだけなのだから、そんな事に命を使わせるわけにはいかない。そうとなれば、新手の可能性がある。

 キノナリは狙撃モードを並列で起動し、その新手の姿を見る。そして、その姿が戦艦ではないものだと気づき、加えてそれが彼らにとっては縁のある兵器だとキノナリは認識した。


「ニーア! ヒューマ! そこから離れて!!」


 キノナリは思わず叫ぶ。その兵器の銃口が、海賊の拠点に向けられていたから。ニーアにはその通信が届いたのか、ニーアはその拠点から急いで離れる。しかし、中に入ったヒューマは――――出てこない。


「ヒューマぁッ!!」


 そして、その海賊の拠点を埋め尽くすかのようなエネルギーの波が、その兵器から放たれた。

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