第28話:色―Ultramarine―

 ポイントA、到着前日。ホウセンカは順調な船行きに反し、船内は荒立っていた。とはいえ、内紛が起きたとかそういうものではない。戦闘が想定される作戦前日ならば、クルーの中で緊張感が漂うのも仕方のない話なのだ。

 ホウセンカのクルーはブリッジで作戦会議をし、ギアスーツのパイロット達はギアスーツの最終調整などをしていた。ニーアのカルゴこそ魔改造レベルの改造が施されていたが、他のヒューマ達のギアスーツも小規模の改造が施されていた。


「左腕に多機能シールドを追加。これでヒューマさんの重心問題はある程度は解決するかと」

「すまないな。レールガンに慣れ過ぎた」


 技術者の計らいによって、ブロード・レイドの左腕には裏に様々な武器を内包したシールドを増設してもらっていた。必要がなければすぐさまパージできるため、変に邪魔になりにくい。何より、ヒューマの抱える重心のズレをある程度まで緩和される。

 ニーアとの演習、市街地戦ではそこまでの影響はなかったが、やはり万全な状況で動けるのが一番だ。


「作戦上の都合は聞いているので、バインダースラスターにはロボットアームにしておきますよ」

「あぁ。あと、脚部のミサイルパーツは危険だから外しておいてくれ」


 次作戦には脚部のパーツの暴発は危険なのだ。爆発物をできるだけ取り除く。そうする事によって、作戦の成功率を上げるのだ。勿論、ヒューマの戦闘力は減るが、これに関してはヒューマの実力を信じるしかない。

 今作戦は、敵を殲滅する以外の目的が伴う。海賊の情報を得る事。何より、ニーアの証言にあるように子供達を救い出す事だ。


「イーゼィスは予定通り戦艦付近からの支援だ。脚部固定ワイヤーと、専用ジョイントを装甲の上に増設してある」

「了解した。感謝する」


 グレイの乗機、狙撃型ギアスーツ、イーゼィスには戦艦から射撃が容易になるように様々なパーツが増設される。勿論、緊急時ではグレイも海上戦に参戦できるように脚部パーツはパージ可能で、臨戦態勢は万全にする。

 一方キノナリの乗機、T2ティーツーこと、タイガートパーズ改は背部にコアと連結してあったレドームが更に増設されていた。情報管制能力の向上を目的としているが、キノナリには負担を強いる事となる。


「武装もいつもより増やしました。……大丈夫ですか、本当に?」

「大丈夫だよ。まだまだ頭の使い道は有り余っているからね」


 心配する女性技術者にキノナリは自分の頭を指さしながら微笑んだ。キノナリの能力は素晴らしいものであるが、同時に彼女の脳に障害を引き起こす可能性がある。電子戦というものは、元来、拠点となるホウセンカが行うべき事なのだ。だがそれをギアスーツで行うキノナリは、戦場の死に近い場所で仲間のために支援を行う。元々が不確かな技術ゆえに、キノナリの頑張りは技術者からは不安を煽るものであった。

 でも、キノナリはそんな彼らに大丈夫、と言う。キノナリは十年前から電子戦を行ってきたスペシャリストだ。だから技術者達は、彼女の実力を信じ、自分達の出来る最大限の援助をしなければならない。

 そしてそれは、ニーアとスミスも同じだった。


「GS-08N。カルゴ・ニーアカスタムってところだな」

「これが……」


 ハンガーに吊るされた、コアスーツの入り込んでいない、ギアスーツの完成図のような状態の自機を見てニーアは思わず息を飲んだ。ニーアカスタム。先日の適性テストで判明したニーアの適性を基に改造された、ニーアにだけに扱えるニーアのカルゴ。

 重装甲を語るのも嘘ではなく、その装甲は前回の戦いまで使用されていた装甲と違って更に熱くなっている。胸部装甲も、腕も、脚も。加えて関節などの接触箇所は工夫されており、重装甲でありながらその運動性は逃がしてはいない。

 また、両腕にはガトリングガンが増設されており、右肩には小サイズのキャノン砲、左肩にはミサイルハッチ、背中から二つのバズーカ砲が増設されていた。また、脚部にはミサイルユニットがあり、その姿を形容するならば火薬庫というべきか。もしくは、カルゴの顔をした戦車。

 ついでに、なのかそれとも一応、なのか。腰にはカルゴの標準武装であるヒートソードが二振りあった。これで近接戦闘をどうにかしろ、と言うらしい。


「って、なんでこんなに武器が」

「あぁ、ツバキさんがニーアを心配して大量に取りつけたんだ。あのガトリンガンだって、形状と名前はそう言っているけど、中身はアサルトライフルの魔改造だからな」

「…………」


 恐るべしTPAの技術力。だがツバキの言う通りで、ニーアは後衛から中衛、そして前衛へと立ち振る舞う予定なのでここまでの大量の武装を持ち込むのは合理的だ。それに武装自体はパージできるようになっており、近接戦闘の際にも邪魔な武器を排除する事が出来る。


「あ、でも無闇に武器を捨てまくるなよ。予備の武器も有限なんだからな!」

「あぁ、うん。そこのところは気を付けるよ」


 弾数にも制限がある。ギアスーツ戦闘では武器を失う、銃弾が無くなると戦艦に戻り補給するのだが、補給しても武器が無かったら意味がない。

 ニーアはスミスから渡された武器の予備数の載ったノートをもらい、頭の中へ叩き込んでおく。そしてある程度まで見終えた後、感慨深く、そして不思議にスミスに問うた。


「なんで、青なの?」

「んぁ?」


 スミスがニーアの疑問に間抜けな声を出す。意外な質問だったらしい。だが実際に、ニーアのギアスーツの装甲色は見慣れた薄紫色ではなく、群青、もしくは青色の系列のカラーで統一されていたのだ。

 スミスは自分の髪の毛を掻きながら、この色にした理由を簡潔に、淡々と答えた。


「だって紫って、毒っぽいじゃん」

「…………」


 正論であった。が、あまりにも何ともな理由なので、思わずニーアは声を失った。

 唖然とするニーアであったが、すぐさま我に返りニーアに物申す。


「いや、もっとこう、青色にした理由とかさ!」

「あぁ、そっち? そうだなぁ……」


 ニーアの言い分にスミスはしばし考え込む。明らかに青にした理由のない反応だ。テキトーに決めつけたのかもしれない、と親しくなった相棒に失望を覚え始めていたニーアであったが、スミスが漏らすように呟く言葉でその思考は止まる。


「ニーアは……青が似合う、から」

「えっ」


 意外な言葉だった。だから思わず、驚いてその言葉の反応ができなくなる。青が似合うなんて、言われた事も考えた事もなかったから。好きな色かと言えばそうではないし、嫌いな色と言えばそうでもない。そんな、青の色。空の色。海の色。


「カラーリングは、その人を表すんだって、ツバキさんが言っていた。キノさんもグレイさんも各々の色を持っている。だから、ニーアにも色を持ってほしかった。オレが勝手に決めた、オレがニーアに似合うと思った色。青色。この海を突き進む、オレがニーアに与えるお前の色。……だめ、か?」


 そうスミスが自信がないように聞いてくる。スミスなりに、ニーアと触れ合ってきて思った事がこのギアスーツの色に現れている。青色。群青色。藍色。紺色。そして水色。

 濁り切った紫から、スミスはニーアに青を見出した。ニーアという個を見出した。

 そう思うと、ニーアは気恥ずかしくなって、でも、俯く事もせずに真っ直ぐにスミスを見つめた。


「ううん。いい。これが僕の色。僕のギアスーツ、カルゴのカラー」


 青色はそう思うと、とても特別な色に思えた。海賊から、やっとこのホウセンカの一員に成れた気がして、ニーアは少しの涙を流す。表情は笑顔で、悲しくもないのに涙が出る。


「ニーア……」

「大丈夫だよ。うん、ちょっと、嬉しかったんだ」


 涙を流し始めたニーアに困惑するスミスを見て、ニーアは右手で涙を拭ってスミスに笑顔を見せた。そんな笑顔を見せられると、スミスも恥ずかしくなって顔を赤くしてしまう。

 そんな初心初心しい二人を遠目に、作戦会議の鬱屈とした空気から逃げてきたテルリが、途中の自動販売機で買ったコーヒーを、ぷしゅっと蓋を開けて一言。


「またカップルが生まれるパティーンかぁ?」


 と呑気にそう言った。独身男のボヤキは、それを聞いていたヒューマにしばらくの間、おちょくられる運命を誘った。



     ◇◇◇◇



 そして、戦闘は開始される。その拠点となる島からでもレーダーの範囲に入ったとされる場所で、ギアスーツのパイロット達は出発をしないとならない。

 日の出はまだであったが、本作戦は早急なる襲撃がメインとなるため、こんな中途半端な時間に出撃する事になったのだ。

 ホウセンカのスターターデッキが開かれる。ギアスーツデッキには早朝の冷たい空気と潮風が綯い交ぜになって入り込む。ニーアは、それが気持ちいいと感じた。バイザーも閉めてある。なのに、空気を感じる気がする。そんな錯覚を覚えながら、それが今、自分が感じている事なのだと気づいた。

 ツバキの通信が入り、スターターデッキに順々にギアスーツがセットしていく。最初にヒューマ、次にキノナリ、ニーアに、最後にグレイ。


『――――みんな、ここからが始まりよ! 私達の、ホウセンカの最初の大作戦、成功を治めましょう!!』


 ツバキの三分に及ぶ通信が終わり、ヒューマは小さく微笑んで腰を屈めた。スターターデッキの横にあるシグナルが赤から緑へ変わるまでに、自分のその名をホウセンカに残していく。


「ヒューマ・シナプス。ブロード・レイド――――作戦を開始するッ!!」


 その言葉が言い終わった瞬間にヒューマが出発する。スラスターを噴かせて、ギアスーツデッキの中に熱い空気を残して、ヒューマは海上に出たのだ。

 続いて、キノナリがスターターに足をかけ、出撃の準備をした。


「タイガートパーズ。キノナリ・フジノミヤ――――出るよ!」


 レドームが展開しスラスターのようになってキノナリが出撃する。優雅にも思えるその出撃は、次に出撃するニーアの目を奪う。鮮やかであったのだ。

 だがそんな考えも振り切って、ニーアはスターターに乗った。そこへスミスの通信が入る。


『ニーア……帰ってこいよ! 絶対に』

「うん、ありがとう、スミス」


 短い通信の中に確かな真情を感じたニーアはスミスに感謝の言葉を残し、通信を切った。シグナルの光が赤から緑に変わる。ニーアは覚悟を決めて、己が名前をホウセンカに残す。


「ニーア・ネルソン。カルゴ・ニーアカスタム――――行きます」


 スラスターを展開し、その重量のあるギアスーツはスターターに合わせて出発した。群青が、蒼海を行く。大事な仲間を、名前をホウセンカに残して。大事だと感じる人を探しに。そのために戦いに。

 そして、その三人を支援する狙撃手も動き出した。


「グレイ・グリース。イーゼィス――――Start」


 スラスターを展開し彼らは行く。この海を。そして海賊の島へ。

 最後にツバキが、まだ通信の出来る範囲にいる仲間全員に通信で告げる。


『作戦、開始よッ!』


 ホウセンカによる、子供達の海賊からの救出作戦が発令された。そして、彼らもそれに合わせて動き出した。

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