第27話:改造―Pleasant―

「えーでは、ニーア君のGS-08、カルゴの改造の会議を宣言します!」

「いぇーいっ!!」


 ツバキがギアスーツデッキで技術者を呼び集め、高らかと設計図をテーブルに広げながら宣言した。他の技術者が真剣な表情を浮かべる中、スミスだけがそう言って拍手をする。いつもの事である。なので注意もしない。スミスのこれは最初だけなのをここのクルーは全員知っている。

 

「とはいっても、大体は方針は決まっているのよ。搭乗者、ニーア・ネルソンの適正から、改造方針は『砲撃主体の重装甲』。設計思想は『オールラウンダー』の予定で」

「オールラウンダー?」


 ツバキの言ったその言葉にスミスが思わず反応する。スミスが反応するのも無理はない。オールラウンダー、それは全状況に対応できる者だという事だ。それを、ニーアにさせようと言うのだからスミスは当然困惑する。

 だがスミスの困惑を想定していたツバキは冷静にその設計思想を説明する。


「とは言っても、全てを全て同時にさせるわけじゃないんだけどね。次の作戦と照らし合わせた結果、ニーアには最初にヒューマの支援、そこから近接戦闘を交えた戦闘をしてもらう事になったのよ」

「ニーアに荷が重過ぎないっすか?」

「スミスの心配も解るけどね。でも、現在の私達の戦力を鑑みるとニーアには無理をしてもらわないとならなくなる」


 ツバキの言い分は確かであり、正論である。現状、TPAの戦力はバランス配分のいい組み合わせであるが、逆に言えば一人でも欠ければ状況に対応できなくなると言う決定的な弱点が存在する。

 遠距離支援は絶対なのでグレイは無闇に前衛には出られないし、キノナリは中央で電子戦で相手の妨害、味方の情報支援をしないとならないため、戦線の要であり自衛を除いた戦闘には期待できない。ヒューマは前衛での戦闘をしないとならない。

 だが次作戦では、そのヒューマが途中で戦線を離脱しないとならなくなっている。


「ニーアの適性は近接戦闘と砲撃戦闘に対応できる。ヒューマが前線を突破している間は、ニーアは砲撃戦。ヒューマが離脱したらニーアが前線で対応する。そんな感じで」

「……大丈夫かなぁ」

「まぁ、だからこその重装化なんだけどね。これによって砲撃の反動も抑えられるし、近接戦闘の安全性も確保できる。機動力は低下しちゃうけど、戦闘経験も少ないニーアの安全を確保する方が重要よ」


 ニーアという戦力を失うのは惜しい。ツバキは罪悪感からの配慮と作戦上の都合を入れた上での提案であった。スミスはその提案を鵜呑みにせず、技術者としてしばらく思案をした。他の技術者と同じだ。ツバキの意見は確かに合理性があるが、それを盲目的に信じるのは技術者としては失格だ。如何に偉大な技術者であっても、完璧な人間なんていないのだから。特に人の命を預かる職でもあるので、技術者達はその改造方針に様々な提案をしていく。

 コスト問題、機動力の向上への提案、資材の確保問題……一つの改造にも手をかけていく。TPAの技術者は特に元々軍属だった技術者が多い。勿論、スミスのように新人もいるが、八年前にツバキが軍を抜ける際に彼女について行った技術者がほとんどを占める。彼らもベテランだ。ツバキの奇抜的発想や技術力などに惹かれた人物が多いが、それでも一技術者としてツバキに意見をするのだ。

 だが、ツバキもまた一流の技術者だ。


「コストに関しては前回の戦いで得たコアのバイオスフォトンを再利用。機動力の向上は採用したいけど、バーニアの確保を考えないとね……。あ、装甲の資源問題はコストと同じで前回の戦いの再利用ね。溶接すればどうにかなるでしょう」


 彼らの出す意見に一つも漏らさないように返答していく。問題をある程度まで考えて、それをカバーする策を考える。全てを全てカバーできるわけではないが、それならばそれを受け止めるだけだ。

 こうやって改造提案は形になっていくのだ。



     ◇◇◇◇



 そんな事も知らずに、ニーアはガーデニングスペースへやって来ていた。ここに来るのは数回目で、ニーアにとってはリラックスできる場所でもあった。

 スミスの説明では、ここでギアスーツのエネルギー源であるバイオスフォトンを生産しているらしい。植物は動かないから、生体エネルギーの採取が簡単だとキノナリに教えてもらっていた。同時に空気も澄むし、一石二鳥だとか。

 ガーデニングスペースでギアスーツの勉強をしている中、ニーアは昨夜、スミスに言われた事を考えていた。


「生きる……楽しい……」


 生きる事、その実感を考えた事もなかった。楽しいなんて答えられるわけがない。生きている実感は、ここ最近になってやっと解り始めた事なんだから。

 こんなんじゃ、赤ん坊と同じじゃないか。ニーアは自分の人間的未熟さに悩みを抱いていた。あの後、答えられなかったスミスが冗談交じりで話を終わらせてくれたので、空気は壊されずに済んだが、それでもスミスのあの問いに答えたかったという思いがある。


「…………」


 勉強が捗らない。頭の中に浮かぶのはその事ばかりだ。

 ニーアは大きな溜め息を吐いて、座っていたベンチの横に教科書を置いた。

 そんな彼を覗きこんでいた人物がいる事に気づいたのは、教科書を置いて目の前に揺らいでいる向日葵を見つめた時だった。


「あ、カエデちゃん」

「ニーア」


 向日葵と向日葵の茎の間でニーアを覗いていたのは、このガーデニングスペースの主であるカエデであった。この肩書きは厳密には手伝いであり、別のクルーがガーデニングスペースで植物を管理しているのだが、カエデはその人に言われてこうやって植物に水を上げに来る。

 どうやらその水をやる時間だったようだ。ニーアは小さく微笑んで、カエデを手で招く。トコトコとじょうろを持ってカエデは向日葵の間を抜けてきた。麦わら帽子とサンダル、ひっそりと額に垂れる水粒が彼女が健康的に育っている証拠だろう。


「だいじょうぶ?」

「うん。ちょっと考え事があっただけだから」


 ニーアはそう言うが、その顔は一向に晴れない。そんな表情をするとカエデが更に心配するだろうに、ニーアは彼女の前でも晴れ晴れしい笑顔を浮かべられなかった。

 優しいカエデだから、そんなニーアには更にずいっと近づいてニーアの目をじぃっと見つめていた。そんな視線をぶつけられたら逃げようにも逃げられなくなる。ニーアは仕方なく、ダメもとで聞いてみる事にした。


「カエデちゃんは、生きていて楽しい?」

「いきる?」

「あぁ、そうだな……」


 生きる事への説明は難しい。それは人それぞれだから。第一、生きるとは何だろうか。ニーアはそんな果てもない回答に答えられるわけがなかった。でも、カエデはそんなニーアに、何の悩みもない表情で平然と答えた。


「たのしいよ! ママもパパもニーアもいるもん!」

「え……」

「いきる、ってよくわかんないけど、でもたのしいもん!」


 生きるという意味も理解していない。でも彼女のその感情は確かに楽しいと感じている証拠だった。楽しい。今を満足しているのだ。それもまた、生きる事が楽しい事なのだ。

 ニーアは、今の自分に楽しみを抱いていないのだろうか、と漠然に思う。なぜなら、あの時、スミスにすぐに返答できなかったから。難しく考えたから? それもあるかもしれないが、それ以上に。ニーアは、自分の感情すら理解していないのかもしれない。

 でも、それでも。ニーアはそこで沈まない。沈むわけにはいかない。


「ありがとう、カエデちゃん」

「んー?」


 ニーアの感謝の言葉もよく解っていないカエデであったが、それでもニーアは良かった。

 今を、自分すらも知らないのならこれから知っていけばいいのだ。この世界は知らない事がいっぱいなのだから、今から知っていくのだ。

 生きる事が楽しいかなんて、まだ答えは出ないけど。それでも、今からでもその言葉に答えられる人間になろうと、ニーアは小さく決意した。



     ◇◇◇◇



 ホウセンカの船旅は順調であり、予定ポイントまでも一切の狂いもなく進んでいた。

 二日後。彼らは最初のポイントである、ニーアが教えた海賊の拠点を補足するポイントに到着する。戦闘が行われるか、果たして海賊がまだいるかなど、ニーア達が知る由もない。

 だが少なくとも、そこに生命はいた。


「……ニーア」


 少女の声は、拝めない夜空に響く事もなく子供達の寝息の中へ溶けて消えた。

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