第22話:装着―Test―

 翌日。ニーアはまだ見慣れない白い天井を見つめながら目が覚めた。調子がいいのか、ここ数日はあの夢は見ない。あの光景は安らぐものだが、今のニーアには必要のないもであった。

 部屋に常設されている簡素な丸時計は朝の七時を指している。朝食をとる時間だ。それに今日はキノナリ達によるニーアのギアスーツの適性テストの件もある。


「何をするか、いまいちピンとこないけど……」


 それでもギアスーツを用いる事は確かだ。ギアスーツの適性のテストなんだから、それがないとおかしい。なので、ニーアは気を引き締めるためにクローゼットにかけられた、先日に購入してもらった服からヒューマが好んでいたカッターシャツを取り出す。色は淡い水色で簡素な物だが、薄い長袖なので比較的に暑めの気温でもそこまで苦じゃない。

 同じく買ってもらった藍色のジーンズを履いたニーアは、軽くストレッチをした。状況が状況で緊張していた頃には忘れてしまっていた彼の習慣だ。海賊時代の比較的に話せた大人から教えてもらった、朝でもすぐに動けるようにする方法だ。その人はしばらくしたらいなくなったが、彼の教えてくれた事は間違いではなかったのでニーアは何気なく続けていた。

 船旅も始まってからたった数日だけど慣れてきた。海賊時代も海賊の戦艦に乗っていた事もあって船酔いなどもなく、船員の人達も仲が良く話もよくする。捕まった捕虜の人も見つけたが、完全にホウセンカのクルーに混じっていた。グレイを怖がっていたが。

 ストレスフリーだ。ニーアは確実に充実な生活を送れている。だが、だからこそ、その余裕の中で思うのはマリーの事だ。


「マリーのいる場所……変わっていなかったらいいんだけど」


 彼がヒューマ達に伝えたのは海賊の居場所、手がかりとなる場所は彼もいた採掘施設のある島である。そこに今も子供達がいるならば、マリーもいるかもしれない。ならば助け出す事も可能なはずだ。そんな淡い希望を抱いて、でも絶対にできると信じてヒューマ達に伝えたのだ。

 ヒューマ達は信頼できる。少なくとも今のニーアはそう感じている。海賊の元へいたニーアでさえ、ヒューマのやっている事は間違いではないと解るのだ。勿論、その手段が過激である事も解っている。でも、そうまでしないと変わらない物なのだから、間違いではないはずなのだ。


「よし」


 ストレッチを終えたニーアは独りごちに満足して、殺風景な個室から出た。そして朝食室へ向かう。最近ニーアはスミスとよく食事をとっている。スミスとなら話もよく合うし、言い分も理解しやすい。それにギアスーツの勉強もし始めたニーアにスミスは喜んでいた。

 今日もまたギアスーツの話だろう。最初の頃と比べて、ニーアはギアスーツの評価が変わっていた。ただの兵器もその成り立ちは少なくとも人のためにあった。それを知ったから、ニーアはギアスーツにあった戦場の象徴であるという固定観念が解けつつあった。



     ◇◇◇◇



 朝食を終えて、スミスに連れられてニーアはギアスーツを格納しているデッキへ向かった。ホウセンカからすれば中央真下というべきか。そこで待っていたのはギアスーツを使用するメンバー、ヒューマ、キノナリ、グレイ、加えてツバキであった。皆、各々のカラーのコアスーツを着ている。


「ニーア、お前も着替えてこい。今日はみっちりやるからな」

「あ、はい!」


 ヒューマにそう言われたので元気に返答する。スミスが他のギアスーツの方へ向かったのでニーアは急いでデッキ横に造られたコアスーツの更衣室へ入る。男子と女子で分けられているその男子の方に入って、そこに置いてある今までも使ってきたコアスーツを広げた。

 水色のコアスーツ。ギアスーツの装甲のカラーとコアスーツのカラーは一緒にするのが一番多いが、ニーアのは少年兵だと解りやすいようにするために、あえてそう塗られたコアスーツを使用されていた。ギアスーツの装甲があるから見えない、という考えもあるが、実質、関節部などはコアスーツの色が露出する場合がある。ゆえに、ヒューマもあの戦いでニーアを子供と判断できたのは、その違和感もあったからだ。

 コアスーツは首から足まで一体となっている。前面には線ファスナー状のパーツがあり、そこを開けて下を履く。そして両手を袖に通し、股下にあるファスナーのクリップを首元まで引き上げる。これで装着は完了。人間で言う肩甲骨の部分にはコアがあり、これがギアスーツの要となる。

 スーツと言うが、その素材は軟質金属で構成されている。これは進化と退化を繰り替えしている技術の賜物で、柔軟性はあり布と似たような要領で動かす事が出来る。だが強度は期待できない。元々、これで戦闘は想定されていないのだから。


「よし」


 ニーアは特に不備もない事を確認し、ギアスーツデッキに再び出る。すると気づいていないうちに、ギアスーツデッキにあるスターターの先に海上が広がるようになっていた。元々そこは壁であったはずなのに、とニーアは先程見た記憶と現実の光景を合わせるが、思えば壁にもスターターのレールが繋がっていた気がした。元々、その壁は開くように設計されていたのだろう。


「すごい……」

「今日は外で適性テストを行う。ホウセンカは航海を続けないとならないし、移動をしながら行うから遅れるなよ」


 ニーアが感動を覚えていると、ヒューマはさぞ当然のようにそう言ってくるので、ニーアは一瞬だけ苦い顔をしたがやってくれようとしてくれている人にそのような態度は悪いと考えたニーアは、咄嗟に元気よく返事をした。どうやらヒューマは先程ニーアがした顔は見ていなかったらしい。


「ギアスーツの装着をして来い。先に準備をしておくから」

「解りました。よろしくお願いします」


 ヒューマはニーアにギアスーツの装着を急かし、自分もまたギアスーツの装着に向かった。初めて見た時は意外と広く、何が何だか解り辛かったが、ニーアは自分のギアスーツを見つける事が出来た。

 薄紫色に赤い十字。見慣れたという事もあるが、やはり赤い十字マークが目立つ。

 ギアスーツの装着をしようとすると、先程まで別のクルーと話し込んでいたスミスが気づいて、走ってニーアの元へやって来る。


「スミス、よろしく」

「りょーかい。折角だし装着講座もしておくか?」

「え、いらないよ」

「じゃあ、やるか!」


 ニーアは否定したが、スミスは意気揚々と説明しようとする。元からする気だったらしい。意外と我を通すタイプなのかもしれない。


「えーと、じゃあまずはコアスーツの各部ジョイント部分に内部フレームを取りつけて」


 スミスはそう言って天井のロボットアームを動かす。この内部フレームはコアスーツの至る箇所にあるジョイント部分に連結させる物で、その形状は一つに繋がった立体の無限迷路のようだ。だがその強度は大変高く、装甲が外れても内部フレームさえ生きていれば近接戦闘でも対応できると言われている。

 コアスーツの背部からコアを守るように連結し、両肩、両腕、腰、両足と連結したら内部フレームの装着も完了だ。


「次に装甲」


 スミスはニーアの下に折り畳まれていたロボットアームを動かす。ニーアはスミスのその手慣れている動きに安心したのか、スミスに何も言わずに身を任せていた。

 装甲は逆に連結などしておらず、各パーツに分かれている。そのため、各々のパーツを内部フレームに連結させて肉体を大幅に覆い隠すのだ。勿論、関節部はコアスーツが露出していたりするが、装甲の工夫によってある程度の防御ができるようになっており、胸部装甲は攻撃が来やすいため他の装甲より厚くなっている。ギアスーツの装甲箇所は、ギアスーツ技術の結晶であるのだ。


「カルゴは楽でいいや。ブロード・レイドは脚部の装甲が別物でなぁ」

「そうなの?」

「あぁ。一々浮かさないといけない」


 ヒューマのブロード・レイドは特別性なのだから差異があってもおかしくはない。だがコスト度外視のオリジナル機の脚部装甲の構造は量産機であるカルゴには受け継げない。詳細には改造すればできるが、一々する必要がないのだ。

 なのでブロード・レイドにはあった別パーツの脚部装甲に換装をせずに、スターターにそのままセッティングされている平べったい足部パーツを足を突っ込んだ。自動的に脚部の装甲が折り畳まれ、足の関節部を覆い隠す。


「んで、武装……なんだけど、今回はテストだから無しな」

「え、無いの?」

「キノさんとかが持って行ってるからな。あ、そのままスラスターの取り付けもするぞ」


 ニーアの疑問も治まらない中、取り付け作業は最終段階に入る。

 これまで使用してきたロボットアームをフルに扱い、脚部の装甲の上にはホバーを、背部にはコアを覆い尽くし連結するようにウィング状のパーツが取り付けられたスラスターを装着した。

 そしてスミスが最後にニーアにヘルメットを手渡す。


「これで終わりだ」

「そう言えば何でヘルメットが最後なの?」

「精密機器だからだよ。後、異常箇所が一発で解るように」


 そう言ってスミスは離れたので、仕方なくニーアはカルゴのヘルメットを被った。そして、ヘルメットの装着部とコアスーツの装着部が自動的に連結する。コアが正常に動いている証拠だが、ニーアはヘルメットのバイザーの部分に映るディスプレイを確認し、連結箇所のどこにも異常がない事を確認した。

 ニーアはヘルメットに内蔵してあるスピーカーでスミスに大丈夫だよ、と言った。


「よし! ヒューマさん、こっちはオーケーですよー!」

「了解した。ニーア! 俺の後に続くようにスタートしろ」


 そう言ってヒューマは腰を屈めた。そしてカルゴと同じウィングスラスターの噴射口から火を噴かせて、そしてそのままスターターから解き放たれた。瞬間、猛スピードで海上へ出る。

 キノナリもグレイもいない事も気づいたニーアは、最後は自分だと悟る。


「んじゃ、頑張れよな!」

「うん、行ってくる」


 スミスに返事をし、お互いにサムズアップのサインを起こすと、ニーアは背部のスラスターを点火させる。くぐもった音から急に流れ込む激流のような音になり、そして甲高い音に変わった。スラスターの噴射が最高潮になり、スターターが切られる。


「ニーア、いきます!」


 その言葉は、噴射とスタートしたニーアの猛スピードによって、結局誰にも聞こえないまま空中を彷徨った。

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