第21話:相思相愛―Tomorrow―

 昼食は一部を除いたクルーが各々に食堂に赴き昼食をとる決まりとなっている。そのため、12時の食堂は人が多かったが、ニーアとキノナリとグレイは食堂のおばさんから本日の昼食であるシーフードのアレンジがされたカレーライスを受け取って、窓際の席へ座った。


「あ、お水も貰ってくるね」


 そう言ってキノナリは水を求めてキッチンへ向かった。キノナリを待っている間にグレイが急にニーアに謝ってきた。


「すまないな。キノに付き合わせて」

「いえ、いいですよ。僕自身も勉強してみたかったですし」


 グレイとまともに話すのはこれが初めてだ。その外見、身に纏う雰囲気から少し怖いというか厳しそうなイメージを持っていたニーアは、そんなグレイが最初に謝ってきた事に驚いていた。


「キノは元々教導官……まぁ、言ってしまえばギアスーツ専門の教師になりたかったらしい。だから、今回の説明には特に力を入れているようだ」

「教導官……」


 その言葉に思わず反応してしまう。あの青いギアスーツ、レイン・カザフもそのような事を言っていた。グレイの説明通りに教導官は即ち軍属のギアスーツの教師だ。

 ニーアは思うところがあり、おずおずとグレイに聞く。


「レイン・カザフって知っていますか?」


 その名前にグレイはどうやらピンと来なかったようで、いや、と短く否定した。


「キノ。レイン・カザフっていう名前を知っているか?」

「ん? いや、知らないなぁ。僕はあまりテレビにも詳しくないし」


 どうやらテレビに出てくる俳優とかアーティストと勘違いしたんだろう。水を持って帰ってきたキノはそう否定しながら椅子に座り、両手を平手で合わせた。


「いただきます」


 その習慣はヒューマもツバキもカエデもやっていた行為だった。なので自然とニーアも真似をする。ただ一人しないグレイは、何とも苦々しい表情を浮かべる。

 日本独自の文化である。ヒューマもツバキもキノナリも日本生まれなのでこの習慣に染まっているが、グレイは日本生まれでも育ちでもないので、この習慣に違和感があるのだ。


「毎回思うが、その行為は慣れない」

「慣れなよ。もうずっと一緒じゃないか」

「慣れない物は慣れない。ニーアも真似をしなくていいぞ」

「え、え、あ、あははは」


 思わず渇いた笑いを出してしまう。キノナリとグレイは本当に仲が良いように感じる。それこそ、一緒に話しているとその雰囲気で疎外感を感じてしまうほど。

 二人の関係は何なのかと聞こうとしたニーアだったが、突然横に置かれたお盆の音で驚いてその言葉を飲み込んでしまう。お盆の正体はスミスであった。


「ほらそこのバカップル。ニーアを置いてっちまってんぞ」

「バカップル……」

「スミス。その言葉は止めてくれ。俺達以上にバカップルならこの船にいる」

「誰がバカップルだって?」


 スミスのその後先の考えていなさそうな発言に、キノナリはちょっと顔を赤らめ、グレイは別にいると否定し、そしてその発言にある男が食いついた。……ヒューマである。


「お前達も大概だろ。いつ結婚するんだ?」

「んー、でも僕としてはもう少し独り身を楽しみたいかな」

「……この発言が無くなるまでだ」


 ヒューマの質問にキノナリは気楽にそう言ったが、グレイは少し呆れてそう答えた。グレイはその気が満々なのに、キノナリはまだその気がないようだ。

 ニーアは二人の関係性を察し納得する。相思相愛。キノナリの自由奔放な性格にグレイがついて行く。そんな関係は、ある意味では一つの形なのかもしれない。


「ニーア。大人の話は置いといてさ、後で後ろの甲板に行かね?」

「いいけど……あぁ、でもキノナリさんの説明がまだあるらしいから厳しいかな」

「説明?」

「ギアスーツのだよ」


 そう答えると、それなら仕方がねぇな、とスミスは納得してくれた。スミスもニーアにはギアスーツの事を勉強してほしいのだ。何せ、ギアスーツの開発や修理をするスミスとそれを扱うニーアは、相互で円滑な関係を作っていかないとならない。そうなると自ずとギアスーツの話になるのだ。

 加えて、この船でスミスと同世代はニーアしかいない。カエデは年下だし、まだそこまで頭がよくない。自分の知識に対応した友人を探すのは自然であったし、応援するのも当然であった。


「そういえばニーア。明日、朝からギアスーツのデッキに来てくれだってさ」

「そうなの? どうして?」

「んー、まぁ秘密で! でも大事から来いよな」


 ニーアはイマイチ解っていなかったが、とりあえずそうしろと言われたら従わない道理もないので頷いた。明日も忙しい日々になるのは確かであったが、ニーアはそれなりに充実を覚えていた。



     ◇◇◇◇



 昼食が終わり、キノナリ達と一緒にフリールームに戻ってきて再び説明会が始まった。


「さて。それでは次にギアスーツの種類ね。戦場に出てくるギアスーツは大きく分けて三種類。前世代機であるアークスタイプ、現世代機でニーアも使っているカルゴタイプ、そしてどれにも属していないオリジナルタイプ」


 アークスタイプはカルゴよりも前に量産されていたギアスーツだ。構造こそ共通しているが、内部フレームの配置や、コアのエネルギー貯蔵量などに変化があり、尚且つカルゴと比べて安定性に大きく欠けている。これは装甲の配置などの結果で、重心がほんの少しだけ傾いているのだ。

 カルゴタイプは現在も量産されているギアスーツで、戦場で最も出没しやすい。現代の標準となっている本機だが、アークスタイプより装甲性は低下している。これは重心の問題を解決するために装甲の配置箇所を減らしたからだ。だが、全体的に素材の耐久性が向上しており、そこまで酷く装甲性が悪くなっているわけではない。

 そしてオリジナルタイプ。これはヒューマのように、ギアスーツ開発者が趣味や研究のために作った、量産を前提にしていないギアスーツだ。そのため性能にムラがあり、欠陥もあれば特化している能力もある。一長一短であるが、使いこなせば強力ではある。


「――――まぁ、オリジナルタイプはその分、コスト的な問題が出てくるから面倒だけどね」

「それは俺達のカスタム機も同じだろ」


 キノナリのボヤキにグレイが口をはさんだ。

 グレイの言う通り、量産機を独自にカスタマイズする文化も存在する。実際、キノナリのT2ティーツーも電子戦に特化したカルゴタイプであるし、グレイのギアスーツも狙撃に特化したギアスーツだ。だが、この場合、特殊なパーツを使用する事によってオリジナル機に届く力を発揮できるようになるが、その分コスト問題が発生する。


「だが、ツバキはお金持ちだからね。そこんところは気にしないで行こう」

「はぁ」

「どうした? 他人事のような反応だが?」


 グレイのその言い方に思わず、えっ、と反応をするニーア。実際、自分の機体はカルゴタイプだし、他人事なのだ。だが、グレイはそんなニーアの考えを粉々に踏み潰す。


「スミスに聞いていなかったのか? 明日はお前のギアスーツ適正のテストだぞ?」

「……へっ?」

「それで、ギアスーツのカスタマイズ方針を決めるんだよ――――って、完全に内容が知らされてないね、この感じ」


 明日、何かあるとは思っていたがその内容がテストであるなんて知らなかったニーアは気の抜けた返事をしてしまう。ニーアのギアスーツ適正は未知数だ。だから、それを調べる物なのだが、ニーアはよく解らないまま混乱する。


「まぁ、とりあえず。明日はそういう事もあるから頑張って朝起きるように!」


 そう言ってキノナリの説明会は閉会した。残されたニーアは、明日、何をやるのか詳しく聞かされないまま自室に帰されてしまった。


「……ガーデニングスペースに行こう」


 とりあえず、行きたかった場所へ行く事にしたニーアは、明日の事で悶々と考えつつ、ガーデニングスペースへ向かうのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る