第20話:逸脱―Role―

 キノナリの休憩が終わると、再び説明会が始まる。ニーアはグレイから手渡されたメロンソーダが入ったペットボトルを受け取って、そういえば、とキノナリからギアスーツの教科書というとても厚い本とノートを渡される。ニーアは書く事は出来ないので、ほとんど飾りなのだがキノナリのやる気向上のためらしい。見栄えなのである。


「さて、続きだけど、ここまでで解らない事は?」

「うーん、ギアスーツの弱点の事とか、もう少し詳しくお願いします」

「オーケー」


 ニーアの疑問にキノナリは軽快に了承する。

 ギアスーツの弱点、これはニーアにとっても重要な事だ。戦う時に優先的に守る必要がある。


「先程言ったように、ギアスーツはコアがある背部が弱点となる。普通なら、装甲の時点でコアの大部分は覆い隠されるのだけど、それでも一部が残る。でも、そこにスラスターとかが装着されるから、厳密には弱点ではなくなる。ならば、どこが弱点か」


 ギアスーツ戦闘時に背部は狙われ辛い。スラスターの装着が標準化されている現在、それより先に狙いやすい部位があるので結果的に、ギアスーツの心臓部は狙われ難くなっている。


「首。もしくは頭。ギアスーツはあくまで人間が中に入って動かす兵器。だから結果的に装甲を覆われた箇所でも弱点が生じる。首は特に装甲が薄くなってしまうからね」


 首を守るのはコアスーツの装甲しかない。コアスーツの装甲は生身と比べてはマシだが、それでも追加される装甲が無いので、単純な攻撃でも首はもがれてしまう。また。ヘルメットも精密機器の塊のため、結果的に強度は低い。


「なので、敵を倒すためには基本的に頭部分を狙う。憶えておくように」

「あ、はい」


 なお、厳密にはこれはあくまで通常の量産機と量産機の戦闘での常識である。この場合は、カルゴの標準兵装であるアサルトライフルとヒートソードを用いた場合だ。

 例外を出すとすれば、ヒューマのブロード・レイドのような大型のヒートブレイド。あれがあれば、弱点云々を言う前に相手を装甲ごと切り裂けるし、ミサイルやレールガンなどの強力な武器を使えば木端微塵にできる。

 あくまで生身と比べて強度が上がっているだけで、本質は人間と変わらない。アサルトライフルなどの銃弾は防げても、それ以上の攻撃力がある武器は受け止めきれないのだ。

 

「さて、それじゃ次はギアスーツの歴史ね」

「いやぁ、それは必要ないんじゃ」

「いえ、憶えるなら徹底的に」


 ニーアの言ったように、戦闘だけを考えれば必要のない知識だが、歴史を知る事で解る事もある。例えば、旧世代機との戦闘では現世代機と比較したステータスの違いが決定的な戦力となり得るのだ。


「まぁ、時間的にも昼ご飯前だし、あまり長くはしないよ」

「……まぁ、それなら」


 ニーアも若干渋々ながらも解ったようで、キノナリは小さくこほんと咳き込んで気合を入れ直す。


「西暦2100年代。私達人類は、地球の環境問題などのせいで技術的発展が止まっていたの。宇宙進出の話もそれどころではなくなって停滞。色々な技術がおじゃんとなって、結果的に私達はある程度まで退化してしまった」


 ある意味では暗黒時代だ。地球の温暖化、氷河期の突入の危険性、エネルギー問題、オゾン層問題など。今でこそある程度解決はされているが、それでもこの問題は今でも人類の過ちと未来に生きる人々は認識している。


「でも人間は死ななかった。僕達は科学でその問題を解決した。そしてその過程で生まれたのがギアスーツの雛形だった」


 当時は別名称であったとされるその雛形ができたのが2327年であった。この技術が完成するまでの間、2100年代の技術から目ぼしい発展がなかった。その当時からすれば昔の映画などで見られるパワードスーツの本格的な再興に目を着けられたが、結果的に現実の物になるのはそれから約百年後となった。


「ギアスーツは元々、人間を危険地域に送り込んでも活動できるようにされていた物でね。兵器運用は考えられていなかったの」

「え、そうなんですか……?」

「意外だけどね。でも、こういう前例は多々あるからね。ダイナマイトという爆発物だって元々は兵器以外の運用法だったらしいし」


 人間の知識は欲深くできているもので、当時の思想から大きく離れてしまっても、逆に有効活用できるようにしてしまう。それが良い意味でも悪い意味でもだ。

 ギアスーツの技術は公表前後の百年ほど煮詰まれ続けた。本格的量産化が進まなかったのは、資源問題が挙げられていたからだ。実際、どんなに地球の問題を解決しても資源には限りがある。そのため、当初のギアスーツはコストの高さから一部しか扱われていない高級な物だった。


「それで、その後、ダウングレードとか、コスト削減の問題を解決しつつ生まれたのが僕達の知っているギアスーツ。技術の進歩もあって、結果的に僕達、一般人でも扱える程度の価格にはなった」


 それでも、民間に提供されるのは次の世代のギアスーツの量産が決定されてからである。そのため、普通は軍に参加しなければ触れられない物であった。


「2401年。ギアスーツの量産化計画が発足された。コストの問題などを解決しつつ有用性を会得したこれらは、量産するように世論が動いたんだ。でも、その後からしばらくして、ある事件が起こった。そして、ギアスーツはなし崩しに兵器運用を考えられるようになったんだ」


 そのある事件に関しては、情報統制もあってかキノナリも詳しくは知らない。だが少なくとも、その事件によってギアスーツは、本来の役割であった人命救護や危険地帯での突入などの役割を逸脱し、攻撃的兵器としての役割が追加されてしまったのだ。

 恐ろしい話だが、これが上手い事にマッチしてしまった。結果的に、ギアスーツ=兵器という意味合いが世論的には広がってしまった。


「まぁ、ここまでは良かった。ある事件のおかげで、僕達は人に手をかける事はなかったわけだし。でも、事が終わると人間はそれを使って人間を攻撃し始めた」


 それが十年前の終戦の後、たった数日の事であった。これまで外敵として任命されたそれに攻撃する、所謂人間的には正義の象徴であったギアスーツは、たった数日で人を殺す兵器になり下がったのだ。

 そしてこれらは今でも続いている。


「ギアスーツは本来の意味を逸脱してしまった。せめてこれだけでも頭に刻んでおいてほしい」


 キノナリは腕時計を見て、そしてそう言った。

 どのような兵器にも元々の思想は別にある。勿論、生まれから兵器として生み出された物もあるが、自分達の使用している兵器は元々はそうではない事をキノナリは伝えたかったのだ。

 ニーアが色んな事を考えていると、部屋にあった時計が音を鳴らした。12時。昼時だ。


「一応捕捉もあるから、昼ご飯を食べた後にもう少し続けるよ。大丈夫、日が暮れるまでには終わるから」

「ははは……解りました」


 キノナリの説明会は一度終わり、彼女に連れられてニーアとグレイは食堂へ向かう。その間でも、ニーアは自分が使用している兵器の事を考えていた。

 ギアスーツ。人殺しの兵器の意味を。

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