第23話:遠距離戦適正―Shelling―

 海上を滑るように進む。水上スキーとはまた違う、水上から数十センチほど浮いた状態での低空飛行。市街地のような人の手に加えられた補強された道とも違う、完全なる自然なる流れ。ニーアは戻ってきたという自覚を覚える。この海へ、蒼海へ。

 今のニーアにはあの虚ろな感覚はない。鮮明だ。味気ない空気も、色褪せている空でも、音も霞む世界でもない。この蒼海は確かにここに存在する。そしてニーアも、ここにいる。


「ニーア」


 ヒューマの声が聞こえる。通信だ。彼の後ろを行くように進んでいたニーアは、ディスプレイに映る海上マップを見て、ホウセンカから北東へ進んだ事に気が付いた。ここならばホウセンカの航海の邪魔にならない、そういう判断なのだろう。

 ヒューマが右手を挙げニーアに静止のサインを送る。ニーアはスラスターの出力を落とし、ホバーだけで動けるようにし、ヒューマの横へ並び立った。


「海上の移動に支障はなし。合格だな」

「もうテストしてたんですか?」

「心配はなかったが、一応な。ここからは海上戦が主になる。ここで躓いたら終わりだったが、これぐらいスムーズに動けるなら言う事もないだろう」


 そう言ってヒューマはグレイやキノナリが用意したのであろう、海上に浮いているコンテナから、ニーアに狙撃銃を手渡した。世界機構がカルゴのオプション装備として売り出している物だ。海賊のスナイパ―タイプと同等の物であり、ニーアはその片手で持つのがやっとなほどの大きさのそれに驚いて落としかける。


「落とすなよ」

「驚いただけですよ」


 ニーアはそう言って改めてスナイパ―ライフルを構える。スナイパ―ライフルの使い方は知らないが、それはコアのOSが知っている。ニーアはそれっぽい構えをすると、スーツが自動的に照準モードに入った。カーソルやターゲットには捕捉距離などの計測機能が追加され、その先にはスコープを覗いたように何百メートルも先にいるキノナリが見えた。

 ギアスーツのOSは予め武装のデータが入っており、それに応じてモードが切り替わる。今、ニーアがスナイパ―ライフルを手に持った事によりコアが反応し、ヘルメットにそのモードのターゲットカーソルを映し出したのだ。


「キノナリが見えたか?」

「えぇ。なんか丸が何個も描かれた鉄板を設置してますね」

「あれを狙い撃ってみろ」


 ヒューマはそう冷静に言った。まずは狙撃適正を調べるようだ。

 その事を悟ったニーアは、キノナリが照準からいなくなるのを確認すると、意識を集中させた。狙撃を、しかも立ったままするのは初めてであるし、成功するとは限らないが、試されているのならば本気でやるしかない。

 ニーアは的に照準を合わせて、そして引き鉄を引いた。瞬間、コアが自動判断でパワーローダーなどを駆使し反動を軽減させる。しかし、そうなると考えていなかったニーアは残った反動に身体を突き動かされ、思いきり銃口をブレさせてしまう。

 言うまでもなく銃弾はあらぬ方向へ跳んだ。


「次」


 ヒューマはそれぐらい想定していた、と言うように冷静に呟く。ニーアはそれにムッとしたが、実際に外してしまったのだから言葉は返さない。再び狙撃に集中する。

 反動の計測、風によるズレの修正などの計測を行い、ニーアはヒューマがもういい、というまで引き金を引いた。結果は合計五個あった的のうち、二個だけ撃ち抜いた。

 グレイはそれを瞬時で計算して行っているのだ。そう思うと、グレイの計算力の高さは尊敬に値する。


「狙撃適正はやや苦手、だな」

「初めてですよ」

「解ってる。だが、苦手を伸ばすよりは得意を伸ばした方がいいからな」


 そう言ってニーアからスナイパ―ライフルを奪い、今度はバズーカを取り出した。バズーカはニーアの手に渡り、そしてその重量を感じる。あまりにも重い。コアスーツのパワーローダー機能を使えば軽く持ち上げられるが、それでも手の感覚上では重く感じる。

 両手で担ぐように構えたのを確認したヒューマは冷静に呟く。


「これで的を撃ち抜け」

「これって狙撃と同じですか?」

「いや、バズーカは狙撃OSと違い、少しばかり大雑把になっている。これは使用者に集中させないためだ。バズーカは威力こそあるが使用者の動きを阻害しがちだ。だから、OSは簡易的で他のモードに瞬時に変更できるようになっている」


 その大雑把なOSで先程は撃ち抜けなかった的を撃てというのだから、ニーアはそこに難しさを感じながら先程よりも大雑把になったカーソルで照準を合わせる。

 バズーカは威力も高いが、狙撃銃よりも攻撃の広がりがある。そのため、的のどれかに当たれば爆発を起こし他の的にも誘爆するかもしれない。


「……ッ!!」


 ニーアは先程の反動を考え、腰を屈めて反動を逃がすような態勢になり、バズーカの引き金を引いた。重低音が鳴り響き、反動をスーツが軽減するが、その限度を超えているのか先程よりも強い反動をニーアを襲う。だが、態勢が良かったのか、それとも心構えがなっていたのか。先程のように大きく銃口がブレる事はなかった。

 その一撃は、ニーアの狙いこそ違ったが隣の的に当たり爆発する。


「砲撃適正は悪くないな」


 ヒューマはたった一発でそう言ったが、ニーアは彼が終わりと言わないので二発目を自動的に装弾し、引き金を引いた。結果を見れば、的は三つほど半壊状態になり、一つは完全に破壊されてしまった。


「砲撃適正は丸か。ニーア」

「はい?」

「今度はグレネードランチャーだ。続けてくれ」


 ヒューマは彼の適性に応じた武装を手渡す。ニーアはそれに快諾し、武器の使用を続けた。



     ◇◇◇◇



「ニーアはどうやら砲撃適性が軒並み高いようだ」


 遠距離武装適性テストが終わったパイロット達は一度ホウセンカに帰投し、手渡されたファストフードや水を飲んで休憩をしていた。

 あの後、ニーアの武装テストを粗方終えたヒューマは、コンテナを持って撤収しその情報を降りてきていたツバキに伝えていた。その横には数人のクルーもおり、スミスもそこにいた。


「狙撃銃は点での攻撃だから、範囲的に攻撃ができる武装を中心にした方がいいかもしれない」

「かもね。砲撃による照準調整も悪くはない。上手く武装の構成をすれば、現戦力の中で足りない重装甲砲撃手になり得るかも」


 ツバキはニーアをそう評価した。実際、バズーカよりも反動が強いレールガンでも的を撃ち抜けた。勿論、全ての的を撃ち抜けるほどではないが狙撃銃を持たせるよりは確実だ。

 だがニーアのポジションを決めるには早計である。ここまでがギアスーツ戦としては奇襲や支援を中心とした武装系列であったが、休憩終わりに始まるのは白兵戦を中心とした武装系列だ。


「決闘モードのインストールは?」

「できているわよ。そう言うヒューマはどう? 久しぶりでしょ、右腕に重量がないのは」


 ヒューマは現在、次に行うニーアとの決闘のために、いつも右腕に装着している大型のヒートブレイドを外しているのだ。彼にとっては象徴的な武器であるために、外したヒューマは気難しそうな表情を浮かべた。


「違和感がある。まぁ、これで十分なハンデにはなるだろうな」

「そうだったらいいけど」


 そう言ってツバキはスミスと一緒にホットドッグを頬張っているニーアを見る。どうやらスミスに無理矢理に詰め込まれたようで、咽ていた。仲がいい証拠だ。


「彼は少なくともあの市街地戦で生き残った。油断は大敵よ」

「了解した」


 ツバキの警告に軽く答えたヒューマは、スミスとじゃれているニーアに声をかける。


「ニーア。次に移るぞ」

「あ、はーい!」


 ニーアの元気がいい声が返ってくる。ニーアのギアスーツ適正テストはまだ始まったばかりであった。

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