第15話:作戦―Failure―

 市街地での海賊の占拠は終わった。だが終わったとしてもそれで終わりではないのが戦争だ。戦後処理。特に、生きている住民が住んでいたこの街を戦場の凄惨なる光景を残したままにしてはおけないのだ。死体の臭いも、死体の残骸も、散った銃弾も、血の跡も。これらを全て残すわけにはいかないのだ。

 世界機構は世界全体で起きている戦争の戦後処理への対策をとっていた。浄化部隊。ギアスーツには基本的に良い反応を示していた、空軍で新生された戦後処理部隊。血を水で洗い流し、消臭剤を街規模でまき散らし、戦場の痕跡を回収する。この部隊は連絡されると、すぐさま戦いの終わった戦場に赴き、戦後処理を開始するのだ。

 それは、ツバキ・シナプスにとってはタイムリミットを意味していた。


「えー、というわけで。出来る限りのギアスーツを私達の戦艦、ホウセンカへ持って帰ってもらいまーす」

「戦場の疫病神。戦場荒らしのハイエナの本領発揮だな」

「まったくだ」


 あれから一時間。空軍の要請は、海賊が完全に撤退した事を確認してから連絡したので、彼らがやって来るのはまだ数時間かかる。それまでに、ツバキは戦場に落ちている資材、金の元を回収しようとしているのだ。

 集まったヒューマ、グレイ、キノナリはいつも通りなツバキに呆れて、キノナリは物も言えず、ヒューマの冷やかしにグレイは頷いた。

 ツバキは現在、世界機構に属していない技術者だ。新しいギアスーツの開発に関しては、彼女の先生であるトロイド・ハーケイン博士が呼んでくるので、この時ばかりは世界機構に属する事になるが、その新しいギアスーツの開発も一年前で終了している。そのため、現在の彼女の資金源は、世界機構からカルゴが量産されるたびに払われる金とヒューマのこなす依頼の報酬であった。そのため、ツバキは出来る限りの節約に努めてきた。と言っても、常人の節約とは違い、彼女の節約は貪欲に持ち主を失った資材を集める事にある。

 ツバキが他の人間から、疫病神とかハイエナとか言われるのはそれが由縁だ。やっている事は、ほとんど盗賊に相違ない。だがこれによってヒューマ達が活動できているのも、また真実であった。


「ヒューマは私と一緒に捕虜と議員をホウセンカに連れて行くわ」

「それじゃ、僕達は出来る限り持ってくるよ。ツバキの貪欲さには呆れるけど、そのおかげで僕達のギアスーツは補修できているわけだし」


 キノナリとグレイはそう言って街中へ入っていく。コアスーツにはパワーローダーが内蔵しているため、ギアスーツを装備していても持ち方次第では数人のギアスーツを運ぶ事ができる。

 二人が見えなくなったのを確認したヒューマは彼女達と再会する前に手を洗っており、ツバキをお姫様抱っこをして捕虜と議員が待機している場所へ向かう。歩いていては、空軍がやって来るのは目に見えているからだ。


「ニーアは大丈夫なのか?」


 ヒューマは戦闘が終わった事もあり、バイザーを開きっぱなしのままツバキに協力者の安否を問いた。ニーアが気絶しているのを知ったのは、キノナリ達の通信からだ。誰かに踏みつけられていた跡が見られる、キノナリは言っていた。恐らく、あの青色のギアスーツがやったのだろう。あの奇形のギアスーツは悠々と赤色のギアスーツと北上したのだから。


「大丈夫。肉体的に支障はないわ。無理に戦闘に入り込んだから、精神的に参ったのかも。今はカエデに見てもらってるから」

「……あいつのおかげで、事は上手く進んだ。感謝しきれない」

「なら、起きてから褒めてあげないとね」


 ツバキのその言葉にヒューマは薄く微笑んだ。ニーアの事はそれまでで、ツバキは今回の事件について語り始める。


「海賊……街に襲撃してまで世界機構の議員を狙った理由は何だったのかしら?」

「金だろう。奴らにとって、必要な物はそれぐらいしか思いつかない」

「まぁ、人質にして何かを交換条件で得ようとするのは簡単に思いつく事ね。でもそれなら、なんでこの街で襲ったのかしら? リスクを考えるなら、海上で襲った方が確実よね?」


 その疑問にヒューマは確かな違和感を覚えた。彼女の言う通り、今回の海賊が行った行動はあまりにもリスクがある。今回のように、ヒューマ達のような戦力が現れる可能性が大きいからだ。


「……海上には防衛隊がいるから」

「その防衛隊を簡単に潰せるのが海賊よ」

「……確かに」


 ツバキの言う通り。今回の海賊の行ったアルネイシアの占拠は、まったくもってメリットがないのだ。なぜ、自分達の首を絞めるかもしれない選択をするのか。ヒューマとツバキは理解に苦しんだが、相手はあくまで他者。結婚している二人でさえお互いを全てを解りきっているわけではないのだから、彼らの事が解るわけがない。

 邪魔のない道筋はスムーズに進み、ヒューマ達は数分で議員の乗った車の元へ辿り着いた。ヒューマは彼女をゆっくりと降ろし、彼もまたホバーを解除して、着地する。

 捕虜は相変わらず動けないようで、今は抵抗すらしていない。だが念には念をいれるため、ハッキングをしているルビィにはまだそのギアスーツに入ってもらってもらう。


「だがとりあえず、こちらの作戦はどうにかなった。奴らの目論み通りには進まなかったわけだ」

「……それなら良かったんだけどね」


 車を調べるツバキはとても気が悪そうな表情を浮かべた。まるで見たくもない者を見せられてしまったような、そんな表情をしていた。異常を察知したヒューマはそのツバキの視線の先に目を向けた。

 死んでいた。男が車の中で死んでいた。助手席に座るその男性は、額を撃ち抜かれており、絶望的な表情を浮かべ瞳孔が開いていた。即死。意識は確実にない。


「この男性は?」

「世界機構の議員じゃない。今回、ここへやって来た議員はアカルト・バーレーン議員よ。この人は……違う」


 ツバキの言葉に海賊にハメられた事を悟る。あの二機の動きにやっと納得がいった。向こうからすれば、ヒューマは罠に引っかかり、これ以上の追手がないと考えたのだろう。

 この時代の車には自動運転のシステムが搭載されている。だが、このシステムを利用する運転手は少ない。テルリの言葉を流用するならば、運転をしない車は車で非ずだ、との事である。

 だが、これを利用すればヒューマが駆け付けるまでに無人で運転が行える。ヒューマの呼びかけで動きを止めたのも、周りのカルゴに異常が発生したら止まるようにされていたのだ。海賊にそのような技術があるとは思えないが、ここでその議論は考えない方がいい。


「考えられるとしたら……連行部隊は二つあった。そしてこっちの部隊は……囮」

「納得がいった。だからあいつらは俺を無視して北上した。元々のギアスーツの数が変わっていたのも、それが原因か」


 海賊の作戦にまんまと引っかかったヒューマとツバキは苦い顔を浮かべる。作戦は失敗だった。確実に海賊にハメられた。ギリリっとヒューマの歯が鳴る。悔しさが、ただヒューマの中で渦巻いた。



     ◇◇◇◇



「作戦は成功したようだな」


 男は冷静にそう言った。余裕のあるその厳かな声音は、彼に面として向かっている、いかにも海賊の様な面立ちの男に負けない力のある声だった。


「はい。予定通りですよ。あんたの作戦通りだ」

「大衆には見せんとならんからな。世界機構の議員、それを上手く拉致できる海賊の実力をな」


 男は愉快そうに笑う。作戦を仕組んだその男の目論み通りになったのだから小気味がいいのは当然であった。海賊の面立ちを持つ黒い髭を生やした男は、そんな男と共に軽快に笑う。


「ここからが勝負だぞ、キャプテン」

「俺はあんたに従うだけだ大将。共にこの海を取りましょうぜ?」


 二人の男の計画の本領はここからであった。そして同時に、ヒューマ達の戦いも始まるのであった。

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