第13話:理由―Unskilled―

 駆け出したニーアはその勢いのままに右手のアサルトライフルを敵に目がけて連射する。牽制。これで仕留めるつもりなどなく、あくまでこれは次への攻撃の布石だ。

 だがそれが上手く行くわけがない。この攻撃によって多少の怯みや回避運動などをすると踏んでいたニーアだったが、レインは少しも動かずその攻撃を肉体で受け止める。だが怯む事はない。むしろそのままレインの持っていたアサルトライフルの銃口をニーアに向けてくる始末だ。

 このままソードによる近接戦闘に入る予定だったニーアは歯を強く噛み、前進するその肉体を無理矢理動かすために、右脚部のホバーの出力を爆発的に上昇させた。動きながら見えた右方に見えた路地に入り込むためだ。アサルトライフルの引き金から指を離し、銃弾に弾幕が終わると同時に肉体を宙で側転するかのように回転をしながら路地の方に入る。

 レインは動かない。引き鉄を引かない。銃口はニーアに向けたまま、ただ立っているだけだ。


「舐めて、いるのかッ!」

「いや」


 ニーアの怒号にレインはただ否定するだけ。ニーアはその態度に頭に血が送り込まれそうになるが、冷静に先程の射撃が効かない理由を探る事にする。

 アルカードの前面装甲には確かに銃に撃たれた跡があった。だが何か奇怪に感じた。ニーアはそれが自分の使っているカルゴにはない部分だと気づく。アークスタイプはカルゴタイプと違い装甲の配置が違う。カルゴタイプの例えば前面装甲を全身の装甲の内の三だとすると、アークスタイプは四なのだ。その分、動きが制限されるが装甲に厚い敵機に射撃が効かないのは当然の事であった。

 ニーアは苦い顔をヘルメットの中で見せる。アークスタイプの知識がないニーアにとって、敵はオリジナル機並みの性能に見えてしまう。だがそれは射撃戦に限ってだ。


「うぉぉぉおおおおッ!!」


 再び足を一歩前に出した。ウィングスラスターの出力を上げ、また前進をする。違うのはアサルトライフルを使っていない事だ。


「攻め方は単純。思考も一点しかない……」


 レインはそう言ってアサルトライフルを捨てた。それはブラフであった。いや、実際に弾は入っていたが、元からそれは使うつもりではなかった。あくまでニーアの本気を見るために使用した、飾りであった。


「あるのは気合と判断能力……悲しいかな。君が褒められるのはその判断能力だけだ」


 そう言ってレインの右手に内蔵してあるトンファーがスライドした。そして攻撃を受け止めていた箇所が折り畳まれ、それがレインの右手の持ち手となる。ヒートソードを受け止めたそれは、ただ熱への耐久力を向上させた耐熱装甲を加工したものであったが、ニーアはそれを知らない。


「クッ!!」


 それでも前に進むしかない。ニーアはアサルトライフル自体を投げつけて少しでもレインの気を惹かせようとしたが、それも無駄に終わる。

 ニーアはそれでも、と左手のヒートソードの引き金を引いた。熱が灯る。それが無駄でもあっても、ニーアの怒りと共にそのヒートソードは大きく横を薙ごうとした。


「愚行」


 デジャビュのようにトンファーで弾かれたヒートソードであったが、今度は強く握り締めて弾き飛ばされないように耐えた。ニーアはそのまま危険も承知でその場を反時計回りに回転し、振り返るようにレインを切り裂こうとするが、同じく耐熱用金属で出来たナイフで受け止められる。


「愚考ッ」


 切れると考えていたその攻撃を受け止めれられたニーアを、そのままレインは蹴り飛ばした。思ってもいない攻撃にニーアは受け身もとれずにうつ伏せの体勢で街路に激突する。衝撃を受けたヘルメットのヘッドディスプレイが歪む。

 それでもニーアは抵抗の意志を示そうと、歪む視界の中、うつ伏せから起き上がろうとする。


「愚抗だ」


 だが、その声がニーアの動きを止めさせる。ディスプレイが元に戻らない限り、後方のレインがどのようにしてニーアに手を出そうとしているか解らないから。解らないから動けない。

 困惑するニーアはそのまま背部の衝撃に再び街路と対面する。踏みつけられた、と理解するのに数秒のラグがあった。それほどニーアは深い絶望感に襲われていた。


「どうして……」

「ん?」

「どうして、ライフルを使わなかったんです?」


 ニーアは混乱する意識から思っていた疑問を口に出す。少し間の悪いその質問にレインは、んー、と少し唸り、ニーアを踏みつけながら軽い口調でそう言った。


「試していた。私の目に狂いはなかった。君は未熟で、そして愚か者であった。君に敗北を教えられて良かった」

「ッ――――な、に」


 ニーアはその言葉に驚いていた。まるでスパルタの教師のように、この男はニーアに敗北を教えるために戦ったというのだ。実際、敗北した。それこそ実力の差を見せつけられるかのように。

 レインはただ淡々と自分を語る。


「私は元々ギアスーツの教導官でね。未熟者がいるとすぐに手を出してしまう」

「それで、僕を――――」

「そうだね、私は嬉々として君に近づいた。警告を言うために」


 レインはニーアを踏みつけながら、ゆっくりと彼の耳元に近づいて一言、そう言った。その感情も感じない、ただ真意を伝えるためだけの声はニーアの心に響く。


「未熟者は戦場に出るな」


 その言葉にニーアは何度目かの激しい怒号に襲われた、今度は抵抗もできないからその怒りはどこにもぶつける事も叶わないが、その怒りはニーアの思考を更に混乱させる。

 自分は、戦いたくはなかった。海賊で戦わせられていて、今度は自分の意志で出てきたがそれはカエデが泣いていたからで。言い訳のようにその思いがツラツラと流れてくる。未熟者だって百の承知だ。それでも、戦いに出たら少女が泣くのを止めてくれると信じていたから。


「君は戦う理由があるか? 君を戦場へ誘った、その理由があるか?」

「……女の子が泣いていた。だから、僕は――――」

「一時の感情に流された。命を戦場に投げ出すのは誰にだってできる事だ。君は、本当の意味での、戦場で命を懸ける覚悟も理由もない」


 少女を救いたい、その思いすら一時の感情でしかない。レインは冷静に、ニーアにそう言い切った。毒を吐くそのレインに怒りを超えた憎しみを覚え始めていたニーアであったが、レインの言葉が頭に染み込むと少しずつその憎しみが悲しみに変わっていった。

 戦場で命を懸ける理由。レインはニーアのそれがあまりにもちっぽけだと言っているのだ。ニーアは反抗できなかった。これまで使役されてきたニーアにとって、自分の意志で戦う事ですら初めてであったのに、その理由を否定されたらニーアは何も残っていない。怒りも、結局は霧散する。


「さようならだ。もう戦場に出るな。戦場で散らす命は、誇り高い方がいい」

「ぐぉっ!?」


 レインはそう捨てるように言い、ニーアを強く足蹴にしてその場を去る。衝撃で歪んだディスプレイが直ってきたが、今度は意識が飛び始めるニーアは、必死に否定したレインに手を伸ばそうとする。


「僕、は――――僕は―――――ッ!!」


 間違っちゃいない、と言いたいがために。その理由のなき根拠が間違いだと知らずに。そこでニーアの意識は閉じた。死んだわけではない。だが脳で戦場を、戦いを、感情を全て理解していたニーアにとって、身体は限界であったのだ。

 気絶した。ニーアの意識は闇に落ちる。またあの虚空の心象風景を観なければならない。虚ろなあの頃の、蒼海を見つめるしかない。ニーアは闇に落ちながら海賊時代の鬱憤とした気持ちをぶり返していた。

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