第12話:決闘―Status―
「早い……全然追いつかない」
ニーアは苦渋の表情を浮かべ言葉を漏らした。南方の地区はヒューマの仲間であるキノナリに任せたので、ニーアは急いでヒューマの後を追っていたがそのヒューマの速度に驚きを覚えていた。
ニーアは知り得ない話だが、ヒューマの機体はカルゴタイプのように量産された機体ではない。ツバキ・シナプスが直々に開発した試作機、その系譜の機体だ。だからこそ安定性を求められたカルゴタイプにはなし得ない加速力を有するし、最高速度にも達する。
とはいえ、試作機と量産機では元来なら後者の方が高性能なのである。だがツバキが開発した試作機は、ツバキが独自に作り出した理論を基にして作った規格外の機体であった。その系譜であるブロード・レイドは、量産できない試作段階の技術が大量に投入されている。加えて、カルゴタイプはツバキだけでなく別の技術者が関わっている。ツバキが作り出すロマン染みた思想はカルゴにはあまり反映されていないため、結果的にブロード・レイドはカルゴタイプよりもは性能が良い。
勿論、それを扱う使用者の技術によってその性能差など覆るものだが、ニーアにはそこまでの思考はない。彼は目の前でどんどん伸びるヒューマとの距離に焦っていた。
「僕の思い違いか……」
ニーアがこれまで戦闘してきた機体はカルゴタイプだけだ。その中には独自にカスタムしていた機体もあったが、それでもカルゴタイプの域を出る事はほとんどない。ニーアが思い違いしてしまうのも仕方がないだろう。彼はあまりにも無知なのだ。
「ん――――止まった?」
ニーアはディスプレイに映るヒューマの動きが停滞した事に気づく。ヒューマが世界機構の議員を連行している部隊を捕えたのか、それとも足を止めるほど敵に遭遇したのか……判別はつかない。だが少なくとも、これはチャンスだ。
そう思いニーアは背部のウィングスラスターの出力を上げようとする。だが一瞬、直感が感じたその殺意に意識が行ったニーアは、咄嗟に右手に持っていたアサルトライフルを捨て、左腰のヒートソードを引き抜いてその衝撃に備えた。
「ぐっ!?」
見えなかった。いや、ニーアの視界にそれが入っていなかっただけだったのかもしれない。とにかく、それが前方からやってきて、そのままニーアを襲いかかった事だけは認識できた。ニーアが使用するヒートソードと同型のヒートソードで、ニーアを切り裂こうとしたのだ。
だがニーアの反応は正しかった。ニーアの直感が引き抜いたヒートソードは攻撃したそのヒートソードを受け止めきれていた。
「反応速度、判断能力は良いか」
それはそう言った。ニーアはその声にハッとしたが、遅い。目の前の機体は右手で使用していたヒートソードを廃棄し、脚部のホバーと背部のポッドブースターでニーアの後方へ跳んだ。ニーアの上を、新体操の選手のように回転し、ゆっくりと着地した。
ニーアはその着陸の瞬間に反応しようとホバーを利用し回転。その勢いのままヒートソードで攻撃しようとしたが、その攻撃も受け止められてしまう。今度受け止めたのは。その青と黒が基調のカルゴの右腕、そこに搭載されていたトンファー状のパーツであった。腕を曲げ、九十度にしたその腕を目がけてニーアのヒートソードは叩きつけたのだ。だが、金属であるそれがヒートソードの熱に打ち勝つはずがない。そうであるはずなのに、ヒートソードが熱を灯してもそのトンファーを切り裂けない。
「少しばかり自分の知識に当てはめすぎている。異常事態、状況を理解する能力はあるが、それに臨機応変に対応する能力に欠けている、という感じか」
「何を――――」
「君のステータスだ。敵を計る、という行為は私の癖でね」
そう言いながら敵は攻撃を受け止めながらヘルメットのバイザーを開いた。戦っている最中であるのに、眼前のその機体の主はその顔を公にしたのだ。
整った顔であった。男で、見える眉毛からこの男の地毛は金髪であることが窺える。またその目は碧眼で、あまり人の顔に詳しくないニーアであっても綺麗な人だと思ってしまう。その、右目を塞ぐ縦に裂かれた古傷が無ければ。
「君の顔も見せてほしい。なに、ただ単に、戦う相手を知りたいだけだ。好奇心だよ」
「…………」
「警戒心が強いようだね。解った、ではこうしよう」
そう言って、受け止めていた右腕を力任せに振り、ニーアの持っていたヒートソードを弾き飛ばした。この男は、ニーアを試してたのだ。いつでもその攻撃を振り払う事は出来た。それを見せられたニーアは、退き下がりながら唇を噛む。
碧眼の男は、腕を組み、まるで自分が何もできないように見せかける。あくまで、ニーアの顔を拝むつもりだ。それが挑発か、それとも舐めているだけか。どちらにせよ、ニーアは悔しさもあって相手の要望に応えるために、ヘルメットのバイザーを開けた。
風がぶわっと蒸れている顔に吹き当る。額に溜まっていた汗が冷えゆく中、その表情を見た碧眼の男は納得したかのような表情を浮かべる。
「子供か。なるほど、あの未熟な動きにも納得がいく。未成熟ならば、ギアスーツの性能を活かせないのは必然であり当然だろう」
「……もういいですか。僕は前に進まないといけない」
「いいや。お互い顔を合わせたのだ。次は自己紹介だ」
ニーアの問いかけに対し、あくまでマイペースにその男はそう言った。完全にこの男のペースであった。
「私の名前はレイン・カザフ。生まれはイギリス。育ちはアメリカ。名前は偽名。現在は傭兵で、元はしがない軍人であった」
「軍人……」
その言葉にニーアはびくりとする。海賊という非合法で軍に仇成す組織に元軍人がいる事。そして何より、自分が今、相対している敵が軍人であるという事実がニーアに警戒心を強める。
「愛機の名前はアルカード。現在は雇われている」
その愛機、青と黒の機体、アルカードはニーアの目から見ても奇怪な機体であった。左右非対称。これはヒューマのブロード・レイドでも言える事だが、それはあくまで武装が違うからそうであるだけであって、アルカードは装甲自体が違う。カラーリングさえ整えられているが、左の装甲が見知ったカルゴの装甲に対し、右の装甲はニーアの知らないタイプ、アークスの装甲にとても酷似しているものであった。
加えて脚部も異常であった。右の脚部に対し、左の脚部の方が若干だが長い。そのせいでバランスは劣悪。戦闘時、移動時こそホバーを使用するとはいえ、安定性が絶対的に欠けている機体だと言える。
この人は一体、何を考えてこの機体を使用しているのか。ニーアはその好奇心に気づいたが、今は戦闘中だと思い、それをすぐさま捨てる。
「さて、今度は君だ」
「……言わないといけないんですか?」
「あぁ。私は相手を知って戦いたい。特にこの目で留まった相手の、ね」
レインがそう言うのでニーアは意固地になるのを止める。こういう人は面倒な人だと感じたから。ニーアは面倒くさそうに、自分の事を話す。教えても構わないだろう。そう思ったからだ。
「名前はニーア・ネルソン。どこ生まれなのか知らない。海賊で育ったから。名前も正しいかなんて知らない」
「ほうほう。それで?」
「こいつの名前はない。ただのカルゴ」
「それは寂しいな。だが仕方がない。名前がないなら無理に聞く必要もないからな」
そう言ってレインは腕を組むのを止めた。そして右脚部にあったアタッチメントに強引に接着させられていたアサルトライフルを右手に、左腕はその装甲に折り畳み、刃を隠すように内蔵してあったナイフを展開し刃を露出させた。
臨戦態勢。それを理解したニーアは補充しておいた右脚部のアサルトライフルを抜き、左手には右腰に差しておいたヒートソードを持つ。
目の前の元軍人は強い。だが戦わない死ぬのは必定。だから抗う。抗い死にかけたら逃げる。そのつもりで挑む。
「決闘をしよう。殺し合いではなく、決闘だ」
「決闘?」
「そう。だが殺すつもりで来たまえ。そうでなければ、君は私に一矢も報えない」
その言葉にカチンとくる。やはり舐められている。明らかな挑発に乗るのは癪だが、それでもこの男に一泡吹かせないと気が済まない。一矢を報いてやる、そう決意したニーアは開いていたバイザーを閉じ、ディスプレイに移っているライフルの斬弾数、ヒートソードの使用時間などを確認し、バイザー越しに敵を睨んだ。
レインはバイザーを閉めず、構える。バイザーを閉じる必要などない、と語るかのように。
ニーアはグゥッとライフルとソードを強く握り、ウィングスラスターを最大出力で噴射し駆け出した。
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