第11話:強者―Berserker―

 海賊。数十機のギアスーツによって編成されたその組織は決して連携の取れているとは言えない。いや、海賊という組織自体が優秀な指揮官など望めるわけがなく、普通ならば各々の意志で敵を排除するという戦いをするはずだ。

 だがそれは、あくまで通常の非政府組織への見解なのである。実際、ニーアが戦闘した敵はお粗末ながらも連携を取ってきた。大きな戦いから十年も経つこの時代に限って、その考え方は当てはまらないのだ。ましてや世界機構が軍縮を図っているここ数年に、非政府組織に優秀な指揮官がいないという考えは間違いなのである。

 軍縮によって正規軍から外された人間が多いのは事実である。傭兵崩れのほとんどがそれだと言っても過言ではないのだ。ヒューマも、グレイも、キノナリもそうなのである。だから、彼らが戦時に主導した博士、ツバキ・シナプスの私兵団、TPAツバキパーソナルアーミーズに入団したのと同じように。傭兵として非政府組織に加入する元軍人も多い。

 それが海賊とて例外ではない。事実、世界機構の議員を連行している部隊を指揮している二人の傭兵は元軍人であった。一機は装甲のほとんどに傷が残っており鞭打たれた死刑囚かと思うほど痛々しい姿をしている赤黒いカルゴで、もう一機は新品かと思うほど綺麗な装甲に対して左右非対称で明らかにアンバランスである青黒いカルゴであった。いや、後者はもしかしたらカルゴタイプの一つ前の世代、最初に正式に量産が決定されたギアスーツ、アークスタイプなのかもしれない。機体識別に役立つヘルメットこそカルゴタイプだが、使用されている装甲などはアークスタイプも混じっているように感じられる。

 赤黒いカルゴの主は、連行部隊が確実に船へ移動している様子を後方で窺いながら、隣で更に後方を見つめている青黒いカルゴの主に話しかける。


「どうした? 早く来い」

「いや、不思議な動きをするギアスーツが何機かいる。一機は迷いがない。一機は未熟。一機は港で待機している。どうやら先の二機はこちらへ向かっているようだ」


 青黒いカルゴはディスプレイに映る遠方の二機を見つめた。一機は高速でこちらに近づいている。単騎特攻に見えるが、少なくともその卓越した動きから解るように愚か者ではないようだ。

 対して、もう一機。青黒いカルゴが未熟と称したそのギアスーツは、その特攻するギアスーツを追うように動いていた。速度こそ前者のギアスーツと比べては遅いが、だがそれでもこちらへ向かう意志は感じられる。こちらは愚か者であった。


「ふぅん……。敵対勢力かよ。どうにもお前の教導した海賊は、さして役に立たなかったらしい」

「悲しいがその通りだ。彼らには見込みがなかった。それだけの事だ」


 赤黒いカルゴの厳しい批判に青黒いカルゴはさして傷ついていないように返す。彼にとって、教導した兵士は結果を残さなければ意味のない組織の歯車でしかない。

 だがこの状況は大変厄介である。何せ、こちらは確保対象である世界機構の議員を連行させている。それらを護りながら戦うなど愚の骨頂。青黒いカルゴは赤黒いカルゴに当然の提案をする。


「迎撃する。お前はどちらがいい?」

「強い奴だ。お前は弱い方をやれ、優男」

「承知した。元よりそのつもりだったよ」


 食えない奴だ、と赤黒いカルゴは悪態を吐いて青黒いカルゴと共に後方へ行く。連行部隊は放っておいていいだろうと考えたからだ。それほど、赤黒いカルゴは余裕を持っていた。



     ◇◇◇◇



 大きな路地に出た事によってヒューマは更にスラスターを利用して高速移動を開始する。ここから北上すれば少なくとも北の港に待ち構える敵の船と相対する事が出来る。

 近寄る敵は無視をする。だが中央を超えた辺りから、その手を敵は極端に減った。配置されていないのか、それとも何らかの理由で撤退したのか。その場合、敵は作戦を遂行しつつある可能性がある。

 急がなければ。だがその思考を裏切る反応が前方から現れる。


「――――」

「来るかッ!」


 前方に意識を集中したヒューマは戦闘モードのみを起動させて敵と対峙しようとする。高速で近づく敵とヒューマ。敵は二機で青と赤。一瞬の交差で決着をつけようとするヒューマであったが、その思惑は大きく外れる事となる。


「なにッ――――」


 一機がヒューマの視線から消えた。いや、飛んだのだ。背部にあるポッドブースターで地面を蹴るようにジャンプをする。青のギアスーツがヒューマの頭上を越えてその先へ行く。

 ヒューマは背後にいるはずであるニーアの事が頭に少し過ぎったが、その思考は相棒の声と次なる交差によって忘れさせられる事となる。


「ぅっしゃぁぁぁぁあああああッ!!」

「な――――」


 その鉄盤のような二振りの大剣と強烈な奇声がヒューマを襲いかかった。ヒューマは思わず右腕のヒートブレイドで受け止めるが、二振りのうちの一振りが逃げられてしまう。再び振り被ったその一振りの大剣に、ヒューマは無理を承知で脚部ホバーと肩部バーニア、そして腰のバインダーを展開させ大地を噴きつけた。

 勢いよく宙を回転する。サッカーのオーバーヘッドキックの要領で、左脚部でその大剣を受け止めようとする。だが通常の脚部は確かに装甲として成っているが、それでもホバー機能を搭載されている事によって精密で脆弱である。だからこの判断は最良ではなかった――――通常、であれば。


「ほぉ……」


 思わず敵対した赤いギアスーツは言葉を漏らす。己が振りかざした左手の大剣を吹き飛ばされたからだ。そうしてか。それは目の前の黒いギアスーツの脚部に内蔵していたそれがそうしたのだから。

 仕込み刃。元来、空中戦を可能としたコンセプトであるブロード・レイドは腕部だけでなく脚部もまた武器となり得る。足裏から突き出た短いながらしっかりとした刃が、男の大剣を弾き飛ばしたのだ。

 ヒューマは態勢の状況の悪さを察し、そのまま一度後方へ回転をしながら降り立った。仕込み刃は決して協力ではないが、油断した相手には有効となる一撃必殺を前提とした武器だ。だからこそ、それを見せてしまったこの敵にはこの武器はさして有効ではなくなってしまった。


「思った以上にやる奴だ……戦場には、こういう楽しい奴がいるからなぁ」

「何ッ?」


 ヒートブレイドを構えながら次の動きを読もうとしていたヒューマに、目の前の赤いギアスーツは話しかけてきた。その声には嬉々としたものがあり、何か狂気じみた物を感じた。


「てめぇ、最近、戦場を練り歩く例の黒いギアスーツだろ? 死神とか言われている」

「知らないな。二つ名に興味はない」

「こっちはあるんだよなぁ。その右腕にある大型のシールド、そして内蔵しているヒートブレイド。俺にとっては見過ごせないものでねぇ」


 そう言いながら、腰に差していたもう一振りの大剣を握る赤いギアスーツ。ヒューマ自身は知覚していない私怨を持っているその男は、やはりヒューマとしてはよく解らない人物であった。

 その赤黒い、まるで血が固まってしまったかのような色合いをした傷だらけのギアスーツは、一目見ればその悲惨さで忘れるはずがない。ここまで修理もされていない、装甲はボロボロのギアスーツを運用しているなど、普通はあり得ない。

 世界機能の軍縮によって技術屋も多くは解雇された。だからギアスーツを直す技術屋は世界中でごまんといるはずだ。なのになぜ、この男はそれをしないのか。


RRダブルアール……ギアスーツ乗りなら知らん名ではないだろう?」

「ッ!?」

「良い反応だぁ。お前のその姿、その武器はそれに酷似している。あの、英雄、化け物にィっ!!」


 赤いギアスーツが動き出した。咄嗟にヒューマも動く。握り直された二振りの大剣で今度は同時に攻撃を仕掛けてくる。ヒューマは右腕のヒートブレイドでその二振りの攻撃を受け止める。反動は強いが、コアスーツで守られたヒューマの肉体に支障はない。


「お前は、RRか? あの英雄か? 俺が十年前に見た、あの、化け物かァッ!?」

「答える、義理はないッ!!」


 男の問いかけにヒューマは意地となりそう答え、右腕のヒートブレイドのシールドで隠されていた取っ手を引き抜いた。同時にヒートブレイドに命が宿ったかのように熱を持ち始め、受け止めている鉄盤から蒸気が出てくる。

 そして、同時に、容易くそれを切り裂いた。点火されたヒートブレイドはくぐもった音を出しながら敵を威圧する。


「いいぜ……どちらにせよ、てめぇを殺せばハッキリ解る、化け物かァッ! 紛い物かをなァッ!!」


 そう言って、赤いギアスーツは腕部の装甲に隠されていた先程とは違い正規のヒートブレイドを取り出しながら接近する。ヒューマは、それに熱を持って抵抗した。

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