第10話:電子戦―Reinforcement―

 その男の目にはそれは点に見えた。目的地、人工島アルネイシア。現在、戦場となっている地域だ。そこで仲間が戦っている。歳は同じぐらいで、出会った当初は未熟者だと蔑んでいたが、尊敬する人間が同じ事もあって徐々に頼れる仲間として認めていったあいつが、何十人もの敵を相手に戦っているのだ。

 いつもは感情を必要以上には表に出さないグレイだったが、ヘルメットの中で思わず微笑んだ。共に同じ戦場で戦うのは数年ぶりだ。同じ傭兵紛いであったというのに、同じ戦場で戦う事はなかった。敵であれば是非とも命を懸けた戦いをしたかったが、今回も味方であるのだ。全力で援護する。


「キノ。索敵やれるか」

「待って。哨戒ポッドへの介入まで……3……2……1……スタート」


 キノナリの黄色のギアスーツは、背部のレドームを起動させながらグレイより数十メートル先で独自のシステムを起動させていた。T2ティーツーとも称される黄色のギアスーツは、タイガー・トパーズという名前であったカルゴタイプである。電子戦特化型、というコンセプトで作られた本機は、対人戦でその本領を発揮する。

 独自システムであるネットワーク介入システムは、浮遊する哨戒ポッド、敵ギアスーツのOSにハッキングできるシステムの事だ。効果範囲こそ制限があるが、このシステムを使い、彼女は浮遊していた敵が使用したとされる哨戒ポッドにハッキングをする。


「……敵機二機。スナイパ―タイプ。ハッキングにまだ気づいていない。こちらにも気づいていない」

「了解。位置情報をくれ」

「うん」


 哨戒ポッドを介してアルネイシアで陣取っているスナイパータイプのコアに干渉したキノナリは、その情報をグレイに転送した。キノナリはそのまま前進をする。グレイがやる事は、まだキノナリを前進させる必要がある。

 グレイは海上を移動しながら情報に合わせて狙撃銃を構える。そのスナイパ―ライフルは彼専用に作られた物だが、この時代では量産されているスナイパ―ライフルと比べては毛の生えた程度の性能だ。だが、そこにグレイの卓越した技能と冷静さが合わされば、それは必殺の兵器に変わる。

 位置情報。空気の移動による銃弾の軌跡の変動。反動による多少の銃口補正のズレ。それらを全て把握し、グレイはスナイパ―ライフルにあるスコープを覗く。街は見えたが、それでもまだ鮮明ではない。霞んだその視界は、それでもグレイの引き金を引かせるには十分だった。


「――――ッ」


 銃撃音。海上を響き渡るその弾丸は、空気を裂いて微かに右方へ曲がりながら進んだ。



     ◇◇◇◇



 銃撃音。それが聞こえた瞬間、もう一機、先程撃ち殺されたスナイパ―にニーアを任せ、海を警戒していたスナイパ―タイプのカルゴが絶叫すら上げずに死んだ。その光景を見ていたニーアはその銃声の先を見たが、ニーアのカルゴのディスプレイでは機体を確認できなかった。

 だが少なくとも、その射撃がまぐれではない事は理解した。そして現状、それがニーアにとっては都合のいい援護射撃である事だ。


「よく、解らないけどぉッ!」


 そう言いながらニーアは地上にいるカルゴを銃で撃ち、接近した敵はヒートソードで切り裂いていた。たとえ武器が壊れても、同型の武器を扱う海賊の武器を奪えばいいので、武器を失う事はない。ニーアはヒートソードですら投擲武器として使い、確実に一機ずつ殺していった。

 一人殺せば、あとは胸を痛める程度で済んでしまう。恐ろしい思考だとニーアは感じるが、それでも生きるためならば仕方がないと割り切る。少しでも手を止めてしまえば、殺されるのは自分なのだから。


「はぁ……はぁ……」


 息を荒げる。ずっと動いているから呼吸が収まる時がない。心臓はバクバクとずっと脳に血液を送っている。目まぐるしく動く戦場の情報を受け取っているのだから、頭はそれを取捨選択をし続けている。

 また銃声が聞こえた。これで港で陣取っていたスナイパ―タイプはいなくなった。その事を理解したニーアは思わず気を緩めてしまう。

 それが油断であった。背後から忍び寄るその一機の反応に気づいたのは、敵がこっちを完全に捉えたその時であった。


「ぐっ!?」


 ヒートソードを二振り握ったそのカルゴに攻撃をしようと思考するが遅い。現在、右手に持っているヒートソードだけじゃ受け止める事は叶わない。左手のアサルトライフルも破壊されるのが目に見えている。

 万事休すか。ニーアはなけなしのスラスター噴射でどうにか逃げようとするが、確実に背中は切られる。ほんの少し前に進んだニーアは、その痛みに耐えようと歯を食いしばった――――


「なにッ!?」


 だが、その攻撃が届く前にニーアを切ろうとした男の異常を感じた声が聞こえ、攻撃はニーアの背部を捉えずに空を切った。何が起こったか理解できていないニーアだったが、その隙を理解し急旋回をしてそのカルゴをヒートソードを切りつけて殺した。

 同時に、周りにいる他のカルゴ達が喚き始める。


「なんだっ!?」

「目が見えん。身体も動かん!?」


「な、なんなんだ……?」


 ニーアは思わず驚いて動きを止める。ニーアは計り知れない事だが、キノナリが哨戒ポッドからここ周辺の海賊のギアスーツの通信ネットワークを介してハッキングを仕掛けたのだ。ディスプレイを閉ざし、パワーローダーのシステムを止めた。OSの強制終了を外部から操作する事によって一時的なシステムダウンを起こしたのだ。

 ある男が、この異常を察する。


「違う! ハッキングだ! 再起動をかけ――――」


 男の言い分は間違っていなかったが、男は全てを言い終える前に殺された。また狙撃かと思えば、今度は違った。ライフル。しかし、それはボルトアクションライフルと呼ばれるタイプのライフルであった。そしてそれを扱う機体が海に立っていた。

 黄色と白のギアスーツ。小柄だが、その形状はカルゴに似て非なる姿をしている。脚部や肩部などはカルゴの物であるがヘルメット、胴体部分の装甲は違い装甲が厚いように感じる。そして何より、その背部の円盤の部分が目立っている。

 それが先程から目を潰されたと喚いているカルゴを撃ち殺していた。冷静な射撃だったが、先程の狙撃と違う気がした。肉眼では把握できない距離からの狙撃をしていたはずなのに、ここまで近づく必要はないからだ。


「そこの君。味方? その赤十字、僕達の仲間の博士の趣味の悪いマーキングに酷似してるんだけど」


 突然呼びかけられたニーアは一瞬、それが自分だとは解らなかった。だがすぐにツバキによって赤い十字を描かれていた事を思い出し、対象が自分だと理解する。


「え、あ、ツバキさんの、事ですか?」

「そうだよ。どうやら敵対してたようだから銃口は向けなかったけど、正解だったようだね」


 そう言ってそのギアスーツ――――キノナリは海の上から人工島に踏み込み、そしてニーアの横に並び立つ。ニーアと同じぐらいの背丈だ。ニーアはそこまで体は大きくはない。だからその姿から自分と同じ年頃なのかな、と勝手に考えていた。


「ヒューマは?」

「ヒューマさんは、連行されている人を助けに行くって……北へ」


 そうニーアが答えるとキノナリは申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「そう……僕は相方の上陸を待たないといけないから、北へは行けない」

「……どれぐらいかかりそうですか?」

「あと十分かな」


 最悪の場合を考えると、その十分でヒューマがピンチに陥る可能性がある。東の敵の数は少なくなったが、それでも全滅とは言えない。その少ない敵が急いだヒューマを攻めたら、ヒューマの思い通りにはいかなくなるかもしれない。

 それに、ヒューマだって無敵ではないのだ。あの人も人間なんだから、とニーアはカエデを思い出し決意を固める。


「黄色のギアスーツさん。僕はヒューマさんを追います。邪魔にはならないはずです」

「そうだといいけど……あ、僕の名前はキノナリだよ。たぶんこの戦いが終わればまた会うだろうから、君の名前も教えてよ」


 ニーアはその希望と未来を感じる言葉が嬉しかった。また会える、その言葉がどんなに美しい言葉か、ニーアは知らなかった。

 だからこそキノナリに、自分の名前という希望を残していく。


「僕の名前はニーアです。キノナリさん。また会いましょう」


 そう言ってニーアは駆け出した。ヒューマと別れてまだ十分ぐらいだ。急げばまだ間に合うだろう。

 ニーアは道すがら武器を回収しながらヒューマを追った。その動きを別のギアスーツが見ている事も知らずに。

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