第9話:親―Mercenary―
「どうして戦場へ来た?」
手を差し伸べながら、ニーアにそう問いかけるヒューマの声は明らかに怒りが含まれていた。表情はヘルメットを被っているために見えやしないが、ニーアでも理解できるほどの怒りを表した表情だろう。
当然だ。ヒューマは来るな、と警告した。当時のニーアは来るつもりなんてなかったが、状況が変わったので来てしまった。ヒューマはそれを見越して警告したのだろう。彼の考えていた最悪な状況をニーアは実現してしまったのだ。
「どうしてここへ来たって聞いているんだ!」
「……カエデちゃんが、泣いていたから」
そう答えるしかない。それだけの理由でここへ来たのだ。実際はそれに加えて、マリーが重なったからだが、これをヒューマに教えてもどうしようもない。
ヒューマはそう言ったニーアをしばらく見つめ、大きな溜め息を吐いた。
「まったく……それだけの理由でここへ来たというのなら、お前は相当の馬鹿なのかもしれないな」
「そ、そんな事言われても」
「褒めてんだよ。一人の親としてはな」
そう言ってニーアの腕を握って強制的に起き上がらせる。
「い、痛いですって!」
「だが、傭兵としてはナンセンスだ。この痛みは、その罰として受け取っとけ」
軽く腕を痛めたニーアは握られた右腕を回して調子を整える。今ばかりはヒューマがお茶目に見える。もしかしたら、ある意味ではこれこそがヒューマの本性なのかもしれない。
ヒューマは周囲の警戒を相棒に任せ、ニーアの様子を見る。戦場に慣れているのか、常人よりは怯えが少なく見える。と言うよりは、それがあまり表に出ないのかもしれない。
「とりあえず、お前の馬鹿さ加減は解った。傭兵としては帰れ、と言いたいが、娘の事を出されたら何も言えない」
「ヒューマさん……」
「だが、戦場へ来たなら覚悟するんだぞ。慣れているようだが、死んだら意味がない」
ヒューマがニーアの事を考えてくれている事を理解したニーアはちょっとだけ警戒を解く。ここで戦う事を認めてくれた。少なくとも、これでカエデの涙を治まれば嬉しい。
「西港地区の敵は大体は片付けられたか。東港地区には少し手を出したが、向こうは数が少ないようだ」
「そうなんですか。これからどうします?」
「俺は連行されている世界機構の人間を救出する。ニーアは東港地区に攻撃を仕掛けてほしい」
そのヒューマの一言に思わず慄いてしまいそうになるが、ここで狼狽えてしまうと折角認めてもらった事が無駄になってしまう。ニーアは喉元から出てくる弱音を飲み込んで、代わりに先程から思っていた疑問を口に出す。
「そう言えば、さっきは何をしたんです? ディスプレイを消せって」
「閃光弾だよ。お前を狙った連中は誰一人、俺に気づいていなかった。だから結果的に忠告を受け取ったお前以外は閃光弾で目を潰された。後はそこを切り裂いてやったのさ」
そう言って鮮血に染まった大きな刃を見せる。生々しく血が垂れるそれは、即ち一度も熱を灯していない証拠だった。ヒート系統の武器は元々、金属に対して切れ味を増すために加えられた機能だ。これによってたとえ小型のナイフであっても金属を裂く事が容易になったのだが、ヒューマの使用している大型のヒートブレイド、ルベーノはその常識すら切り裂くらしい。大型ゆえに、その重量だけで敵を斬り潰しているのだ。
確かにヒート武装の弱点は、一度熱を灯すと武器の劣化が激しくなるため、カルゴのヒートソードことスカルヴォはその鞘に冷却装置があり、無理矢理に冷却し再利用できるようにしている。なのでヒューマの使い方は間違ってはいないが、中々に野蛮な戦い方だ。
「さて、作戦会議は終了だ。しばらくしたら俺の仲間もやって来る。それまで持ち堪えてくれるか?」
「解りました。いきます!」
その言葉と一緒に二人は別の方向へ向かう。ヒューマは北へ。ニーアは東へ。黒と赤十字は、互いを信頼し自分達の向かう道へ行くのだった。
◇◇◇◇
とは言え、ニーアだって不安があるわけで。実際、ニーアに弱点があるとすれば多人数との戦いに慣れていない事だ。これまで戦闘をしたとしても正当防衛時ぐらいしか対応をしてこなかった事もあって、個人に対しては上手く立ち回れるが、多人数戦には苦戦する。
「くっ!?」
何より、市街地での戦いがニーアを苦しめる。海上戦では障害物はほとんどなかったため、戦闘への支障はなかったが、市街地は大きさ、高さの異なる建築物があるせいで戦闘が難しくなる。
高低差のある戦闘はニーアにとっては厳しい戦いとなる。前方に一機、建築物の上に乗っている機体が一機。加えて先程からこちらを狙っている事がありありと解る、スナイパ―タイプのカルゴがいるせいで、敵を一機仕留めるだけでも苦労する。
「だぁぁぁああああっ!!」
それでも、ニーアは退かずに果敢に攻め込んだ。どちらにせよスナイパ―によって動き回らなければ狙い撃たれる。それに建築物の上のカルゴは持っている武器がアサルトライフルのフンド204なので、攻撃力を考えると大した事はない。
そこまでの思考をしたニーアは、アサルトライフルを連射させながら前方の一機に攻め込む。前方の一機はそれに応じて建築物に隠れながら、その建築物の窓からニーアを落とそうとアサルトライフルで撃ってくる。
「飛べッ!」
その射撃に、ニーアは建築物の頑丈な壁をホバーを利用して左足で蹴った。瞬間、ホバーの噴射が集中した左足はその勢いで肉体を右方向に上昇させる。これによって窓を使って攻撃していた地上のカルゴは攻撃が届かなくなった。そして、その上昇した勢いのまま、ニーアは目の前にいる建築物に乗っていたカルゴにアサルトライフルを連射する。
上手く頭部にヒットしたのか、ヘルメットを貫通して建築物の上のカルゴを撃ち殺したニーアはそのまま、建築物の上に乗って地上のカルゴに弾丸の少なくなったアサルトライフルをぶつけた。そしてその投擲で隙を作っている間に両脚部の同型のライフルに持ち替えて、二丁同時に銃弾を発射。地上のカルゴをハチの巣にした。
だが――――
「ぐっ!?」
ディスプレイに警告のマークが出る。スナイパ―を倒さず、建築物の上に乗ったのがミステイクだった。地上のカルゴを倒す事に拘ってしまったばかりに、自ら大きな隙を作ってしまった。スナイパ―の銃口が完全にこちらを捉えている。ニーアが次の行動をとる前に撃ち殺される。
死が目の前に近づくと動きが遅くなるように感じる、とマリーから教えてもらった事を思い出したニーアは、それこそ本当に死んでしまうかもしれないと感じた。何せそれが今なのだから。ニーアは、それでも敵を強く睨んだ。それは確かに、諦めないニーアの強さだった。
だから――――その銃弾は届いたのかもしれない。
「ぐがッ!?」
「ッ!?」
スナイパ―はそのまま市街地の中に落ちていった。何が起こったかニーアは理解できていなかった。少なくとも、自分が助かったという事だけが今のニーアが得られる情報だった。
◇◇◇◇
その音は海上に確かに響き渡った。銃声。だがその狙撃銃――――ヴァルポの改造品で銃身が更に長い、ヴァルポ・フォートと呼ばれる狙撃銃――――を構えた深緑色のギアスーツが向けた銃口の先はまだ海しか見えない。厳密には目的地は見えない事はないが、肉眼ではまだ点でしか見えない。
同伴していた黄色と白のギアスーツは、突然の狙撃をした相方に疑問を投げかける。
「どうしたの?」
「試射した。調子がいい」
「……知らないよ。これでヒューマが当たっても」
小さく溜め息を吐く女性の声がした黄色のギアスーツに対して、低い男性の声がした深緑色のギアスーツは大丈夫だろうと楽観的な事を言う。口にはしないが、彼が放った射撃は少なくとも誰かには当たったが、彼はヒューマがそれを避けられると信頼していた。
そんな調子の相方に、黄色のギアスーツの女性は背部のコアに直接接続されているレドームを起動させる。ブゥゥゥン、という小さい唸り音が聞こえた。
「急ぐよ、グレイ。僕達が急がないと」
「解っている。行くぞ、キノ」
二人は着々と近づいていた。ヒューマの仲間、狙撃手グレイと、電子戦のキノナリが確かにアルネイシアに近づいていた。
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