第8話:救援―Voice―
蒼海へ飛び出たニーアの最初の感想は、綺麗というよりも動きやすいという肉体的感覚であった。ツバキが調整してくれたおかげだろう。OSは以前よりもきびきびとハッキリ映るし、内部フレームはこれまでが錘を身に纏っていたかのように錯覚するほど軽い。それに、ニーア自身の調子が良かった。体調的にも、精神的にも。一週間、戦場から離れただけでもニーアにとっては貴重な休みだったのだ。
ニーアはそんな自分の変化に驚きを覚えていると、ディスプレイにCALLと書かれたマーカーが現れた。その下にはツバキという名前が表示されている。ニーアはヘルメットの耳の部分にあるスイッチを押し、そのCALLに応じた。
『ニーア君。大丈夫?』
「ツバキさん? はい、大丈夫です」
『よかった。断崖エリアにいるようだから通信するわ。現在、ヒューマは西の港地区から攻め込んでるけど、やっぱり敵が多くて押し切る事が出来ないみたいなの。だからあなたには、西から攻め込んでもらうわ』
そっちの方が戦力的に余裕があるからね、とツバキは付け加えた。ヒューマの攻め込んだ地区から攻め込ん方が戦力が未知数なニーアには適切であると考えたのだ。それはニーアにとってはありがたい話であった。
「解りました。やってみます!」
そう言って通信を切ったニーアは、ウィングスラスターでヒューマがなぞった断崖を超えていく。カルゴにはブロード・レイドほどの索敵能力を有していないため、断崖を超えて敵を把握する事はできないが、逆に通常のセンサーでブロード・レイドの戦闘モードと索敵モードの中間を両立できている。そのため、断崖を超えて見えた街の様子にニーアは圧巻した。
「……ッ」
倉庫を染める赤い血。街路に横たわる人だった者。硝煙の臭いが漂う中、確実にある死体の臭い。ニーアはその街の散々な姿を見て息を飲んだ。
これを全てあのヒューマがやったと思うと足が震えてしまう。たった一人がそうしたという事実じゃない。彼がここまで惨い事を平然とできる事だ。人殺しの光景を見てきたニーアでさえ、その光景と事実は恐怖を覚えた。
「……それでも、助けないと」
幸い、今回は味方なのだ。やっている事は批判したくはなるが、ニーアはカエデの泣き顔を思い出して言葉の中に思い込みを含ませる。
街の中へ降りたニーアは感覚を研ぎ澄ませながらもホバーで移動する。ヒューマは中央の十字路へ向かっているはずである。ニーアもそれを追っていけばいずれヒューマと出会えるだろう、と短絡的にそう思っていた。
しかし、事はそうは上手く行かなかった。
「ッ!?」
突然の銃撃。ニーアはその銃撃音の方向へ目を向ける。銃撃はニーアには被弾せずあらぬ方向へ飛んで行ったが、その放った主はそこに立っていた。薄紫色のカルゴ。所々の塗装が剥げている姿が痛ましく思える。
完全なる敵意を向けられている。同じカラーリングをしているからと言って、そこに目立つ赤い十字が描かれているのならば敵と判断できる。敵機は恐らく、威嚇も兼ねて弾丸を放ったのだ。
結果的に、その威嚇射撃によってニーアは左肩部のアサルトライフル、フンド204を右手に持つ事になる。それは即ち、敵意への受け答えとなった。
「ッ!」
ニーアはアサルトライフルを連射する敵機の攻撃を躱すために、咄嗟に建築物を盾にするように街路の中へ入った。視覚によって肉眼では認識できなくなったが、ディスプレイによって映り解る先程の敵影の反応を確認しつつ、街路に落ちている使用している同じ方であるアサルトライフルを拾った。その数歩先には持ち主であったであろう男と、その切り離された右腕があった。
ニーアはそれから目を逸らし、先程の敵が角を曲がろうとする瞬間にそのアサルトライフルを投げ込んだ。瞬間、敵機は突然の投擲に怯み隙を見せる。ニーアはすかさず、遠方から自分の持つアサルトライフルを連射しながら敵機に接近する。
「うぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁッ!!」
あらん限りの咆哮。自分の意志で人を殺す事が初めてなニーアにその行為は非常に堪えただろう。だがニーアはそんな感情なんて考えずに突撃する。カルゴは装甲性が高い機体でアサルトライフルの連射だけで必殺となる事は少ない。必ずではないが、使用者のテクニックによって殺傷率が左右される武器だ。乗り手であるニーアは、それを認識してか、もしくは体験から得たその知識が無意識にこの動きをしていた。
アサルトライフルの連射をもろに受ける敵機は怯んで動けない。威力は弱くても致命傷になる確率はあるのだ。だから下手に動けない。その隙に、ニーアは左手を右腰へ持っていき、とあるトリガーを引いた。そして交差した瞬間、腰部にあったヒートソード、スカルヴォを思い切り引き抜く。
「ぅぁぁぁっ――――」
空気の抜けるような声が聞こえた気がした。居合切りで敵機をそのヒートソードで切り裂き、腹を掻っ捌いたのだ。トリガーを引いた事によって赤く熱を灯したヒートソードは、その刃に残るはずであった敵の血液を蒸発させる。
「やった……やったのか……」
ニーアは思わず愕然とする。殺してしまった。覚悟はしていたが、やはり自分の手で、正当防衛ではなく自分の意志で人を殺してしまった事に苦みを覚える。
だがそれが不味かったのか、ディスプレイには複数の反応が現れる。先程の戦闘で銃撃音が鳴り響いたのだ。残存していた敵がニーアの元へ向かってくる可能性は非常に高い。
「ヒューマさんは、全滅させていなかったのか?」
思わず悪態交じりにそう呟いてしまう。作戦のために急いだのだから仕方がない事であるが、被害を被るニーアにとっては最悪の状況だ。最悪、残された敵が全てニーアに向かってくるかもしれない。
それだけは勘弁したい。ニーアは左手にヒートソード、右手にアサルトライフルを構えながら周囲の状況を窺う。だがそれがいけなかった。この状況でとるべき行動は、一点突破で一体の敵に向かうべきであった。
瞬間、ニーアを囲うように四機の敵は一斉に現れた――――
「ヤバ――――」
ニーアが慄く。四方向からの同時襲撃。敵だって組織なのだから連携は取る。通信が阻害されているわけではないのだから、そうするかもしれないという想定をしているべきだった。海賊に所属しながらも連携をした事がなかったニーアには元からそのような選択肢はなかったのかもしれないが、これは明らかにニーアの落ち度であった。
だがその時、聞き慣れた声が聞こえた気がした。
『ディスプレイを消せ』
「ッ!!」
その言葉に無意識に反応する。そうした方がいい、と直感がそう呟いてきた気がしたからだ。この言葉に従う方が正解だと、そう考えたニーアは死を覚悟してヘッドディスプレイの電源を切った。
戦場で目となるヘッドディスプレイの電源を切る事なんて馬鹿らしい行為である事はニーアだって理解していた。目の前が真っ暗になる。平衡感覚を失いそうになって、思わず跪いてしまう。
だがヘルメットの機能は生きており、視覚を失っただけであり聴覚は生きていた。そしてその耳で聞こえたのは――――男の悲鳴であった。
「ぐあぁぁぁぁッ!?」
「目が、あぁぁぁぁぁぁッ!」
「くそっ!? こいつ――――くぁッ!?」
「ふんぅっ――――」
四人の悲鳴が順々に聞こえてくる。暗闇で響き渡るその負の叫びはニーアに異常なまでの恐怖を植え付ける。それがたとえ敵のものであったとしても、その声は暗闇の中で反響して聞こえる気がする。
だがその反響する悲鳴を穿つような声が聞こえた。闇を切り裂く光。そう思い起こさせるそれは、ニーアを助けてくれたあの人の声であった。
「大丈夫か……ニーア」
だが、その声は何か物寂しく聞こえた気がした。ヘッドディスプレイの電源が復活する。その声の主を見て、解りきっていた声の主を確認した。
ヒューマ・シナプス。及びブロード・レイド。海上戦ではニーアに刃を向けたその機体が、今度はニーアに手を差し伸べていた。
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