第三幕 友人関係の在り方

 今は申の正刻、午後の四時を過ぎた頃。

 夕方の焼けた日差しが窓から射し、眩しさに窓掛を閉めた教室の黒板には、大きな白の字でこう書かれている。


『魔導書の始まりと現在までの変遷について』


 仙道さん、苑垣さん、三多さんの三人は一番前の机に並んで座って教科書に向かい合い、教授から配られた原稿用紙へ一所懸命に字を書きこんでいる。俺は教卓に椅子を持って来て、彼女たちの見張り役をやっていた。

 と言うのも。

「校則違反を知ってしまった以上、罰則を科さねばな」

 教授はそう言って、彼女たちに制限時間四十分で小論文を書くことを命じた。

 教授が言っていることはもっともで、三人とも素直にそれに従ったが、俺は納得が行かない。何より三人は俺を頼ってくれたのに、俺が教授に話してしまったばかりに罰を受けることになってしまった。申し訳なさが先走って、ささっと教室を出て行った教授を、俺はすぐに追いかけた。

「どうした、ハヤキも教室にいなくては駄目だろう。一応、生徒の校則違反を見逃したハヤキへの罰でもあるからな」

 振り返って、開口一番がこれだった。

「それはそうですが、あんまりではありませんか。彼女たちにも理由がありましたし、切符をなくして落ち込んでいるでしょうし」

「なくした、ね」

 教授は含みのある言い方をした。

 ……含まれているところの意味は、俺もわかってるけど。

「自分でこさえた問題なのだから、ぼくに頼らず自分で何とかすることだな」

 そう言われると、返す言葉もない。

「ですが、少しぐらいは知恵を貸してくれても」

「ぼくが手を出さずとも、ハヤキだって切符が盗まれたことくらいはわかっているだろう?」

「……まだそうと決まったわけじゃ」

「なら、確かめてみたら良いだろう」

 もう言うことはないと、小さな魔導書を一冊俺に押し付けて行ってしまった。

「ぼくはもうわかっているぞ、ハヤキ」

 最後の笑って見せた教授は、一体何を言いたかったのか。額面通りに受け取ることもできるが、もしかしたら。

「俺もわかりましたよ、教授」

 俺は、ほとんど強がりみたいに言い放った。


   ***


「とは言え、どうしたものかな」

 魔導書から作り出した、落ちる砂と減る砂の量が一致しない砂時計を見つめながら、思わずそう呟いていた。

 教授は、切符はなくしたわけでも、誰かの荷物に誤って紛れ込んだわけでもなく、盗まれたのだと言い切っていた。俺も、そうだと思う。

 だけど。

 そうだとするなら、彼女の行動が不可解なのだ。

「館乃木さん、終わりました」

 深いところに入りかけたところで、急に意識を引き戻された。

「どうかなされたのですか、館乃木さん。どこか体調がすぐれないのですか?」

 仙道さんが、原稿用紙を持って心配そうにこちらを覗き込んでいた。

「いえ、少し考えごとをしていただけですよ。課題、確認します」

 原稿用紙を受け取り、しっかり読み込む。

「大丈夫ですね。教授はまだ戻りませんから、自分の席に戻って待っていてください」

 仙道さんは頭を下げて、自分の席に戻る。

 俺はその背中を見送って。

「仙道さん」

 彼女を呼び止めてしまった。

「なんでしょうか?」

「例の、切符についてなのですが」

 教授は確認してみろと言った。

 生徒から相談を受けた以上は、教授の助手として、きちんと責任を持たなければなるまい。わかっているのだ、そんなことは。

「鞄に仕舞うとき、そのまま仕舞っていましたか? それとも、封筒か何か、袋に入れて仕舞っていましたか?」

「封筒に入れておりました。鞄の中でくしゃくしゃになってはいけないと思いまして」

「……わかりました。急に呼び止めてしまい申し訳ありませんでしたね」

「いえ、大丈夫です」

 やっぱり、そうか。


 それからすぐ、三多さん、苑垣さんも無事課題を提出した。

 まだ砂時計の砂は落ち切らず、教授も戻らない。

「皆さんは、昼休みをどう過ごしていましたか?」

「どうしたの突然?」

 俺の質問に、三多さんが首を傾げた。

「切符がなくなったのが昼休みの間ですから、その時の皆さんの行動を思い返せば、もしかしたらまだ探し切れていない場所の候補が出て来るかもしれません」

「なるほど。それならさっきも言ったけど、ハズサに三枚の切符を見せてもらった後に三人でお昼を食べてたよ。それから……色々話をしてたけど、特別なことは何もなかったかな」

「例えば、誰かに呼ばれて席をはずしたりはしませんでしたか?」

「それなら、食べてる途中にユウナが職員室に呼ばれて、ハズサは自分のお弁当を食べ終わった後に隣の組に行ってたよね?」

「そうですわね。私は水早みはや教授に呼ばれてお話をしていましたの」

「良ければ、どのような話をしていたか、聞いてもよろしいですか」

「それは……少しお恥ずかしいのですが、数日前に提出した課題を褒められましたの。それで、本科に進んだ際はぜひ我が研究室に来てくれないかと、誘われたのですわ」

 苑垣さんは照れて耳を赤くしていた。

 水早教授と言えば、この学園では一二を争うほど厳しいと言われる妙齢の女性だ。教授が優秀な生徒を自分の研究室に誘うのは良くあることだが、水早教授に限っては、とても珍しいことだと聞いている。なにせ、水早教授の研究室は人気があるにも関わらず、学園の中では二番目に人が少ない。

「それはすごいですね。その話はお受けしたのですか?」

 苑垣さんは首を横に振った。

「まだ私は本科に進むまで一年半ありますし、考えさせてほしいと保留にさせてもらいましたの」

「そうですか。水早教授とは、長くお話をされていたのですか?」

「いえ、職員室での立ち話ですし、それほどでは。だいたい十五分程度で教室に戻りましたの。そう言えば、その時にはハズサさんはいませんでしたの」

「わたくしは友人の相談を受けておりました。相談内容については、友人の名誉のため、ご容赦ください。わたくしが教室に帰って来た時は、二人ともいましたわ」

「ハズサって、交友関係が広いよね」

「そんなことないわ。それに、親友は二人しかいないのよ?」

「それって、あたしとユウナのこと?」

「もちろん」

「……なんだよ。照れるじゃん」

「ですわね……」

 耳が赤かった苑垣さんは頬も赤くなって、三多さんもそれは同じだった。よく見ると、仙道さんも仄かに赤い。

 仲が良いんだな。

 普段なら微笑ましい光景だが……今はとても、複雑な気分だ。

「三多さんはずっと教室にいたのですか?」

「あ、うん。あたしは特に用事もなかったしなあ。あぁ、えっと……お手洗いには行ったけど」

「それはいつのことですか?」

「ユウナが戻って来た後すぐ、くらいかな」

「ハズサさんが帰って来る前ですわね」

 それから、仙道さんが教室に帰って来てからは、三人とも昼休みが終わるまで教室にいたそうだ。昼休み中、仙道さんは自分の机を使い、苑垣さんと三多さんは別の生徒の机を借りていた。切符なくなったことに仙道さんが気づいたのは、二人が自分の席に戻った後だ。

「もしかしたら、隣の教室にあったりしてね。ほら、実はハズサの制服にくっついてて、隣の教室にいたときに落ちたとか」

「もしそうなら誰かが見つけてるかもしれないわね」

「そうなったら大騒ぎですわ」

「そうですね。私も可能性は低いと思います」

「だよねえ」

 俺は頭の中で、今回のことを組み立てて行く。

 教授の言っていた通り、なくなった切符は盗まれたのだ。それも第三者ではなく、仙道さん、苑垣さん、三多さんの中の誰かが犯人である可能性が高い。あまり考えたくない可能性だ。せめて昼休み中に三人とも席を離れている時間があれば別だったが、それがなく、むしろ全員が一人になっていた時があって、つまり三人とも盗むことが可能だった。

 誰が盗んだのか、それはまだわからない。

 わからないと言えば、切符を一枚だけ盗んだ理由もわからない。仲の良い親友同士でそんなことが起こる理由、動機が思い浮かばないし、例え盗むにしたって、それなら三枚とも盗まなければ意味がない。だって犯人にとって、一枚は間違いなく自分の切符なのだから。

 なんだろう。

 俺は考え方を間違っているのだろうか?

「ハヤキ、三人とも課題は終わったのか?」

「教授。はい、これです」

 砂が落ち切り、見計らったように教授は現れた。

 教授は俺から原稿用紙を受け取ると、ぱらぱらと目を通す。一度俺が内容を確認しているし、そもそもみんな優秀だから、教授も頷いで持っていた紙の束と一緒にした。

「それで、切符は見つかったか?」

 俺にだけ聞こえるように、小さい声だった。

「見つかるわけないでしょう。みんな真面目に小論文に取り組んでいたんですから」

「ま、そうだけどな」

 教授は一体何を言っているんだろう。

 そんなことを思っていると、今度は三人の方を向いた。

「課題については合格だ。その後についてだが、君たちはどうするつもりだ?」

「どうする、とはどう言うことでしょうか?」

「校則違反は、学業に関係ないものを持ち込んだことだ。学園を出た後にどこへ行こうとぼくが関知することではないから、劇場へ向かうことに反対するつもりはない。だが切符は二枚しかないわけだから、公演を見に行けるのも二人だけだろう?」

 座っている生徒たちを教授は少し上から見下ろし、三人は黙り込んでしまった。

 俺は空気に耐えられず、つい口を開きそうになったとき、苑垣さんが手を挙げた。

「私は、まっすぐ屋敷に帰りますの」

「ちょっと、どいうつもりなのさっ?」

 その言葉に三多さんは立ち上がって、仙道さんも苑垣さんをじっと見つめた。

「今回はお二人で見に行くのが良いと思いましたの」

「いやいや、なんでそうなるのさ。それなら切符を買うお金もなかったあたしが行くべきじゃないでしょ!」

「でも、一番楽しみにしていたのはキイカさんですわ。私は、それほど見に行きたかったわでもありませんの」

「それは……」

 三多さんの言葉尻が弱まり、しかし踏ん張って腕を組んで見せた。

「だったら、あたしこそ行かないから!」

 噛みつかんばかりの威勢の三多さんに、仙道さんは頷いた。

「そうね。それなら今回は見に行くのをやめましょうか」

 その一言に、今度は苑垣さんが立ちあがった。

「それでは切符が無駄になってしまいますわ!」

「もうすでに一枚無駄になっているもの、一枚も三枚も変わらないわ。それに、こんな状態で見に行っても純粋に楽しめないもの」

「うん、そうだね。それが良い!」

「そんな!」

 さっきまで親友だと言いあって、仲の良い姿を見せていたとは思えないほど、ひりひりした感情がぶつかり合っていた。みんな、相手のことを思っての応酬で……だからこそ、この中の誰かが切符を盗んだなんて、やはり考えられない。

 ……ああ、そうか。

 つまり、そう言うことなのか。

「まったく、見ていられないな」

 静観していた教授が口を開いた。

 頭を振り、興奮した三人を落ち着かせて改めて座らせると、人差し指を立てた。

「まず、切符の所在を明らかにしよう」

 三人は一様に驚いた顔をした。

「河崎教授はなくなった切符がどこにあるかわかるのですか?」

「そうだ。初めに言っておくと、切符はなくなったのではなく、盗まれたんだ。そこは、はっきりとさせてもらう」

「……どうして、そうなるのですか」

 仙道さんが教授に噛みついた。

 そう表現できるほど、仙道さんは今まで見たことのない目をしていた。

 だが、それで教授が怯むこともない。

「一度、状況を整理しよう」


 仙道ハズサさん、苑垣ユウナさん、三多キイカさんの三人は、葉桜歌劇団の公演を見に行こうと約束していたが、仙道さんと苑垣さんの親はそれを許さず、三人はある計画を立てた。

 まず、三人分の切符を仙道さんが秘密で用意する。本来であれば親からの制約がない三多さんが適任であったが、彼女の家はとても裕福とは言えず、三多さんは切符代を用意できないため、言い出しっぺの仙道さんが三人分の切符を自分でお金を出して、召使に用意させた。ある意味、仙道さんが二人を招待する形となっている。

 次に、その切符が使える公演の当日に学園へ持って来て、放課後になってから家へ帰らずまっすぐ劇場へ向かう。公演を見終わった後に自分の家へ帰れば、学園の事情で帰るのが遅くなったと言い訳ができると考えたからだ。

 ところが問題が発生した。切符が一枚なくなってしまったのだ。

 それに最初に気がついたのは切符を持っていた仙道さんで、昼休みが終わった時に授業に必要な道具を取り出すため切符を仕舞っていた鞄の中を見てなくなっていることを知った。すぐに自分の身の回りを確認したが見つからず、放課後になってから改めて教室中を探したが、結局見つけることはできなかった。


「さて、仙道ハズサ君」

「はい」

「君はどうやって鞄に切符を仕舞っていた?」

「封筒の中に入れて、教科書に挟むようにして仕舞っていました」

「だろうな。それが普通だ。ならば聞くが、どうして切符が一枚なくなっていることに気がつけた?」

「……」

 言いよどんだ仙道さんを待たず、教授は続けた。

「切符がなくなっていることに気づくには、封筒の中を見る必要がある。小さな紙が一枚減っているかどうかなんて、外から見てわかるはずもないし、鞄の中なら中身が透けて見えることもない。ならばあの時、君はどうしてわざわざ封筒の中を確認したのか。それは、最後に鞄に仕舞った時と、五時限目が始まる時で、封筒の位置が変わっていたからだ」

 これは、俺もすぐに思い当たっていた。

 だが、そうだとするなら一つ、疑問がある。

「どうして位置が変わっていたのか、それは誰かが一度封筒を鞄から取り出して、再び戻したからだ。つまりこれは、切符が盗まれたことを意味する。……これがすべて、仙道ハズサ君の自作自演でなければだが」

「……封筒の位置が変わっていたのは」

 何も言えない様子だった仙道さんは意を決したように立ち上がり、まるで威嚇するようにぐっと教授に顔を近づけた。

「わたくしの勘違いです」

 そう、犯人以外では一番最初にそのことに気がついていたはずの仙道さんが、切符は盗まれたかもしれないと、一言だって口にしなかった。今の様子も見る限り、それもわざとだったのだろう。俺が悩んでいたのは、その目的だった。

「それならそれで良いがな」

 教授は体を反転させ、教壇に立った。

 俺なんかは、本当についさっき、仙道さんが盗まれた可能性を隠したその理由に思い当たったが、教授は最初からわかっていたのだろう。だが、教授はあえてそれに言及はせず、話は移す。

「次に、誰が盗んだか。切符が盗まれたのは、封筒の入った鞄のそばにいる人物が、犯人一人だけになった時だ。君たち三人全員が席を離れたことはなく、しかし三人とも一人になっていた時があることから、犯人は君たちの中の誰かだろう」

 どうして教授がそこまでわかるのか、聞くと教授がお昼を分けて貰っているとき、座っている場所が近かったそうだ。

「入れ替わり立ち代わり、せわしないなと記憶に残っていたんだ。誰が盗んだかまでは見ていなかったがな」

「いや、でもさ!」

 今まで雰囲気に呑まれていた三多さんが、飛び起きるように反論した。

「ハズサには盗む理由がないよね。自分で用意した切符なわけだしさ! まして自作自演なんて」

「そう!」

 教授は三多さんを指さした。

「切符の所在を明らかにするにあたって、最も重要なのが動機だ」

 それから白墨を手にして、黒板に文字を書き連ね始めた。

 まるで、生徒に授業するように。

「普通、物を盗むのは欲しい物、手に入らない物を手に入れるためだ。その観点から言えば、今回の件では当てはまらない。盗んだのが三人の中にいるなら、一枚は実質的に自分の物、彼女にとってはすでに手に入った物も同義なのだから。なら、どうして彼女は一枚だけ盗むようなことをしたのか」

 板書を終え、白墨を元の位置に戻す。

 教授は教卓に両手を置くと、決定的な一言を放った。


「彼女は、劇場に行きたくなかったから盗んだんだ」


 つまり、犯人の考えはこうだ。

 切符が二枚になれば、公演を見に行けるのは二人だけになる。そうすれば一人は、つまり盗んだ犯人は、劇場に行かなくても良くなる。それが目的だったのだ。

 だが一つだけ付け加えるなら、どちらにしても目的を果たすだけならば、封筒ごと切符をすべて盗む方が楽だったはずだ。そうしなかったのは、おそらく、犯人は二人の楽しみまで奪いたくなかったら。

「さて、ぼくの口から犯人の名前を言うのは簡単だ。だが、できればそれはしたくない」

「……どうしてですの」

 聞いたのは、苑垣さんだ。その表情は、暗い。

 教授は俺を見た。意味がわからなかったが、つまり、続きを俺に任せると言うことだろう。

「仙道さんが、明らかに切符は盗まれていた状況であったにも係わらず、それを言わなかったからですよね」

 責任を果たす機会を、教授はくれたのだ。本当はこんなこと、すぐにわかったはずなのに、生徒を疑いたくないという気持ちが、考えることを拒否させていた。

 今は、気持ちがずいぶん楽になっている。

「仙道さんは、最初から気づいていたのですよね。それで、待っていたんですよね。教室を探しているとき、懐から切符を取り出して、と言ってくれるのを。その後も、いつかと、自分から名乗り出てくれるのを」

 仙道さんが最初に相談した時、なくした物が切符であると俺に推理させたのも、本当はそこが理由だったのかもしれない。盗んだままでいては、いつかバレてしまうよと、暗に伝えたかったのだ。

「皆さんは親友同士です。なら、切符を隠した人にとって、これが謝る最後の機会でしょう。教授も私も、皆さんの友情がこのまま壊れてしまうところを見たくはないのです」

 しん、と静まり返った。

 後は、もう待つしかない。

 それはみんながわかっている。もちろん、隠した本人も。

「………………ごめんなさい」

 やがて、胸にある衣嚢から、苑垣さんが切符を出した。

 わずかに俯いて、瞳に溜まっていた涙が落ちた。

「どうして、こんなことをしたのさ」

「お父様やお母様に、怒られるのが怖くなったから。そんな、くだらない理由ですわ」

 苑垣さんは、とても苦しげだった。

「ごめんなさい、ユウナ。わたくし、無理に誘ってしまったのね」

「ううん。違う、違うの……」

 苑垣さんはついに声を上げて泣き始め、二人の目にも涙が浮かび始める。

「証拠を処分するのは、勇気がいる行為なのだよ」

 教授は黒板の字を消しながら、そんなことを言い始めた。

「まして学園の屑籠に捨てるなんて尚更だ。だから胸の衣嚢の中に入れて持っていたのだろうが、本当に行きたくなかったら、切符を破っていたはずだ。苑垣ユウナ君がそれをしなかったのは」

「本当は行きたかったから、ですね」

 きっと、三人で。

 もちろん、必ず破るとも限らないだろう。紙を破るのは目立つ行動だし、そこに思い至らず、自分が安心できる場所で処分することだけを考える方が自然だ。教授の言ったことなんて、嘘みたいなものだ。

 たとえ嘘でも、三人には効果があったみたいだけど。


「さて、これで切符の所在が明らかになり、三枚揃ったわけだが」

 きれいに消し終わった教授は向き直って、両手を腰に当ててふんぞり返った。

 目が少し赤いのは、言わないでおこう。

「先ほど、放課後の課外授業を行うため帰宅が遅くなると、ぼくの名前で親御さんに手紙を送ってな、もうそろそろ各家に届いている頃だろう」

 教授は先ほど提出された課題を指で叩いた。

「君らの言い訳も、幾分か説得力を得ただろう?」

 首を傾げる教授を見て、笑顔が戻ったみんなを見て、俺は心底思った。

「……かなわないな」

 本当に、教授はすべてわかっていたのだ。

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