9.商才

 城に行くのは久しぶりだった。

 フィーロは歩きながらレオパード柄のキャスケットを被り直した。

 ゆるやかな風が、くすんだ銀に緑の混じった派手な色の後ろ髪を撫でる。

 背は高く、線の細い割には肩幅がある。真っ赤なズボンは細身だが裾口が開いた独特な縫製で長い脚をより長く見せていた。藍色のくたびれたジャケット。中のシャツの襟首はざっくりと開いており、鎖骨が露わになっている。

 目立つ風貌だった。すれ違う人々の視線が奇妙な装いに突き刺さる。

 フィーロはそれを意に介さず、城へと向かって歩き続けた。商業区域を抜け、城内へと続く橋を渡ったところで呼び止められた。

「こらこら、ここから先には入れんぞ」

 中年の門兵だった。たちまち三人ほどに囲まれる。

 フィーロは舌打ちした。

「話、通ってねえのかよ」

 城に用があることを門兵に伝えるが、特異な出で立ちのせいでなかなか取り合ってもらえない。ヅッソの名を出してようやく確認を取ってもらうことになった。通行を許されるのにそこからさらに半刻ほどかかった。無論、謝罪の言葉などはない。

「散々怪しんどいて謝りもしねえ……ったく」

 フィーロはシャツの中に手を突っ込み、腹を掻いた。

 開け放たれた門を潜る。

 城壁はかなりの厚みがある。水路を兼ねており、中を水が流れている。壁の奥で流体の動く微かな音をフィーロの耳は拾う。フィーロの耳は、そういう耳だった。また、彼の指先は彼の耳と同じぐらい繊細で鋭敏で、器用だった。

 耳と指。彼はその二つの優れた才で、布を裁ち、服を作る。

 フィーロは服飾の専門家であった。

 

 二年に一度、行われる大会があった。

 三代目国王、ブルイック・ウェイブス国王の名を冠した創作服飾の腕を競う大会だった。若手のクリエイタ―達がいかに新しく、それでいて美しいかを競いあう。

 第六回大会で弱冠十六歳の少年が優勝をかっさらった。それがフィーロだった。

 その時の衣装も今日と同じ、人目を引く不可思議なものだった。

 キラキラと輝く銀の糸で編まれたパンツは、いまフィーロが履いている物と同じく裾に行くほど広くなっており、さらに青くグラデーションされていた。

 ジャケットは銀と赤の混じり合ったある種の不気味さをもったデザイン。襟はアシンメトリーに立ちあがり、前で斜めに重なり合っていた。

 そんな服はこれまで作られたことがなかったし、誰も作ろうとはしなかった。

 上下のコントラスト、そしてその組み合わせから発せられる怪しい空気が、審査委員長である国王を瞬時に虜にした。フィーロは断トツの評価で最年少での優勝を果たし、その上、王の特別な計らいで、工房と五人の従業員が無償で与えられたのだった。

 環境を得て、フィーロの才能はさらに磨かれてゆく。また、彼は商才にも長けていた。二十歳を迎えるまでには、小さかった工房は十倍の大きさになり何台もの織り機を導入し、従業員は三十人を数えるまでに成長していた。

 事業拡大とは別に、その独創性にも拍車がかかっていった。色、質感、耐性。素材を追い、デザインを追い、独自のテーマを掲げては試作を重ね、誰も見たことのない衣装を作り上げていった。

 最近のテーマは、立体だった。

 人間は立体である。ならば服も立体としてあるべきなのではないか。

 人体と言う複雑な立体を平面に落とし込み、布と糸によって立体として再び構築する。

 発想とイメージはフィーロの頭の中に溢れださんばかりにあるのだが、いまのところ試作品ばかりで商品化には至っていない。立体化の目処はついた。だが、人は動く。再構築された立体は、動きに沿って歪まなくてはならない。立体と歪み。フィーロはまだその領域にまで辿り着けずにいた。


 案内役の衛兵にけだるそうについてゆくフィーロ。廊下は相変わらず手入れの生き届いていてピカピカだ。いくつかの角を曲がり背の高いドアの前で止まる。

 兵士が無言で頷く。フィーロはノックし、ドアノブを回した。

 大きさに反し、扉は静かに開いた。

 目に飛び込んできたのは、本でできた壁だった。部屋の三方を本棚に囲まれている。さほど広くはない。だがその書籍の量に圧倒される。

「初めまして」

 本の牢獄の真ん中、ポツンと置かれた机で本を読んでいる男がフィーロに挨拶をした。華奢な体躯の魔術士だった。

「あんたがヅッソさん? いやあどうも」

 フィーロが右手を差し出す。ヅッソと呼ばれた男は椅子から立ち上がり、その手を握った。

「剣の使い手を探してるって聞いたけど……俺は裁縫屋だぜ?」

 言いながら、傍らのソファーにどっかと腰を下ろす。

「承知している」

「だいたいこの国にゃ騎士団が三つもあんだからよ。そっから見つくろえば済む話じゃねの?」

 それが、とヅッソは言った。

 先日の模擬組手の見学の話をする。

 自分が探しているのが精密な剣さばきのできる者であること。現状の騎士団ではそれが求められておらず、適任者がいないこと。

 なるほどねえ、とフィーロが頷く。

 ヅッソはフィーロの事を前々から知っていた。王の直々の依頼をいくつも断り、素材を探して大陸中を旅している男がいる、と。今はその見聞に用があった。

 話を聞き終え、フィーロの脳がぐるぐると回る。

 まず一つ言えることは、これは金になる話だ、ということだった。

 魔術士はそれなりに冷静さを装ってはいるものの、何かしら予断を許さない事態が起こっていると言うことは推測できた。度合いは分からないが、少し大きめの問題を解決しなければいけないようだ。

 それにしても、とフィーロは思う。

 なんとも素直でおめでたい性格の魔術士さんだ。直接ここに呼びつけるところなんていかにも城育ちのお坊ちゃんらしい。申し訳ないが貰えるところからしっかり貰っておくことにしようか。

「結構、困ってる感じ?」

「まあ、それは」

 ヅッソが口ごもる。

「役に立てそうな情報はあるにはあるんだが……さてと」

 ソファーから背中を起こし、前のめりの姿勢を取る。

「先に聞いとくわ。その剣士に何をさせるつもりなんだ?」

「……申し訳ないが、国家機密だ」

「じゃあ交渉は決裂だ。おつかれさまー」

 両手をぱんと打ち、笑顔で答えて立ち上がろうとする。

「それは困る」

「だよねー」

 立ち上がりヅッソに近付いく。

 先程より小さな声で、耳元で囁くように言う。

「……別に秘密を漏らそうなんて思っちゃいない。こう見えても口は堅い方なんだ。事情があるならそれを聞いとかなきゃ本当に使える情報を提供できないって話さ。あんただって無駄足踏みたくねえだろ? さっきから、時間が惜しいって顔してるぜ」

 畳みかけるように話を重ね、その中でカマをかけて反応を探る。

 表情を見る。――当たりだ。まあそうだろう。素直でよろしい。

「……話してみなよ。味方になるぜ」

 ヅッソの肩に手を置いて、優しい言葉を掛ける。

 手繰り寄せる利益の最大化を図るには、情報を掌握することが先決だった。

 結局、ヅッソはフィーロに竜の腫瘍のことを洗いざらい話すことになる。

 そう。彼は有能な職人であり、また優秀な商人でもあるのだ。

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