8.鍛冶

 高い天井。

 窓は開け放たれてはいるものの、鉄の焼ける匂いが立ちこめる。入り込む風が工場の中のくぐもった熱をさらってゆく。

 窯のなかでは、藁とともに鋼が溶け落ちる手前まで熱されている。その真っ赤に燃える鉄塊をテコ棒で取りだし、槌で打ち付ける。小気味良いカンカンと言う音とともに赤い塊が従順に打ち延ばされてゆく。

 大陸の東に位置する七星列島の主な産業は、鉄の加工である。

 潤沢な鉱山を有する文字通り七つの島で構成された列島。その一番大きな島であるレスタール島には大小二十ほどの鍛冶場がある。なかでもカヴァリ工房は、昔から武器一筋に製造を行っている老舗で、他の鍛冶場から一目置かれる存在だ。

 カヴァリ工房を治める親方のアマルガは、まだ若く、今年三十歳になったばかりだ。

 彼は鉄と会話ができるという。

 実際に言葉を交わすわけではないが、彼は熱く焼かれた金属の持っている、なんというか思念のようなものを読みとることができるのだそうだ。

 そもそも鉄は硬く、脆い物質である。単体では武器を造るのには適していない。鉄に別の物質を添加することにより粘性や靭性を与え、ようやく武器に適した素材となる。

 また、武器を造る行程において、鉄を熱し、叩くことで鍛えていく作業がある。この時、叩いたことによる力が金属に残る。これを上手く御してやらなければ、見た目は剛健であっても受け止めた一撃で剣は容易く折れてしまう。

 アマルガは強面の外見からは想像出来ないほどの繊細な仕事をする。産み出される剣は切れ味、輝き、頑強さ、どれをとっても傑出していた。彼にしかできない添加の配合の妙と鍛錬の技によるものだった。


「……ったく」

 工場の隅にある大きな水晶が鈍く輝くのを見て、アマルガは舌打ちした。いつも唐突に光り、作業の中断を要求される。

 今日は丁度作業がひと段落したところだった。アマルガは持ち場を離れながら、豚の皮で出来た厚手の手袋を外した。毎日のように金属を焼く高温に晒され続けた革手袋は、焦げ茶に変色し、くたくたにくたびれている。

 アマルガは左手で水晶球に触れた。込められた魔法が発動する。職人の視界から色がなくなる。それと同時に意識を持っていかれるような独特の感覚がやってくる。何度やっても慣れない、不快な感覚だった。

『……お久しぶりです』

 声は、アマルガの脳に直接響いた。聞き覚えのある魔術士の声だった。

 水晶体は念話のための魔法装置だった。発信者が魔術士でなければ発動しない為、こちらから念話を仕掛けることはできないが、こうして触れることで遠く離れた王国との会話を可能にする。

「ああ」

 顔をしかめたまま、返事をした。王国からの依頼は金銭的には有り難い。だが、ここのところの依頼は得てして面倒で気が進まないことが多かった。観賞や祭典に使うための実用性の伴わない依頼は、職人にとってあまり気乗りのするものではなかった。

『急で済まないのだが、ミスリルで一本、剣を造ってほしい』

「ほおう」

 魔術士の言葉に、職人は少し驚く。

 昨今は隣国との小競り合いもめっきり減り、わざわざミスリルを扱うことも少なくなった。何年か前に礼式用の短剣を造ったのを最後に長らく受けていない。

『ただ、すまない。まだ具体的な形状は決まってない』

「おいおい」

『とりあえず、材料だけでも押さえておいてほしい』

 なるほど。込み入った事情があるらしいことは、魔術士の口調から明らかだった。

「……何を斬るのか、聞いてもいいのか?」

 率直に尋ねた。

 しばしの沈黙。本来は国家機密なのだがと魔術士が前置きをする。

『……古代種の竜の、腹だ』

 返ってきた答えに、男は驚きつつも高揚した。

 竜を斬るための剣を、俺が、鍛える。

「まじか?」

『本当だ』

 君にしかできない仕事になる、と魔術士は続けた。

 それは確かにその通りだった。

 今、ミスリルで剣を作るとするなら自分より他にない、とアマルガは思っていた。思ってはいたが、実際に頼まれている現実は、にわかに受け止めがたいものがあった。

「とりあえず材料は調達しておく。決まったらなるべく早く連絡してくれ」

 平静を装い、早口で言った。

『もちろんだ。よろしく頼む』

 魔術士の声を最後に、水晶が光りを失った。視界に色彩が戻ってくる。

 アマルガは、ふぅーっと息を長く吐いた。久しぶりにあのアバズレとやりあうのか。下唇をなめる。もう一度深く息を吐く。

 ミスリルは扱いにくい物質だった。気分屋で、鉄のように素直に言うことを聞いてはくれない。はねっかえりの小娘のような奴なのだ。

 だが、職人にはいつか試してみたいと温めていた工法があった。

 職人の勘が正しければ、それは誰も見たことのない剣に仕上がるに違いない。

 アマルガは再び革手袋を身に付け、鍛冶場に戻った。

 いつもと変わらぬ調子ではあったが、その口元には淡い笑みが浮かんでいた。

 

 さて。

 七星列島とミスリルの話をするとしよう。

 まずは七星列島からだ。

 七星列島は王国から東に位置する大小七つからなる列島の総称である。

 それぞれ、

 メテオ島。

 レスタール島。

 サフィル島。

 マティスタ島。

 ルビニ島。

 大リソス島。

 小リソス島。

 と、呼ばれている。

 土地は南側の一部を除き概ね痩せていて農業向きではないものの、七つの島すべての山で良質の鉄鉱石が産出される、ある意味では恵まれた土地であった。現在の人口は列島全体で二百人ほど。古来より製鉄と酪農で王国と取引をし、生計を立てている。

 ミスリルが初めて発掘されたのは、王国歴五〇年頃だと言われている。

 メテオ島の鉱山で、鉄鉱石に混じってそれは見つかった。黒く酸化している鉄鉱石とは性質の異なる、眩く輝く顆粒が出てきたという。怪しい輝きに当初は毒性を持つのではないかなどと言われたそうだが、後に研究され、その物質がミスリルであることが判明した。ミスリルは、マーフォークの遺跡から見つかる装飾品や彼らの使う三又の槍頭として存在は知られていたのだが、こうして鉱物として産出されたのは初めてだった。

 顆粒状のミスリルはまとめて一か所で見つかるわけではなく、まるで宝探しのように極めて偶発的に埋まっていた。諸説あるが、大昔に天からミスリルの流星群が飛来したという説が一般的である。メテオ島には名称の由来でもある隕石が飛来したと思われる穿孔状の穴がいくつも見つかっている。ただ、ミスリルが顆粒の状態で見つかる理由は未だに謎のままであるし、隕石にミスリルが含まれていたことを裏付ける証拠も発見されてはいない。

 まあ、産出の要因はともかくとして、これは初めてミスリルが鉱物の状態で人の手に授けられた歴史的な発見となった。

 だが、ミスリルは加工が極めて難しかった。溶かすには鉄よりも高温を必要とする上、鉄よりもはるかに硬い物質だった。

 この加工の困難さを克服するため思考錯誤が繰り返され、銀を添加するという方法が編み出されたのが王国歴七十年を過ぎた頃だと記憶している。

 ミスリルを一七七四度まで熱して溶かし、そこに銀を一八%添加してやると、粘性が上がり加工が容易になることが確認された。出来上がった合金が『ミスリル銀』と呼ばれていることは、きっと君も知っていることだろう。

 これにより、ミスリルは人々の有益な財産となった。

 また、ミスリルも銀も魔法を帯びやすい性質であるため、その合金であるミスリル銀も魔創具や魔法装置の母材に適していた。ただ、武器の素材としての適性は低かった。大きな武器を作るにはいささか柔らかすぎるため、礼式用や装飾用として製造されることはあっても、実用するのであれば短いナイフや鏃が限界だった。銀の含有量を下げると途端に加工に支障が出た。つまり、ミスリル銀では実用的な長尺の剣を造ることは難しかったのだ。

 武器職人アマルガは、独自の工法でミスリルの剣を一本作り上げることになるのだが……それについてはもう少し先で話すとしよう。

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