7.革鎧

 ヅッソは騎士団の練習を眺めていた。

 城の中ほどに位置する第一修練場。

 いちばん古い修練場だが、父に連れられて来た頃より手入れが行き届いており整備されている。

 金属のぶつかり合う鈍い音が響く。

 刃を付けていないとはいえ、実戦さながらの組み稽古、模擬組手はなかなかに迫力がある。

 目の前で、二人の騎士が対峙している。

 片方は両手握りの大剣を、もう一方は片手剣と盾を装備している。

 先に動いたのは大剣だった。すばやく踏み込み、突きを繰り出す。その切っ先が盾の表面を激しく削り、火花が飛ぶ。

 大剣の一撃を凌いだ片手剣の騎士は反撃を試みるが、大剣の返しが早く、踏み込む暇を与えてもらえない。実力は大剣の方が上だった。

 次々に繰り出される剣撃に、片手剣が押されてゆく。起死回生の一撃を狙って踏み込んだ直後、片手剣の喉もとには大剣の先端がぴたりと寄せられていた。

「それまで!」

 大剣の圧勝だった。

 一礼を終えた後、大剣の騎士のほうがヅッソに近づいてきた。顔を覆う金属性の兜を歩きながら脱ぎ、小脇に抱える。頭部に巻かれた布を解くと、綺麗に剃り上げられた頭皮が現れた。

「いかがですかな?」

 第三騎士団の団長、ガドグレフであった。父の部下だった男だ。ヅッソの事も幼少のころから知っている。

「助かります」

 ヅッソは言った。が、目的は果たせそうになかった。

 当然のことながら、竜の腹を切開するほどの正確さはここでは要求されていない。

 騎士団の主流は今でも変わらず力で押せる重戦士だ。そう、父のような。

 ガドグレフは話を聞きたい者がいるならいつでも声をと言ってくれたが、その必要はなさそうだった。丁重に断る。ヅッソに一礼し、稽古に戻るガドグレフ。リーダーシップと自信に満ちたその大きな背中はいかにも騎士団長らしいものだった。

「ヅッソ様」

 不意に声をかけられた。

「長旅、お疲れ様でした」

 鎧職人のニルーコだった。

「鎧はいかがでしたか? 急なことで大変無礼なことをしてしまいまして……」

 職人が恐縮する。だが、たった三日でフルオーダーの革鎧を造れ、などと言う方が無礼なことは明らかだった。

 線の細いヅッソにフィットする鎧は既製品ではうまく調達できなかった。急な出発に間に合わせてもらうために女性用の革鎧に修正を加えてもらったのだが、うまく丸みを消せず女性的なラインが残ってしまった事を彼は気に病んでいた。まあ、ヅッソにとってはまったく問題のないことだったのだが。

「いや、助かったよ。いい仕事だった」

 ヅッソがねぎらう。実際に、良い仕事をしてくれていた。

 ただ革を切って張り合わせてサイズを出すだけでは無駄に重量が増す。うまく縫い合わせてくれていたし、魔法動作の妨げにならないよう肩の可動域も確保してくれていた。

「恐れ入ります」

 職人が頭を下げる。

「つきましてはヅッソ殿、このニルーコに少しばかりお時間をいただけませんでしょうか?」

 それはヅッソにとって恰好の提案だった。収穫のない修練場から抜け出すのに丁度いい口実になる。

 ヅッソは少しためらう素振りをみせつつ承諾した。

「ありがとうございます。ご注文頂いていたフルオーダーの鎧を造ってまいりました」

 職人の意外な台詞にヅッソが鼻白む。前回の鎧で問題ないと伝えていた筈だった。だが特段の驚きはなかった。王の指示に違いない。彼に仕えていればこういうことはよくあることだ。


 ヅッソは職人を書斎に案内した。

 職人は慣れた手つきでトルソーを立て、革の鎧をセッティングしていく。今回はキャメル色で、ちゃんと男性的なフォルムに仕上がっている。一見しただけでも丁寧な仕事が見て取れた。

「早速ですが、これに着替えていただけますか?」

 職人が黒い布を差し出す。

 上質のウールでできたインナーだった。ウールは吸湿性に優れ保温性も高い。硬い鎧が直接肌に当たることを避ける緩衝材にもなる。さらりとした手ざわりで、特有の刺々しいあたりも少ない。特別に子羊の柔らかい毛だけで編ませていただきました、と職人から説明を受ける。

 インナーは上下別で用意されていた。上は袖を通すと身体のラインにぴたりと合うが、締め付けるような感触はなく快適な仕上がりだった。下は逆に太ももと脹脛を適度な圧で支えてくれるようになっていた。長時間歩くことを考慮しての縫製だった。

 次に鎧を装着していく。

 ニルーコに手伝ってもらいながら下肢から順に着けていく。一人でも脱着しやすいよう止め具は工夫されている。胸部の甲冑を留め終えてから、薄手の革の手袋を付け、その上に籠手を装着する。

 五分ほどで一通り身につけることができた。前回の急造品よりも軽く動きやすい。また、光沢のある革の色合いが美しく、身体を覆う曲線も工芸品を思わせる端麗さを携えており、実用性と芸術性が見事に調和している。美しいものを愛する国王が彼をお抱えにする理由がよく分かる。鎧は文句なく素晴らしい出来栄えだった。

 だが、とヅッソは思う。王の計らいではあるのだろうが、ヅッソが良い鎧を身につけることはあまり意味のないことだった。魔物避けのランタンがある以上、凶悪な魔物に襲われる可能性はそもそも皆無であったし、万一、ランタンの紛失などで何かと戦闘になるとするならば、さしたる戦闘経験のない箱組やヅッソでは結果は日を見るより明らかだった。登山が主になる以上、ヅッソにとって必要なのは、鎧としての性能以上に軽さと可動域だった。

 ヅッソは肩のパーツを小さくし、いくつかの細かな金属部品を革製に変更するようニルーコに注文した。

 鎧職人は、変更に際し、耐久性や性能の低下があることを丁寧に説明してくれた。だが、ヅッソは変更を押し通した。食い下がるニルーコに、「まあ、私の鎧が役に立つ状況になれば、どうせ全滅なのだから」と言いかけて、さすがにそれは止めておいた。その言い草はあまりにも職人に失礼すぎる。

 ヅッソはニルーコを押し切る形で変更を納得させた。鎧を脱ぎ、職人に預ける。ニルーコは三日で修正しますと約束し、トルソーを担ぎ部屋を出ていった。

 一人になり、椅子に腰を下ろす。

 パーツの変更による計量化など本当はヅッソにとってはどうでもいいことだった。それでも変更させることを半ば無理強いした。別に意地悪がしたかったわけではない。本質的に鎧を好きに慣れない自分に八つ当たりしたようなものだ。それで職人に手間をかけ、無駄な事をさせるのだから酷いものだ。自分の矮小さに辟易とする。ヅッソは顔を顰め、頭を掻いた。

 第一修練場からは、まだ剣のぶつかり合う音が響いている。

 あの剣撃の音もあまり好きにはなれない。なれそうもない。嫌でも父との思い出が蘇る。

 ヅッソは消し去るように首を横に振った。

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