52.崩壊

 “絶望アぺル”の身体が崩れてゆく。

 鈍い金属音が鳴り響く。

 地表を焼き尽くした“絶望アぺル”が最後に行う儀式がある。己の肉体を自ら剥がし、核と呼ばれる心臓に当たる部位をさらけ出し、大爆発を起こすのだ。

 もし“絶望アぺル”の製造が禁止されずにそのまま進化を続けたならば、爆発で胞子を撒き散らし、次なる“絶望アぺル”を拡散したのではないかとの話もある。

 滅びゆく指が胸にかかる。

 指先が鈍色になった表皮にずぶりと沈み、胸部がゆっくりと開かれる。

 ぼろぼろと崩れ落ちる金属の肉体の奥に、真っ赤な球体が見えた。


 ヅッソは地に降り立ち、目を瞑った。

 試みは成功した。

 運もあった。

 だが、結果が伴わなかった。

 ゆっくりと進む脆化が“絶望アぺル”の肉体を滅ぼす前に、最後の儀式が完成してしまう。

 自らを中心に大爆発を起こす儀式。

 “絶望アぺル”の崩壊速度から考えれば、崩壊より先に儀式が完遂されるであろうことは間違いなかった。

「ここまで来て……」

 言葉が続かない。

 真紅の短杖を乱暴に振りまわす。

 立て続けに魔法を放った。

 巨大な火の玉を放ち、いくつもの氷の塊を叩きつけ、大きな雷を落とす。

 どれも巨人の表面を軽く砕いただけで、何の妨害にもならない。

「もう、打つ手は……」

 ないということか。

 ヅッソが項垂れる。

 それでも首を横に振る。

 ――考えろ。

 何か手はあるはずだ。

 目の前のバッドエンドを必死に否定する。

 崩壊は進み続ける。

 攻撃魔法も全く効かないわけではない。

 ならば、強力な魔法であれば……。

 そこまで考えてヅッソは“飛翔”んだ。

 

「動いちゃいかんっ!」

 ドゥクレイが大きな声を出す。

 クレナが立ち上がろうとするのだ。

 両腕に深達性Ⅱ度の火傷を負っている。この場所にどんな医者がいたとしても彼女に絶対安静を言い渡すであろう深い火傷だ。

「もっかい、やんなきゃ……」

 痛みに耐えながらもクレナは戦況はずっと見続けてきた。

 “絶望アぺル”をやれる唯一のチャンスと最大のピンチが目の前にある。そして、クレナの“白き焔”がミスリルの肉体に通用することは実証済みだ。

「いまやんなきゃ……ここまでいっぱい頑張ってきた……意味、ないじゃん」

 クレナが立ち上がり、もう一度“白き焔”を唱える。

 だがそれは無理な話だった。

 一度目の詠唱でクレナの魔力はもう底をついているし、仮に唱えられたとしてもバックドラフトで腕が関節から燃え尽き、焼け落ちることになる。

「無茶だと言っとろうがっ!」

 ドゥクレイが必死に押さえつける。

 その背後にヅッソは立っていた。

「……そうだな、無茶だよな」

 もう一度、あの魔法があれば。

 短絡的にそう考えた自分の馬鹿さ加減にあきれる。

 これでもう、本当に打つ手はなくなった。

 上空では“絶望アぺル”の胸部が完全に解放されつつある。

 史実の通り、まもなく爆発するのだろう。

 ヅッソの手から、赤い杖が抜け落ち、からんと乾いた音を立てた。

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